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2025年12月27日 (土)

関目君と奈良ロイヤルホテルで忘年会2025

今日が仕事納め、関目君が奈良に来訪したので、夕方、奈良ロイヤルホテルの食べ放題飲み放題ディナーバイキングで忘年会。

早苗ちゃん豚まんがとてもおいしかった。高市早苗首相には、日本帰化永住(特定技能2号)につながる特定技能1号ビザ80万人移民受け入れに反対して、売国経団連と戦ってほしい。「郷に入りては郷に従え」を遵守するのは、世界じゅうで日本人移民だけ。

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アサヒスーパードライをいっぱい飲み、最後はジントニックで締め。牛肉も柔らかく、野菜もピザもカレーライスもおいしかった。

泥船状態の宙組や推しのヅカバナ、外来で移民家族全員日本語がしゃべれなかったりといった医療界裏話、ホークス優勝パレードをしたばかりの有原選手日本ハム復帰などパリーグの話で盛り上がりました。ソフトバンクホークス野村勇ちゃん、応援してるから、外角ボール球の見極めをしっかりつけてほしい。中国人観光客がおらず、みんな日本人クルーだったので、マナーがとても良く、楽しい時間を過ごすことができました。

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いま流行っている病気

1 インフルエンザA型

2 溶連菌感染症

3 ノロウィルス胃腸炎

4 伝染性紅斑

5 マイコプラズマ

6 水痘

7 インフルエンザB型

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2025年12月25日 (木)

ハプスブルク家の敵、ボヘミア国王

ノルマン人の凶暴さと軍事力が、対立していたローマ教皇も認めざるを得なくなり、十字軍主力として利用した。

シチリア島でのノルマン王朝。

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1189年、グリエルモ2世の死後、シュタウフェン朝・神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世の王位継承が決まっていたが、教皇クレメンス3世が猛反対。

1190年、ルジェロ2世の末裔・レッチェ伯タンクレーディがシチリア王に即位。

1194年、タンクレーディ死去。幼いグリエルモ3世がシチリア王に即位したが、皇帝ハインリヒ6世が、グルエルモ3世を目を潰し、去勢し、殺害。ハインリヒ6世が、シチリア王に即位。シチリア島民が野蛮なドイツ人支配を嫌って反乱頻発。

1197年、ハインリヒ6世死去。アッコン陥落後、十字軍撤退したため、野戦病院(のちのドイツ騎士団)が存立の危機に陥った。

1198年、教皇インノケンティウス3世が後見人となり、幼いフリードリヒ2世がシチリア王に即位。父はハインリヒ6世、母方の祖父がシチリア王ルジェロ2世の貴種だった。

1200年、叔父マルクヴァルト・フォン・アンヴァイラーがドイツ傭兵とともにシチリア島上陸、翌年、幼いフリードリヒ2世を捕縛した。

1202年、マルクヴァルト・フォン・アンヴォイラー死去。ドイツ傭兵グリエルモ・カッパローネがフリードリヒ2世の後見人となった。

1208年、フリードリヒ2世が親政開始。

1209年、アラゴン王アルフォンソ2世の娘コンスタンサと結婚。同年、オットー4世が教皇インノケンティウス3世の戴冠式で神聖ローマ皇帝に即位。オットー4世がフリードリヒ2世からシチリア王位を簒奪しようと進軍。ドイツ帰国を優先して戦わずしてシチリア島から撤退した。

 

*神聖ローマ皇帝空位時代

皇帝派(シュタウフェン家) シュヴァーベン公フィリップを支持

教皇派(ヴェルフェン家) オットー4世を支持

 

1212年、フリードリヒ2世が皇帝選挙のためにドイツへ渡海。反皇帝派都市がベルナール峠とゴッタルド峠を支配していた。オットー4世支持派のメラーノ公とバイエルン公がブレンナー峠を支配していた。フリードリヒ2世は大きく迂回して北進するしかなかった。ヴェネツィア共和国は中立を保った。

皇帝派(クレモーナ・パヴィア・モーデナ) フリードリヒ2世を支持 フィレンツェ・アミディ家とイングランド王ジョンが支持

教皇派(ミラノ・ボローニャ・ブレッシァ) オットー4世を支持 フィレンツェ・ブオンデルモンティ家とフランス王フィリップ2世が支持

教皇派 オットー4世を支持

1213年、フリードリヒ2世が神聖ローマ皇帝に選出。エーゲル金印勅書を発布して、教皇インノケンティウス3世の教皇領に、スポレート公国、アンコーナ辺境伯領、ラヴェンナ、サルディニア島、コルシカ島が加わった。

1214年、ポワティエの戦い ルイ8世がジョンに大勝。

イングランド王ジョン vs フランス皇太子ルイ8世

1214年、ブーヴィーヌの戦い フィリップ2世がオットー4世に大勝。

オットー4世 vs フリードリヒ2世・フランス王フィリップ2世

1215年、イングランド貴族反乱によりマグナ・カルタが宣言された。

1215年、第4回ラテラン公会議。教皇インノケンティウス3世が、オットー4世廃位、エルサレム十字軍、カタリ派十字軍を決定。

1216年、教皇インノケンティウス3世死去。新教皇ホノリウス3世の十字軍命令には耳を貸さず。

神聖ローマ皇帝・シチリア王フリードリヒ2世は、シトー修道会とドイツ騎士団を保護支援。

1220年、カープア勅令。シチリア王国をノルマン朝グリエルモ2世が死去した1189年の状態に戻した。

1221年、メッシーナ勅令。伯や聖職者が簒奪した王領を回収した。ユダヤ教徒に黒い衣服と黄色い印を義務付けた。

1222年、皇妃コンスタンサ死去。エルサレム王国イザベル・ド・ブリエンヌと再婚。

1222~1225年、ムスリム反乱。ムスリムをシチリア島から南イタリア・プーリアのルチェラに強制移住させた。フリードリヒ2世の親衛隊・娼婦・宦官として雇用し、武器製造、刺繍、製陶に当たらせた。

エンリコに任じて、シチリア王国海軍を創設。ジェノヴァ海軍やピサ海軍に依存していると富が奪われるため。陸軍はドイツ騎士団に任せた。

1223年、フォッジアに王宮建設。聖地巡礼と北イタリアのロンバルディア同盟征服を睨んで、南イタリアに拠点を置いた。イスラム風に入浴が奨励された。

1224年、ナポリ大学創設。

*エルサレム聖地巡礼 プリンディシ⇒アッコン⇒エルサレム

1228~1229年、第6回十字軍。アイユーブ朝アル・カーミルと申し合わせて、エルサレムで戴冠。破門中だったので、自分で王冠をかぶせ、エルサレム駐留のテンプル騎士団、聖ヨハネ騎士団が列席せず。ドイツ騎士団のみ参列した。教皇グレゴリウス9世の怒り収まらず。

1230年、教皇軍を撃破して、サン・ジェルマーノ講和。教皇グレゴリウス9世とフリードリヒ2世が和解した。

1231年、「メルフィ法典」発布。

異端撲滅が目的の「ハレルヤ」運動がドイツやイタリアで盛んに起こった。イタリア版「ええじゃないか」運動みたいなもの。

1234年、異端審問に異議を唱えた息子のハインリヒ7世が、ロンバルディア同盟とともに反乱。

1235年、フリードリヒ2世がハインリヒ7世を盲目にして幽閉。イングランド王ヘンリー3世の妹イザベルと再婚。

1237年、コルテヌオーヴァの戦い。ミラノを降伏させた。

フリードリヒ2世 vs ロンバルディア同盟

1238年、ブレッシァ包囲戦。

1239年、フリードリヒ2世とグレゴリウス9世のよき仲介者だったドイツ騎士団団長ヘルマン・フォン・ザルファ死去。コンラートが新団長に就任。

1240年、ローマでコンラート急逝。ゲルハルトが新団長に就任。

1241年、ローマ進軍直前、グレゴリウス9世死去。

 

*リヴォニア帯剣騎士団 

リヴォニア=エストニア(ウラル語族)+ラトヴィア(インドヨーロッパ語族)

 1202年 教皇インノケンティウス3世の承認で、シトー修道会アルベルトが創設。

 1207年 リヴォニア征服。

 1227年 エストニア征服。

 1230年 デンマークからレヴァル(タリン)占領

 1236年 ザウレの戦いで、リトアニアに惨敗。

 

*ドイツ騎士団

 1198年 教皇インノケンティウス3世の承認で、アッコン野戦病院から騎士団に昇格。

 1237年 リヴォニア帯剣騎士団を併合。

 1241年 ワールシュタットの戦い。ポーランド・神聖ローマ・ドイツ騎士団連合軍が、モンゴル軍バイダル(バトゥは無関与)に殲滅された。

 1242年 氷上の戦い。ノヴゴロド公国に敗北。

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1245年、教皇インノケンティウス4世、リヨン公会議。フリードリヒ2世が神聖ローマ皇帝廃位となる。

1250年、フリードリヒ2世死去。息子のコンラート4世がドイツ王・シチリア王に即位。

1254年、摂政マンフレーディがコンラート4世を毒殺。

*大空位時代 1254(1256)~1273年

1254年、ライン都市同盟。ヴォルムス、マインツを中心とした帝国都市が利益を守るために結成。

1266年、ベネヴェントの戦い。マンフレーディがアンジュ家シャルル・ダンジューに敗死。アンジュ家がシチリア王国を支配。教皇クレメンス4世から、シチリア王カルロ1世として戴冠。

1282年、シチリアの晩鐘。アンジュ家シャルル・ダンジューがアラゴン王国ペドロ3世にシチリア島を奪われた。アンジュ家の暴政というより、戦費がかさんだためにフリードリヒ2世がシチリア島民に課した重税に対する不満の鬱積が原因と言われている。

1285年、ナポリ王カルロ1世(シャルル・ダンジュー)死去。その子カルロ2世がナポリ王に即位。

 

ボヘミア王国・中世史

1198年、オタカル1世がボヘミア王に即位。シュタウフェン家が承認・支持した。

1200年、シュタウフェン家を裏切って、ヴェルフェン家のオットー4世を支持。シュタウフェン家の執拗な侵略に屈服して、結局、シュタウフェン家フリードリヒ2世と同盟。ドイツ人入植を大いに奨励した。

1240年、ヴァーツラフ1世がイフラヴァ銀山を直轄し、ディナール銀貨を鋳造した。

1253年、オタカル2世がボヘミア王に即位。前年、断絶したオーストリア公も継承していた。

1260年、クレッセンブルンの戦い。オタカル2世のオーストリア継承に反対したハンガリー王国が敗北した。

ボヘミア王国オタカル2世

vs ハンガリー王国ベーラ4世

1273年、大空位時代を終わらせるべく、ハプスブルク家のルドルフ1世が神聖ローマ皇帝に即位。諸諸侯が最強ライバルだったボヘミア王オタカル2世を警戒して最弱のハプスブルク家に白羽の矢が立った。

1276年、シトー派修道院領内で、クトナーホラ銀山発見。ドイツ人鉱夫が採掘に携わった。ヨーロッパ銀産出の1/3を占めた。1500年ごろには銀が枯渇した。

1278年、マルヒフェルトの戦い。オタカル2世が戦死した。

ボヘミア王国オタカル2世

vs 神聖ローマ皇帝ルドルフ1世

1300年、ヴァーツラフ2世がルス・レガーレ・モンタノルム(鉱山法)発布。鉱山を国有化し、鉱山採掘権を国王が独占した。修道院に対する王家の借金をデフォルトした。

ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝アルプレヒト1世が、クトナーホラ銀山を侵攻したが失敗。

1308年、アルプレヒト1世がスイス山中で、親族ヨハン=「ウィリアムテルのモデル」に殺害された。ルクセンブルク家のハインリヒ7世が神聖ローマ皇帝に即位。

1310年、ボヘミア王国プシェミスル朝断絶により、ハインリヒ7世の長男ヨハンがボヘミア王に即位。

1313年、皇帝戴冠を邪魔したナポリ王カルロ2世に復讐すべく、ナポリ遠征中、ハインリヒ7世がマラリアで病死。

1313年、ガンメルスドルフの戦い。1314年、神聖ローマ皇帝とドイツ王が二重冊立。1315年、モルガルテンの戦い。レオポルド率いるハプスブルク軍が、スイス森林三州(聖約同盟)に大敗。

1322年、ミュールドルフの戦い。

ドイツ王・フリードリヒ美王(ハプスブルク家)

vs 神聖ローマ皇帝・ルートヴィヒ4世(ヴィッテルスバッハ家)

ヴィッテルスバッハ家 バイエルン出身で長く歴代バイエルン公を務めた。そのうえ、ライン宮中伯(プファルツ選帝侯)、ブランデンブルク辺境伯、スウェーデン王、ボヘミア王を輩出したことがある名家。

1346年、ルクセンブルク家のボヘミア王カールが神聖ローマ皇帝カール4世として即位。ルートヴィヒ4世と二重冊立になる。

1347年、ルートヴィヒ4世が狩猟中の事故で急死。

1356年、神聖ローマ皇帝カール4世「金印勅書」

*七選帝侯

 ライン宮中伯(プファルツ選帝侯) シュターレック家⇒ヴェルフェン家⇒ヴィッテルスバッハ家

 ボヘミア王 プシェミスル家⇒ルクセンブルク家⇒ハプスブルク家⇒ヤゲロ朝⇒ハプスブルク家

 ザクセン公 ヴェルフェン家⇒アスカーニエン家⇒ヴィッテルスバッハ家

 ブランデンブルク辺境伯 アスカーニエン家⇒ヴィッテルスバッハ家⇒ルクセンブルク家⇒ホーエンツォレルン家

 マインツ大司教

 ケルン大司教

 トリーア大司教

帝国議会と帝国政府の二重権力体制を敷き、皇帝専権体制を否定した。選帝侯には、裁判権、貨幣鋳造権、関税徴収権、鉱山採掘権、市場開設権などの国王大権(収益特権)が承認された。選帝侯への反乱は大逆罪とみなし、選帝侯の立場は国王と等しくなった。帝国皇太子はローマ王をつとめた。カール4世は意識的に選帝侯からオーストリア大公(ハプスブルク家)を除外して封じ込めようとした

*ライン宮中伯はもともとロタリンギア伯。領土縮小によりライン宮中伯(プファルツ伯)と改称された。

*ホーエンツォレルン家はのちにドイツ騎士団領(プロイセン)を合併する。

1376年 ルクセンブルク家、息子のヴェンツェルがドイツ王(ローマ王)に即位。

1376年 シュワーベン都市同盟。ウルム、コンスタンツなど14都市が自分の利益を守るために結成。

帝国都市と帝国諸侯の戦争を解決できず、ヴェンツェルに摂政がつけられた。ヴィッテルスバッハ家・ライン宮中伯のループレヒト2世。

1395年 ヴェンツェルがイタリア僭主ヴィスコンティ家をミラノ公に叙爵してしまった。愚王ヴェンツェルはモラヴィア辺境伯ヨープストに監禁されるも解放されボヘミア王に左遷された。痴話喧嘩でプラハ大司教を殺しカレル橋から放り投げた。ボヘミアの貧富差が広がってしまった。

1396年 ニコポリスの戦い。ハンガリーがオスマン帝国に惨敗。

ハンガリー王ジギスムント(ルクセンブルク家)・ヴェネツィア共和国・聖ヨハネ騎士団

vs オスマン帝国バヤズィト1世

1400年 ライン宮中伯ループレヒト3世が、ループレヒト1世としてドイツ王即位。

1402年 アンカラの戦い。オスマン皇帝がティムールに負け捕虜にされた。

オスマン帝国バヤズィト1世 vs ティムール

1410年 ハンガリー王ジギスムントがドイツ王に即位。

1414~1418年 コンスタンツ公会議。ジギスムントがシスマ(教会大分裂)を終わらせた。フスをだまし討ちで火刑に処した。

1419年 ボヘミア王として生きていたヴェンツェルが死去し、ジギスムントがボヘミア王に即位。フス戦争(~1436)勃発。

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1444年 ヴァルナの戦い。ウラースロー1世が無謀な騎兵突撃で敗死。逆転負けを喫した。

ハンガリー王ウラースロー1世(ヤゲロ朝)、ハンガリー貴族フニャディ・ヤーノシュ、フス派傭兵

vs オスマン帝国ムラト2世

 

ボヘミア王にしてハンガリー王となったマーチャーシュ1世は、七選帝侯ボヘミア国王として選挙に勝ち、神聖ローマ皇帝の地位を狙っていた。しかし、子供がなく断絶、ポーランド王国ヤゲロ朝に王位を明け渡すことになる。

1468~1478年 ボヘミア・ハンガリー戦争

1479年 オロモウツの和約

ハンガリー王 マーチャーシュ1世

vs ボヘミア王 ヴラジスラフ(ポーランド王ヤゲロ朝出身、のちのハンガリー王・ウラースロー2世)

1479年 ブレッドフィールドの戦い ハンガリー黒軍(常備軍)がオスマン帝国軍の進撃を止めた。

ハンガリー王国 マーチャーシュ1世

vs オスマン帝国 メフメト2世

1526年 モハーチの戦い 国軍を金欠で維持できず解体したハンガリーがオスマン帝国に大敗

ハンガリー・ボヘミア王国 ラヨシュ2世

vs オスマン帝国 スレイマン1世

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2025年12月22日 (月)

湖春ひめ花ちゃん退団

歌もダンスも実力ある美人娘役なのに、あらら、劇団さん。あきれ果てました。新人公演主演、なぜもっと早くにさせなかったのかな。1期下の七彩はづきちゃんを爆推し、こうなりますわな。

トップ人事、意見が合わないみたいだし、宙組、月組あたりからお暇しようかな。

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2025年12月20日 (土)

王寺君とうえだで忘年会2025

今年もあと少しで終わり。王寺君の快気祝いも兼ねての忘年会になりました。奥さんからスペイン旅行のお土産をいただき感謝。

宝塚歌劇と高市早苗首相の話で盛り上がりました。王寺君、あーさベタ褒め、ぜったい雪組公演を観たいと言われましたが、次はポー。超チケット難やん。

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2025年12月18日 (木)

ヨーロッパ農政

ヨーロッパ気候

10~14世紀 温暖化(中世温暖期)

14世紀後半~19世紀半 寒冷化(小氷期)

温暖化によって、海は凍結しなくなり、川の水位が上がった。ノルマン人は海を渡って、イギリス・イングランド、フランス・ノルマンディー、シチリア島、南イタリアに達した。川船による交易が盛んになり、南下を開始。黒海でビザンツ帝国、カスピ海でハザール王国と対面することになった。

*荘園制度 農奴が領主を支えた

8世紀 賦役

農業革命 

三圃制、鍬で人が耕すより馬に犂を引かせる、ブナ落葉が腐って肥料になる、ドングリを豚の餌にする、休耕地で牛に犂を引かせながら小麦収穫後の穂を食べさせて糞を肥料にする、水車に小麦粉を轢かせる

11世紀 貢納(生産物地代)

中世都市 コミューン運動(農村から都市へ人が集まった)

13世紀 貨幣地代

ペスト流行(1348年)

14世紀 農奴解放⇒領主困窮化⇒封建反動

14世紀半~後半 農民一揆・農民反乱

1357年 ジャックリーの乱

1381年 ワットタイラーの乱

1455~1485年 ばら戦争

1474~1477年 ブルゴーニュ戦争

1494~1559年 イタリア戦争

スイス傭兵は「ノヴァラの裏切り」をはじめ雇用主を裏切るし、契約金を吊り上げるために八百長するし、評判が落ちていった。スイス誓約同盟からも治安が悪化するので煙たがれ、傭兵の帰国を避けた。そこで新たに南ドイツから傭兵部隊が登場した。

ギルドに入会できずに都市にあふれた結婚できない独身男性が、傭兵として雇われていった。

ランツクネヒト(Landsknecht 南ドイツ傭兵) 住所不定のロマ(ジプシー)のような集団。酒保商人(マーケットエンダー Marketender)に下請けで身の回りの世話をさせた。酒保商人がトンズラすると傭兵は食料に困り農民を襲撃した。傭兵たちは非戦闘員の輜重隊(トロース Tross)を多数引き連れて歩いた。創設者・神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世は、奢侈禁止令の対象外として、ランツクネヒトにド派手な衣装特権を与え、ならずもの傭兵に騎士修道会としてのプライドを植え付け、強力な団結心と敵への威圧を産んだ。

*強力な傭兵と傭兵隊長

ランツクネヒト フルンツベルク⇒シェルトリン⇒ヴァレンシュタイン

 ・決死隊(フェアローレネ・ハウフェ Verlorene Haufe)が切り込み隊として用いた武器

 ツヴァイヘンダー(Zweihänder):敵のパイク(Pike 長槍)をへし折るための両手剣

 カッツバルゲル(katzbalger):接近戦で使った両刃の片手剣。ドイツ騎士団も愛用した。

 クロスボウ(弩弓):フランス騎士が愛用。傭兵も当初使っていたが、火器にとってかわった。

 マスケット銃:火器の使用がスイス傭兵を圧倒した。

スイス傭兵 長槍密集歩兵による梯形方陣。ハルバード(Halberd 槍斧鉤)を愛用。

ボヘミヤ傭兵 フス戦争の勇士が起源。馬車を即興で要塞に組むヴァーゲンブルク(Wagenburg)戦術を得意とした。

スペイン傭兵 密集方陣「テルシオ」

 

1297年、スターリング・ブリッジの戦い ウィリアム・ウォレスが大勝。

 スコットランド長槍密集歩兵 vs イングランド重装騎兵・弓兵

1302年、コルトレイクの戦い 騎士が密集歩兵に大敗。マケドニア・ローマ戦術を思い起こさせた戦術ルネサンスだった。

 フランス騎士 vs フランドル密集方陣

1314年、バノックバーンの戦い スコットランド軍がイングランド軍に勝利

 スコットランド長槍密集歩兵 vs イングランド重装騎兵・弓兵

1315年、モルガルテンの戦い ゴッタルト峠の利権争いでハプスブルク軍が大敗した。

 スイス聖約同盟 vs ハプスブルク軍

1346年、クレシーの戦い

 フランス騎士のクロスボウ vs イングランド歩兵のロングボウ

1386年、ゼムバッハの戦い 長槍密集歩兵とハルバード遊撃兵がオーストリア軍に大勝。

 スイス八州同盟 vs オーストリア軍

1388年、ネーフェルスの戦い 

長槍密集歩兵とハルバード遊撃兵がオーストリア軍に連勝。

 スイス八州同盟 vs オーストリア軍

1388年、フランシスコ会修道士ベルトルト・シュバルツが火薬発明の廉で刑死。砲兵隊はツンフト(同業組合)を結成して砲術は門外不出だった。砲兵と工兵は歩兵から妬まれ差別されていた。

15世紀後半~16世紀後半、ヨーロッパにおける急激な人口増加。都市でも農村でも大量の貧しい下層民が生み出された。学校教師や遍歴学生も夏のあいだランツクネヒトに従軍し、冬は戦利品を売って勉学を続けた。

15世紀半、匿名ドイツ砲術手が火薬製造、大砲鍛造、装填、照準、発砲の技術を著した発禁本「火器読本」が登場。16世紀に印刷されヨーロッパじゅうに広まった。

1515年 マリニャーノの戦い 神聖ローマ帝国がフランスにまさかの大勝。

神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世 with  ランツクネヒト

vs フランス王フランシス1世 with スイス傭兵

1524~1525年 ドイツ農民戦争

ランツクネヒトが一部、同朋だった農民側に寝返って戦術を教え、農民が同士討ち。

1525年 パヴィアの戦い 神聖ローマ帝国がフランスに圧勝

神聖ローマ皇帝カール5世 with ランツクネヒト

vs フランス王フランシス1世 with スイス傭兵

マドリッド条約

1 フランシス1世のミラノ公位継承権を剥奪する。

2 ルイ11世が獲得していたブルゴーニュ公領をハプスブルク家に譲渡する。

1526年 皇帝カール5世がアウグスブルク金融業ヴェルザー家(←フッガー家のライバル)に対し、借金の償いで「黄金郷(エルドラド)」と信じられていたベネズエラ統治権・支配権を譲渡した。ヴェルザー商会はランツクネヒトと契約し、悪辣非道な侵略を行った。

1527年 ローマ劫掠

教皇クレメンス7世がフランシス1世を擁立して反ハプスブルク神聖同盟を決起。皇帝カール5世が激怒して、ランツクネヒトとスペイン傭兵がローマ掠奪の限りを尽くした。

16世紀 大航海時代・商業革命

1538年 プレヴェザ海戦

1546年 シュマルカルデン戦争

1562年 ユグノー戦争

1568年 オランダ独立戦争

マウリッツのオランダ軍制改革(1587)

ランツクネヒト(自由戦士)に対抗。ランツクネヒトはツンフト(同業組合)だった砲兵が肌に合わず大嫌いだった。

給料のきちんとした支払い、教練、厳正な軍律。工兵、槍歩兵、火縄銃兵、騎兵、砲兵の連携プレー。

1571年 レパント海戦

1572年 聖バーソロミューの虐殺

1585年 英西戦争

イギリスのエリザベス1世が、オランダのユグノーとノンサッチ条約締結。警告都市(ブリーレ、ラメーケンス、フリシンゲン)の総督を設置してイギリス軍を駐屯させた。

1588年 アルマダ海戦

1618年 三十年戦争

 

近世になると、中世の荘園制は崩壊していた。

東欧 グーツヘルシャフト 農奴が耕作

西欧 グルントヘルシャフト 自由農民が耕作

1861年 ロシア・アレクサンドル2世 農奴解放令

 

「コラム」

英仏百年戦争で、ペスト流行が重なって勝者も敗者もなく多くの犠牲が強いられた。終戦直後から、イギリスとフランスで戦犯探しがはじまった。犯人とされたプランタジネット家がつぶされたものの、ヨーク家のリチャード3世が王位簒奪、ごたごたのなかテューダー家ヘンリー7世が擁立されるも、その息子ヘンリー8世のフランス女遊びがひどすぎて全く話にならず。フランスは裏切り者のブルゴーニュ公をつるし上げ、落ち着いたところで、フランス騎兵軍はスイス傭兵長槍部隊を率いて、銀行両替豪商メディチ家が治めていたフィレンツェ、ローマ教皇にちょっかいを出した。ナポリ王位をアラゴン家からアンジュ家に戻せという示威行為だった。ロレンツォのあと、独裁嫌いのフィレンツェ人によってメディチ家が一時衰退、サボナローラ恐怖政治を経て、ボルジア家の教皇アレクサンデル6世がローマ教皇庁によるイタリア統一を夢見るも、新興貴族ハプスブルク家がつぶした。

出汁をよく吸って美味い乾燥パスタは砂漠イスラムの保存食だった。12世紀ルネサンス、シチリア島経由で南イタリアに伝わった。フランス王に嫁いだカトリーヌ・デ・メディチが侍医ノストラダムスとともにプロテスタントを虐殺。手づかみで食べていたフランスに(アツアツのパスタをつかむための)フォークとナイフをイタリアからもたらした。イタリアは1861年ようやく統一、ペッレグリーノ・アルトゥージがイタリア料理を統一してフランス料理に優る元祖としての面目を保った。

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2025年12月14日 (日)

礼真琴コンサート「Flare」(ライブ配信)をみて

ランチしながら自宅でまったりと待っている。雪組ボーブランメルは華純沙那ちゃん熱演を十分堪能したので、来年早々Blu-rayを買って締める。

扇の舞からスタート。規則に縛られた人生から解放されて自由になったけれども、なにから始めればいいのか。

形なきものを抱きしめて進むの

まこっちゃんチーム創生記な感じ。チェロ担当の女性奏者(古川淑恵)うまいわ。男性と同じダンシング最高だわ。

たこ焼きを柚子胡椒めんつゆで食べたらうまいらしい。明石焼きちゃうんか。辛いもん好きのまこっちゃんらしい。

ダンサーから、「眩耀の谷」のコメントが。瞳花の演技、むずかしかったよねぇ。

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「うたかたの恋」配役

ハウステンボス歌劇団で、理想的カップルが誕生したようだ。

ルドルフ役;マリー役 

海夏人蒼馬;七星アリス

 

現行の宝塚歌劇団で、理想的カップルを妄想してみたい。

ルドルフ役;マリー役

稀惺かずと;藍羽ひより

侑輝大弥;湖春ひめ花

華世京;星沢ありさ

英かおと;花妃舞音

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2025年12月13日 (土)

イタリア・メローニ首相、イタリアがEU脱退へ

イタリアのメローニ首相が、訪問国の伝統・文化・慣習を無視する移民を排除する。EU脱退も念頭に入れているようだ。トランプ米大統領がXでこれを支持。高市早苗首相も同調するだろう。

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2025年12月12日 (金)

宝塚歌劇星組2026

てんこ盛り、びっくりしました。

2番手の瑠風輝くんがディナーショー。

恋天の新人公演、うたち出るの?!お役がスザンヌ(メイド)で、本役がなんと同期の瞳きらりちゃん。その瞳きらりちゃんの本役が柚ちょー。

恋天の新人公演主演が、稀惺かずと君を抑えての大希颯くん。大希颯くんはずっとトップになる顔だと思っていた。娘役主演が乙華菜乃ちゃん、首席の茉莉那ふみちゃんを抑えての碧羽陽ちゃん。びっくり。

わたしゃ、旅行で観れないけれども、バウで名作の銀二貫。雪組れいこ・みほコンビの再来。

名古屋で、花組しろきみちゃんのハナダン再演とは・・・。影の主演、三条桜子は音くり劇場を再演できるかどうか?

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2025年12月11日 (木)

宝塚歌劇雪組「ボー・ブランメル」「Prayer」(4回目)をみて

昼前に、近畿自動車道、中国自動車道を走って、嫁と宝塚大劇場に行ってきました。嫁は孫の世話、私は井高野君、売布神社君と現地合流。座席は1階17列上手通路側の良席でした。

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客席降りで、夢陽まりちゃん、藤影ゆら君とハイタッチしました。

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2025年12月10日 (水)

宝塚歌劇花組「Goethe !」をみて

午前診を終え、近鉄快速、御堂筋線を乗り継いで、嫁と梅田芸術劇場に行ってきました。座席は1階3列下手側のかぶりつき良席でした。

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目の前で、永久輝せあ君と星空美咲ちゃんが大熱唱。ストーリーは単純、至福の時間を過ごしました。この花組トップコンビは歌が凄すぎ。エリザベート待ってます。

ゲーテ(永久輝せあ)とケストナー(侑輝大弥)が、ロッテ(星空美咲)を愛する。

ヴィルヘルム(聖乃あすか)とリヒャルト(和礼彩)が、マルガレーテ(美空真瑠)を愛する。

ヴィルヘルムは失恋して、自殺する。

ゲーテは失恋しても自殺せず、生きて詩の執筆活動に失恋の情熱を注いだ。だからこそ「世界の詩人ゲーテ」になりえた。

 

美空真瑠くん、めっちゃ美人だね。いいお嫁さんになりそうだ。

悪魔の夏希真斗くん、めっちゃ目立った。

安定のたおしゅん、あさひ。

奈良の星・稀奈ゆいちゃん、宇咲瞬くんが回想シーンで踊りまくり。

スクリーンに書いてあったのは、

Ordnung ist das halbe Leben

整理整頓は人生の半分。整理整頓が大事だ。ケストナー、整理整頓にうるさかったよね。

ゲーテの「若きウェルテルの悩み」はバカ売れ。売り子が持つ箱にausverkauft(売り切れ)と書いてあった。

ゲーテと言えば、これ。

Nur wer die Sehnsucht kennt, weiß was ich leide ! 

憧れを知る者のみ、わが悩みを知らめ。

いまはアメリカの大学が世界トップだが、1700年からアインシュタインの1900年までは、プロイセンの大学が世界トップだった。国立大学生は学びたいと思える教授を求めて自由に大学を遍歴することができた。Wandern(遍歴)から生まれた学生歌(Burschenlied)のなかで多くの学生に酒場で歌われた、ゲーテの歌がある。4番の歌詞で、カトリックの偶像崇拝をからかっているのが面白い

Ergo Bibamus [German student song][+English translation]

王寺君の奥さんの高校同級生の娘さん、咲良さきちゃん、この公演で退団だね。新たな人生を歩んでください。

七彩はづきちゃん、トップ路線街道を歩いてました。

カワイ子ちゃんに目が奪われました。ドドーンと優花りらちゃん、真澄ゆかりちゃん、美遥あゆちゃん、そしてそして、花海凛ちゃん。

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2025年12月 7日 (日)

宝塚歌劇雪組「ボー・ブランメル」「Prayer」(3回目)をみて

近畿自動車道、中国自動車道を走って、嫁と宝塚大劇場に行ってきました。10:50過ぎ、なんとかSARAH(サラ)に到着して、トーストモーニングセット1,700円を嫁と一人前ずつ食べました。

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座席は2階6列上手側、見晴らし良好の良席でした。

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娘役大好きな私が、今宵は、男役について語りましょう。

朝美絢(ボー・ブランメル)の悪友たち。あーさが負けるほうに賭けた連中だから、友とは言えない。

ヘンリー・ピアポント 縣千(ダンスの帝王、潤花のパートナー、月の御曹司/星組トップの暁千星と双璧を成す)

 イートン校・オックスフォード大学の学友。「嗚呼、我ダンテの奇才なく、バイロン、ハイネの熱無きも」ラグビーをたしなみ文武両道、質実剛健が校風のなか、ボー・ブランメルは平民出身卑しい身分のいけ好かない学生だった。

アルヴァンレー卿 蒼波黎也(フェルゼン新人公演で3拍子揃った男優)

 ジョージ4世弟のヨーク公フレデリックとともに、フランスの養老院で晩年暮らしたボー・ブランメルを金銭面で支えた。

マイルド・メイ 紀城ゆりや(コロナで新人公演が休演になった苦労の男優)

 

高身長ぞろい、かっこいいトーリー党議員たち。

ロバート・ジェンキンソン 華世京(咲を継ぐもの、雪の御曹司)

のちの英国首相。

ジョン・ウィルソン・クローカー 咲城けい(天飛華音と別れ、星よりの使者、ハンサムな男優)

アイルランドの政治家。

アーサー・ウェルズリー 苑利香輝(目玉で高身長でいつも目立っているエンリコ男優)

陸軍大将はこのウェリントン公、海軍大将はネルソン。のちの英国首相。

ヘンリー・アディントン 風立にき 

のちの英国首相。労働運動弾圧で有名。

ニコラス・ヴァンシタート 壮海はるま

英国財務大臣。

ジョン・スコット 真那春人(雪の応援団長、新選組近藤勇)

英国大法官。

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2025年12月 6日 (土)

宝塚歌劇雪組「ボー・ブランメル」「Prayer」(2回目)をみて

午前診を終え、近畿自動車道、中国自動車道を走って、嫁と宝塚大劇場に行ってきました。現地で娘家族と合流、嫁は孫の世話、私は娘婿さんといっしょに観劇。花組初観劇、悪阻で月組観劇がキャンセルになって、宙組に次いで今回雪組が3回目の観劇になりました。5組のなかでいまの雪組がナンバー1。脚本家さんや演出家さんの雪組に賭ける意気込みも違う。1階後方ド真ん中あたりの良席でした。神戸海星先輩の芹香斗亜さん、後輩の音彩唯ちゃんの話題でひと花咲かせました。

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公爵夫人の夜会が大好き。退屈な貴族たちの皮肉の応酬がとてもいい。

キャロライン皇太子妃(音彩唯)とデボンシャ公爵夫人(華純沙那)のシーンが一番好き。正妻と元妾、女性の激しい情念のぶつかり合い。

「あなた、よくハリエット(夢白あや)を潰しましたね。」

「敵の敵は味方と申しますから。」

「それでは心を許すわけには参りませんわね、ホホホ。」

95期(研17)のあーさ(朝美絢)を支える大女優陣が凄い。おそばには常に美人ナンバー1の96期(研16)妃華ゆきのちゃんが控えている。劇団爆推し、多くのトップ娘役がここから誕生するだろう。

105期(研7) 音彩唯

106期(研6) 華純沙那

107期(研5) 白綺華 瑞季せれな

108期(研4) 星沢ありさ

109期(研3) 音綺みあ 桜菜みのり

ロケットセンターの音綺みあちゃんは定番の可愛さだが、美人の桜菜みのりちゃんの笑顔がめっちゃ可愛い。みなさん阪急電車ポスターの常連であり、首席ゴロゴロ、エリート集団だと娘婿さんには紹介しておいた。

娘婿さんは今晩、三宮で飲み会。明日は第12回小野ハーフマラソンを走ってタイムトライヤルするらしい。雪組のかすみちゃん(華純沙那)、ソフトバンクホークスの野村勇選手を彷彿させてくれる。

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2025年12月 4日 (木)

「歴史修正主義」に対してひとこと

歴史は先に言ったものの勝ちではない。

声が大きいものの勝ちではない。

願望や妄想や政治利用ではなく科学的根拠に基づいた地道で正直な歴史研究によって、逐一包み隠さずに書き改めていくべきである。

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