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2022年9月 9日 (金)

宝塚歌劇星組(1991)「紫禁城の落日」をみて

久しぶりにみましたが、ずっしりと話が重すぎました。戦後に一区切りをつける総決算の演目でした。

婉容の誕生日に、愛新覚羅溥儀が蘭の花束をもってお渡り。そのときの婉容のセリフ「この蘭の花はどんな宝石よりもうれしい。」これが主題歌「花白蘭」につながるのですね。ロンドンで皇帝と暮らすことだけを夢見てかなわなかった婉容が、アヘンにむしばまれていく様は涙を誘いました。五族協和を賛美する満洲国歌がいまとなっては物悲しい。満洲国自体、社会主義の実験国家であったのがなんとも言えない。大型コンビナート、新幹線・・・・・

ヨーロッパ列強に侵略され、近代兵器を持たず雌伏に甘んじるしかなかった大清帝国、西太后ら皇帝の関心は内陸ばかり、まったく沿海には興味がなかった。王が神であること以外すべて主張が正しかった民主主義国家・太平天国をつぶし、「蒼穹の昴」でも演じられるであろうが、専制主義を脱却して民主主義国家をめざした光緒帝、康有為ら変法派をつぶし、人生一度でいいから皇帝というものになりたかった袁世凱の玩具にされ、我も我も皇帝にと張作霖、蒋介石ら軍閥が群雄割拠、ソ連から社会主義者が侵入し、長征という逃避行で多くの民を虐殺し、ナチスドイツが蒋介石に武器提供、スターリンが歯を磨かない毛沢東に武器提供、蒋介石を拉致し国共合作に成功。日本軍の強さを思い知ったスターリンが、近衛文麿を操ってソ連から米英に目線を変えさせる南進策に成功、日本軍は満洲国から万里の長城を越えて南進をはじめ、泥沼となった。満洲国に多少なりともまだ理解があった英国まで敵に回してしまった。英国では無口の小村寿太郎より饒舌英語堪能の加藤高明のほうがはるかに人気があった。その加藤も中華民国に不慣れで、袁世凱の国際的プロパガンダ策に負け日本の国際的立場をより不利にしてしまった。

建国時はめっぽう強かった満洲族八旗も、着替えも歯磨きもできない溥儀さんが皇帝ではそりゃ弱くなりますね。ソ連軍に空港を抑えられ中国共産党に渡され投獄、徹底した思想洗脳教育を受けることとなった。

日露戦争後、驕った日本は、神国精神論に走る。独裁状態だった原敬首相はアメリカにこびへつらうも、肝心のウィルソン米大統領がソ連の犬。いつしか社会主義者が、貧困にあえいでいた田舎出身が多かった日本の軍部に浸透。スターリンの思い通りに事が運んで行った。大正8年(1919年)に大きな教育改革が実施、高等教育の拡充が叫ばれた。学歴貴族と呼ばれた新興貴族たちは社会主義にかぶれ、天皇制打破、国家転覆を図るまでになった。国民学校と称する思想洗脳教育の本質は、「国のために死ね。万世一系であらせられる天皇陛下のために死ね。」日清・日露戦争の延長で、軍事物資に乏しいのを生身の人間の肉弾でカバーするための教育に変わった。軍縮で仕事を失った退役軍人が国民学校、中学校、高等学校に配置された。台湾、満洲、朝鮮の中央銀行から資本を本国に持ってきてもなお貧乏から脱却できない日本。まず結論ありきの精神論・イデオロギーが、合理主義者を駆逐し、金がなくては戦争できないはずなのに、226事件で高橋是清を殺し、風見章らが経済を統制しデフレ大不況に陥れ、ますます戦局は日本に不利となった。最後は、アメリカ社会主義者が仕組んだ偽のハルノートでTHE END。起死回生策があるとすれば、(ナチスドイツに負け宗主国フランスが不在となった)インドシナ行軍&マレー海戦に乗じて石油確保にとどまらず一気にインドを攻め英国を降伏させ講和に持ち込みアメリカを孤立させるか、真珠湾をやらずに米領フィリピン侵攻までに留め、日本近海防衛ラインで海軍大艦隊および急降下爆撃機を、補給路を伸ばした米国艦隊にぶつけるかだった。

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