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2025年11月29日 (土)

梅田芸術劇場「マリー・キュリー」をみて

午前診を終え帰宅、近鉄快速、御堂筋線と乗り継いで、嫁と梅田芸術劇場に行ってきました。

マリー・キュリーのソルボンヌ大学生以降から永眠までの生涯を描いていました。主役座長の星風まどかちゃん推しの公演で、さすがの歌唱力と涙だだもれの熱演でした。

きわみん(極美慎)ご観劇。

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隣席や後部席が豊中病院スタッフ団体の福利厚生なのか、咳だらけで常に携帯しているN95マスクを装着して観劇しました。子どもの流行は、インフルエンザA型とマイコプラズマなのは実感できていても、おとなの流行はわからない。

嫁はマリー・キュリー大好きなので、ダメ出しがあります。マリーが死の床で握りしめる小袋がわかりにくい。そこにはポーランドの土が入っていて、マリーと一緒にフランスへ住んだ姉が、そのポーランドの土をマリーの墓にかけたとか。子役がいなかったので仕方ないですが、小学校時代、ポーランド語を話すことが許されず、大いに苦労したそうです。あと肉食系で恋多き日々だったとか。

黒板にマリーがさらさらと、マクスウェル方程式を書いてました。スクリーンにデカデカとメンデレーエフ元素周期表があり、2価ラジウム(Ra)をオペラグラスで探しました。ヘリウム(He)の下のネオン(Ne)などが空欄だったので、当時はまだ未発見だったのかな。

ラジウム工場の最後の生き残り工員アンヌ、石田ニコルさんが主演を食うほどの大熱演でした。工員の死因が「口内炎」。白血病からくる口内炎だった。「梅毒」という不名誉な病名をつけられて死んでいった工員たち。

網膜芽細胞腫(retinoblastoma)の失明寸前の患者さんが、両眼全摘を拒絶してラジウム湿布で助かったのはせめてもの救いだった。マウス実験動物たちのダンスがかわいかった。

学会発表は自腹きらないといけなかったので、男尊女卑問題だけでなく、「プロメテウスの火」に魂を奪われたルーベンをパトロンにするしか仕方なかったよね、マリー。特許で儲けたい企業と、証拠不十分な発明品が早くから結託するのはほどほどにしないとダメだね。マリーの死因が再生不良性貧血とかで、白血病ではなかったので、癌を含めて、まだその疾患概念が不明瞭だったんだね。

1903年とか1905年とかが舞台でしたが、ライト兄弟初飛行とか、エジソン電球・蓄音機とか、テスラ磁気発電とか、アインシュタイン相対性理論とか、まあそれはそれは、大発見大発明のオンパレードでしたね。

ポーランドは第一次世界大戦後、独立できました。毒ガスや軍用機や潜水艦を駆使しても負けたドイツ、ロシア革命で戦争どころではなくなったロシアが植民地ポーランドを手放しました。世界平和の均衡を保っていた諸国間の密約を片っ端から廃止したウィルソン米大統領が、共産主義独裁国家を強大にしてしまい、第二次世界大戦から米露中冷戦の最大の犯人となりました。

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21:25難波発の近鉄特急で大和西大寺駅に帰還しました。

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2025年11月26日 (水)

gold'ne Zeit, so froh und ungebunden

ゴールデネ ツァイト ゾー フロー ウント ウンゲブンデン

実に楽しく 何からも束縛を受けない 黄金時代

あまりにも暇すぎて、数学、医学、歴史を学んだ日々

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2025年11月23日 (日)

ジョージ3世・ジョージ4世

フランス革命~ナポレオン時代のイングランドは、ずいぶんめちゃくちゃだった。ジョージ3世は時々、狂気発作で政治不能に陥るし、皇太子ジョージ(のちのジョージ4世)も遊びまくり、湯水のように国庫を破綻させた。オランダ商人から借金した。こんなプリンス・オブ・ウェールズ(皇太子)に父王ジョージ3世の摂政をさせないといけない事態に幾度か陥ってしまった。ジョージ3世の次男ヨーク公フレデリック、三男ウィリアム(のちのウィリアム4世)も浮名を流してパッとしなかった。仕方なく娘ヴィクトリア女王がインド皇帝を兼任するくらいのやり手国王になった。

女優メアリー・ダービーがトマス・ロビンソンと結婚し、メアリー・ロビンソンとして大人気だった。プリンス・オブ・ウェールズと知り合い、5000ポンドの口封じ料を要求した。応じなければ、何百通ものラブレターを世間に公開すると脅した。

ジョージ4世の正妃キャロラインは風呂嫌いでめちゃくちゃ悪臭を放っていたそうで、ジョージ4世の戴冠式にも出席を許されず、すぐさま別居生活。ジョージ4世も肥満過ぎて顰蹙物。キャロラインはデボンシャ公爵夫人と組んで、トーリー党議員を使ってプリンス・オブ・ウェールズのあら探しをやった。

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テューダー朝のエリザベス1世に子供なく断絶。ステュアート朝が始まるも、ピューリタン革命など内政混乱。

カトリックに改宗していたチャールズ2世が、フランス・ルイ14世と密約。弟ジェームズも極秘にカトリックに改宗していた。

フランスのベルギー侵攻の際、イングランドは中立を保つ代わりに、チャールズ2世に裏金を贈る。

イングランドを国教会からカトリックに戻すのなら、チャールズ2世にさらなる裏金を贈る。

1672年 信仰自由宣言

1673年 審査法

国会議員や大臣をはじめイングランドの官職者には国教徒しか就けない。

第二次英蘭戦争で功績があったヨーク公ジェームズは自身がカトリックだと公言し、海軍長官を辞任した。

チャールズ2世には私生児しかいなかった。カトリック教徒がジェームズを王位につけるためにチャールズ2世暗殺未遂事件が起こる。ジェームズ自身も関与していることが発覚し、ジェームズを王位継承者から排除すべきだと訴えるホイッグ党が出現した。

ホイッグ党のジェームズ王位継承排除法案に反対すべく、トーリー党が出現した。

1688~1697年 九年戦争

フランス・ルイ14世の世界征服に対抗して、神聖ローマ帝国を中心としたアウクスブルク同盟が結成。

1685~1688年 カトリック信仰のジェームズ2世が即位すると王位継承問題が勃発。カトリック教徒は国王になれないという法が存在していた。

トーリー党(のちの保守党) ジェームズ2世支持

ホイッグ党(のちの自由党) ジェームズ2世反対

1688年 名誉革命

ジェームズ2世がフランスに亡命。ホイッグ党の手引きで、オランダ・オラニエ公のウィリアム3世がイングランドに無血上陸。イングランド王のメアリ2世と共同統治する。

とはいえ、オランダ人に王位を乗っ取られた形のイングランド議会が次の一手を放った。

1689年 権利の章典

「国王は君臨すれども統治せず」 立憲君主制がこれで確立した。

1689年 ジェームズ2世軍が、捲土重来でアイルランド上陸。

1690年 ボインの戦い ジェームズ2世軍敗北。

1691年 オーグラムの戦い ジェームズ2世軍が敗北しフランスへ戻った。

1694年 イングランド銀行憲章。

多額の戦費捻出のため、公債(国債)を引き受ける中央銀行を創設した。

1701年 王位継承令

「イングランド王位は、ステュアート王家の血を引くプロテスタントに限る」

1702~1714年 不人気のウィリアム3世が死去し、アン女王が即位。アン女王がかわいがっていたトーリー党が政権を担当した。アン女王が死去すると、再び王位継承問題が勃発。

トーリー党 ジェームズ2世の息子ジェームズ・フランシス・エドワード(カトリック)支持

ホイッグ党 ジェームズ1世の子孫でハノーヴァー公ゲオルグ・ルートヴィッヒ(プロテスタント)支持

1714年、こどもの早逝や死産でアン女王に跡継ぎがなく、プロテスタントだったハノーヴァー朝が始まり、英語が話せないジョージ1世が即位する。政治をホイッグ党のウォルポール首相に丸投げすることになった。

トーリー党 ハノーヴァー朝反対

ホイッグ党 ハノーヴァー朝支持

1760~1820年 ジョージ3世 60年間の長い王位。

ジョージ3世は、首相に任せきりだったことによる政治の幣風の刷新に乗り出した。つまりホイッグ党の政治への壟断への芽を摘み取って、後退していた王権の刷新を図ろうとした。トーリー党のビュート伯ジョン・ステュアートを首相に任命した。

トーリー党 ジョージ3世支持 プリンス・オブ・ウェールズ(皇太子)反対

ホイッグ党 ジョージ3世反対 プリンス・オブ・ウェールズ(皇太子)支持

1754~1762年 ニューカッスル公トマス・ペラム首相 ホイッグ党

1762~1763年 ビュート伯ジョン・ステュアート首相 トーリー党

1763~1765年 ジョージ・グレンヴィル首相 ホイッグ党

1765~1766年 ロッキンガム侯チャールズ・ワトソン首相 ホイッグ党

1766~1768年 大ピット首相 ホイッグ党

1770~1782年 ギルフォード伯フレデリック・ノース首相 トーリー党

1783~1806年 小ピット首相 トーリー党

 *1801~1804年 ヘンリー・アディントン首相 トーリー党

1806~1807年 ウィリアム・グレンヴィル首相 ホイッグ党

1809~1812年 スペンサー・パーシヴァル首相 トーリー党

キャロライン皇太子妃を擁護したパーシヴァル首相がプリンス・オブ・ウェールズ(のちのジョージ4世)と対立。ジョージ3世政治不能状態のうえに、ナポレオン戦争中のイングランド内戦の危機に、ハートフォード侯フランシス・セイモア夫人の仲介で、プリンス・オブ・ウェールズが摂政位につくことができた。パーシヴァル首相は狂人ベリンガムによって院内で殺害された。

1812~1827年 リヴァプール伯のロバート・ジェンキンソン首相 トーリー党

1828~1830年 ウェリントン公アーサー・ウェルズリー首相 トーリー党

ポルトガルでのナポレオン戦争、ワーテルローの戦いでナポレオンを打ち破った名将。

 

イングランドは自ら選挙法をゆっくりと改正していって、フランスのような市民革命を防止できた。

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2025年11月22日 (土)

宝塚歌劇雪組「ボー・ブランメル」「Prayer」(1回目)をみて

午前診を終え、近畿自動車道、中国自動車道を走って、嫁と宝塚大劇場に行ってきました。座席は1階後方ほぼ真ん中の通路側の良席でした。ショーでの客席降りで、推しの華純沙那ちゃん、紀城ゆりや君とハンドタッチできました。

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かすみちゃん(華純沙那)、公爵夫人の芝居、ダンス帝王あがちん(縣千)のパートナーとして激しいアフリカンダンス、エトワールと大活躍でした。ファンとしてはこの公演はモニュメントになりました。

かせきょー(華世京)は高身長トーリー党議員として安定の演技。雪の御曹司、視界良好なり。ロバート・ジェンキンソンはのちに首相になり、ウィーン会議で活躍した。

推しの妃華ゆきのちゃんもバックダンサーとして笑顔で大いに目立ってました。宮廷シーンで笑ったりしかめ面したり、顔面の表情筋がフル活動でした。熟練のわざ、炸裂。

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せおっち(瀬央ゆりあ)が王の役を演じるときのセリフ「今宵・・・」が耳に心地よかったです。癖になってます。

すわっち(諏訪さき)は安定の演技。もう父親役なんですね。ウィリアム・ブランメル。銀橋渡りソロあり。

あーさ(朝美絢) ボー・ブランメル「ダンディズム始祖」。父ウィリアム・ブランメルはトーリー党のフレデリック・ノース首相(1770~1782在位)に仕え、財を成した。その資金で、ボー・ブランメルは平民の身分でイートン・カレッジに入学できた。服装が乱れるという理由でスポーツを嫌った。ナポレオン戦争中の1810年、女優ハリエット・ロビンソン(夢白あや)との不倫問題で、パトロンのプリンス・オブ・ウェールズ(瀬央ゆりあ)と不仲になった。1816年、賭けに負けてロンドンからフランス・カレーに逃亡。プリンス・オブ・ウェールズの弟ヨーク公フレデリックの援助を受けた。晩年は孤独寂しく暮らしたという。

 

だいもんの雪組は、男祭りで実力ある男役が支えてましたが、あーさの雪組は、娘役が支えています。それはそれは成績優秀者の舞台技術力があふれかえってますね。雪娘ダンシングチームはだいもん、咲、あーさと時代を超えて健在です。麻花すわんちゃん、白綺華ちゃん、瑞季せれなちゃんを核としてキレキレ。

愛空みなみちゃん、星沢ありさちゃんをはじめ、多くの美人娘役が後ろで微笑んで美声で歌っているかたち。

ロケットは、音綺みあちゃんセンターでキレキレ、みんな一つに合わせるというよりバラバラながら元気いっぱいでした。一言でいえば、わっしょい、わっしょい、祭りの公演です。

締めのトップコンビ、朝美絢・夢白あやのラストデュエットダンスも美しかった。影ソロは、声量はちきれの音彩唯ちゃん。トップ娘役としての活躍が楽しみだわ。きつーい役つづきから、ほんわかメリーベルですね。すぐうしろに、たくさんの実力満点美人ぞろいの娘役軍団が控えている。

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2025年11月20日 (木)

南禅寺・永観堂にて紅葉狩り

8:40大和西大寺発、近鉄特急で京都へ。地下鉄を乗り継いで蹴上下車。

南禅寺三門に登って。

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永観堂にて。

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永観堂の茶店で、ぜんざいを食べ、東洋亭でハンバーグと百年プリンを食べ、13:55京都発の近鉄特急で大和西大寺に帰還。

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2025年11月16日 (日)

彩みちるちゃん退団

自宅でまったりと、宝塚歌劇月組「GUYS AND DOLLS」(ライブ配信)をみました。

彩みちるちゃん、退団おめでとう。

アデレード役をもって、ザ・娘役道の集大成をしっかり目と耳に焼き付けました。お慕い芸はみちるが宝塚歌劇ナンバー1。「炎のボレロ」で、あーさ(朝美絢)への全身全霊の激情愛は忘れられません。

雪組は、妃華ゆきのちゃんを筆頭に、実力ある美人娘役の大工場。

白河りりちゃん、ハバナガール復帰、おめでとう。今回の東京公演ライブ配信ではじめて拝見できました。

ロケットは八重ひめかちゃんリード、乃々れいあちゃんサブからの、飛翔れいや君で締め。

外国の歌まで完璧に歌える歌唱力と、抜群のダンス力を誇る白雪さち花ちゃん、お疲れさまでした。

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2025年11月 8日 (土)

なら奈良まつり2025にて花火

自宅から散歩がてら平城宮趾へ。

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元末

交鈔乱発でインフレに陥る。インフレになると現金の価値が落ち、所得格差が拡大する。富裕層は資産を担保に入れて借金する。借金が目減りして借金しやすくなる。富裕層が物をもちたがり、必要なところに物が供給されなくなる。

富裕層 物持ち 借金

貧困層 金持ち 

 

宋の陶磁器を運ぶには、草原の道やオアシスの道(シルクロード)は適さないので、広州などの港が整備されて、海の道が発展した。

 

フビライがラマ教のパスパに夢中になって、パスパ文字を作った。宗教にはまって財政難になった。

タタールの平和(パックス・タタリカ)

ハイドゥの乱が終わったら、オアシスの道(シルクロード)が使えるようになった。

ユーラシア大陸の東西がひとつになり、交通が極めて安定する。ペストもヨーロッパへ伝搬した。ヨーロッパから使節(フランチェスコ派修道士)がやってくる。フランチェスコ修道会やドミニコ修道会のような托鉢修道会は、布教がすなわち修行になる。

プラノ・カルピニ

ウィリアム・ルブルック

モンテ・コルヴィノ

 

ルイ9世(聖王)がルブルックをカラコラムのモンケ汗に派遣する。イスラム討伐を依頼して、アッバース朝を滅ぼしてもらった。

1259年 モンケ汗死去。モンゴル遠征軍の一部がクリルタイのために帰国したため、モンゴル軍が減数した。フラグ汗即位。

1260年 アイン・ジャールートの戦い

キリスト十字軍国家&モンゴル vs マムルーク朝

1260~1301年 ハイドゥの乱

元とイル汗国は仲がいい。キプチャク汗国とチャガタイ汗国が不仲で争った。オアシスの道(シルクロード)が使えないので、海の道を開拓するために東南アジアや日本を遠征した。

 

元は、中国文明を軽視し、儒者を乞食の一つ上と蔑み、科挙を停止した。元末の1351年、科挙を復活した。武官優位のヨーロッパは、絵画とか演劇が流行する。文官優位の中国は知的レベルが高いから小説が流行する。元曲が流行したということは、元時代の中国のレベルが落ちたということ。その原因は科挙が停止されたから。

元曲

「西廂記」儒教倫理にとらわれない自由恋愛を描いた。この時期の儒教倫理が低下している。儒学は「分相応」。身分違いの恋愛は諦める。

「琵琶記」田舎で結婚した優秀な夫が都に行って、科挙で首席をとった。宰相の目に留まり、娘をその男に嫁がせた。田舎に残された妻が、夫の形見の琵琶で弾き語りをしながら都に行ったら、夫の不倫を知り、抗議して一緒に暮らした。儒教倫理では、この妻は身を引くべきと考える。

「漢宮秋」画工に賄賂を渡さなかったことで美人の王昭君の画が醜く書かれた。前漢の元帝がもっとも醜い後宮を匈奴に渡そうとして王昭君を渡したが、美人だったことを知り、その画工を処刑し、元帝は悲しがった。

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2025年11月 6日 (木)

梅田阪急百貨店イタリアフェア2025にて

10:00大和西大寺発の近鉄特急で難波下車、大阪メトロで梅田下車、嫁と阪急百貨店に行ってきました。大阪メトロ、近鉄快速に乗り継いで13:24大和西大寺に帰還。昨日開催して、明日は華金、あとは土曜日曜で閉店ガラガラ、行くなら今日が空いている。

La Sorbetteria Castiglione ラソルベッテリアカスティリオーネ (ボローニャ)

イタリアと言えば、ローマのジェラート。日本とは比べ物にならない。

ワシ4種盛/嫁2種盛 1,500円/750円(税抜)=14€(消費税込)

ピスタチオ、ミルク、めっちゃうまかった

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Casa Cuomo カーサクオモ(日田市)

ワシ4種チーズ/嫁マルゲリータ 1,000円/955円(税抜)=12.5€(消費税込)

古代ローマの小麦を用いたピッツァ、いい匂いで、めっちゃうまかった。

*古代ローマの小麦産地は、シチリア島、エジプト、パンノニア。

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La Marianna ラマリアンナ(ナポリ)

昼は砂糖入れてエスプレッソをカウンターで立ち飲みするのがイタリア流。入れ墨入れたトラックの運ちゃんが、コンビニエンスストアでエスプレッソを3杯おかわりしていた。しぶいぜ。

ワシダブル/嫁シングル 450円/250円(税抜)=4.5€(消費税込)

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Siciliamo シチリアーモ(シチリア)

カンノーロ ワシと嫁一個ずつ 622円/622円(税抜)=7.5€(消費税込)

イタリア語教室で、これだけは食べてと言われて。今晩のデザートでお土産に持って帰りました。シチリア島伝統菓子なんだね。

Bottegaesse ボッテガエッセ(トスカーナ/フィレンツェ)

デミタスカップ&ソーサ 8,000円(税抜)=50€(消費税込)

自宅用のお土産。日本で一つしかない陶器を購入。

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2025年11月 3日 (月)

共和政/帝政ローマの遠征と内戦

第二次ポエニ戦争でカルタゴ・ハンニバルの猛攻撃でローマ滅亡の危機に陥る。カルタゴを支援する、ヌミディア王国&カルタゴ・ノヴァと、マケドニア王国をまず倒すことから、ローマの反撃が始まった。

BC218 トレビアの戦い カルタゴ〇 vs ローマ✕

ハンニバル vs センプロニウス

BC217 トラシメヌス湖の戦い カルタゴ〇 vs ローマ✕

ハンニバル vs フラミニウス

BC216 カンナエの戦い カルタゴ〇 vs ローマ✕

ハンニバル vs ウァッロ&パウルス

BC208 バエクラの戦い カルタゴ✕ vs ローマ〇

ハスドルバル・バルカ vs スキピオ・アフリカヌス

ヌミディア王マシニッサがカルタゴを裏切り、ローマと同盟。

BC206 イリッパの戦い カルタゴ✕ vs ローマ〇

ハスドルバル・ギスコ vs スキピオ・アフリカヌス

BC202 ザマの戦い カルタゴ✕ vs ローマ〇

ハンニバル vs スキピオ・アフリカヌス

 

BC202 マグネシアの戦い セレウコス朝シリア✕ vs ローマ〇

テッサリア騎兵がローマと同盟。

アンティオコス3世 vs スキピオ・アシアティクス

BC190 ピドナの戦い マケドニア王国✕ vs ローマ〇

ペルセウス王 vs エミリウス・パウルス

BC146 コリントスの戦い アカイア同盟✕ vs ローマ〇

クリトラオス vs ルキウス・ムミウス

BC133 ヌマンシアの戦い ケルティベリア人✕ vs ローマ〇

ヌマンシア人 vs スキピオ・エミリアヌス

BC105 アラウシオの戦い テウトニ族&キンブリ族〇 vs ローマ✕

テウトニ族&キンブリ族 vs マクシムス&カエピオ

この大敗北で、平民派マリウスは無産市民の職業軍人を組織した。

BC102 アクアエ・セクスティアエの戦い テウトニ族&アンブロネス族✕ vs ローマ〇

テウトニ族&アンブロネス族 vs マリウス

BC101 ウェルケラエの戦い キンブリ族✕ vs ローマ〇

ボイオリクス vs マリウス&カトゥルス

 

*BC77~73 セルトリウスの反乱 閥族派スラに対してヒスパニアにて反抗。

セルトリウス✕ vs ポンペイウス〇

*BC73~71 スパルタクスの反乱 剣闘士スパルタクスが率いた奴隷反乱。

スパルタクス✕ vs クラッスス〇

BC75~65 第三次ミトリダテス戦争 ポントス王国✕ vs ローマ〇

ポントス王国がボスポロス王国とアルメニア王国と同盟。

ミトリダテス6世✕ vs ルクッルス〇 補給不足でルクッルス撤退。

ミトリダテス6世✕ vs ポンペイウス〇 地中海広域の海賊退治でポンペイウス召喚。

BC57 サビス川の戦い ネルウィイ族✕ vs ローマ〇

ネルウィイ族 vs カエサル

BC53 カッラエの戦い パルティア〇 vs ローマ✕

スレナ vs クラッスス

BC52 アレシアの戦い ガリア人✕ vs ローマ〇

ウェルキンゲトリクス vs カエサル

BC48 ファルサルスの戦い ローマ✕ vs ローマ〇

ポンペイウス vs カエサル

ポンペイウスはエジプトに亡命したが、プトレマイオス13世によって刺殺された。

BC46 タプススの戦い ポンペイウス派✕ vs ローマ〇

メテッルス・スキピオ&小カトー vs カエサル

BC45 ムンダの戦い ポンペイウス派✕ vs ローマ〇

ラビエヌス vs カエサル

ポンペイウスの息子だったグナエウスも刑死。

 

*BC44 カエサル暗殺

BC42 フィリッピの戦い 共和派✕ vs 第二回三頭政治〇

ブルトゥス&カッシウス vs アントニウス&オクタウィアヌス

ポンペイウスの息子だったグナエウスも刑死。

BC31 アクティウムの戦い アントニウス&エジプト✕ vs オクタウィアヌス〇

アントニウス&クレオパトラ7世 vs アグリッパ

 

AD9 トイトブルク森の戦い ゲルマン〇 vs ローマ✕

アルミニウス vs ヴァルス(アウグストゥス帝)

AD16 イディスタヴィソの戦い ゲルマン✕ vs ローマ〇

アルミニウス vs ゲルマニクス(ティベリウス帝)

ゲルマニクスの台頭を恐れたティベリウス帝は軍の解散を命じ、リベンジを果たしたということでゲルマン遠征を中止した。しかしゲルマニクスの息子カリギュラ、ゲルマニクスの弟クラウディウスが皇帝位を継いだ。

AD61 ワトリング街道の戦い ケルト人✕ vs ローマ〇

ブーディカ vs スエトニウス(ネロ帝)

 

独裁といえば、カエサルと思われがちだが、彼の治世は短い。ポンペイウスこそ、真の始皇帝だろう。カエサルは、ポンペイウスから皇帝位を掠め取ったともいえる。マリウス、スラも試験段階の皇帝だった。

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2025年11月 2日 (日)

近世ヨーロッパ

中世でもなく、国民国家の近代でもない、近世とはなにか。15世紀から18世紀にかけての時代区分だ。ちなみに国民国家の洗脳は、小学校教育だ。

主権国家と複合国家の併存

集権化と分権化の併存

独立まで果たせなかった、面従腹背の公国も、主人に味方するのか敵対するのか、流動的だった。高校生相手の世界史教科書では教えないが、国内にスパイ団体(滅ぼされた前王朝の残党が主な構成員)を抱え込んでいるようなもので、国家の運命を決定する動力源だった。

複数の国家を結び付けたものが、

1 経済活動

2 官僚制と軍隊(常備軍・傭兵)

3 大量の移民、大量の商人、大量の奴隷

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