アレマンニ族とブルグント族
伊藤敏先生の先著曰く、
シュヴァーベン地方に由来するアレマン系有力氏族から、ハプスブルク家(オーストリア帝国)とホーエンツォレルン家(プロイセン帝国)を輩出した。
つまり、オーストリアとプロイセンは同族ということで、普墺戦争、七年戦争やってる場合ではないよということになる。
さらに深掘って私が追加すると、
隣のブルグント族は、やあやあ我こそはと大きく出て、自分のところから王を出したら、ことごとくメロヴィング朝フランク族の内戦に巻き込まれて大被害、王はもうコリゴリだという民衆の空気が強くなり、フランク族の王をいただくようになった。スイス農民たちがハプスブルク家を叩き出したのはここに端を発する。ルターやカルヴィンが教皇のくびきを振り払ったしね。
対するアレマンニ族は、地味に謙遜して偉そうにせず、メロヴィング朝フランク族と要領よく婚姻関係を結び、王国建国の目標は捨ててはいなかった。ハプスブルク家もホーエンツォレルン家も隣国の王たちと婚姻関係を結びまくって強大になったのは、有名でよく知られているが、もとはと言えば、ここに端を発する。
ブルグント族は、呂布。アレマンニ族は、司馬懿ということで。
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