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2022年9月23日 (金)

玉木俊明著「物流は世界史をどう変えたのか」を読んで

新しい視点から国家繁栄の要因を考えさせてくれる本。船舶の歴史は世界史の学習にとって重要だ。

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ローマ人はフェニキア商人とギリシャ商人が作り上げた地中海交易ネットワークをパクっただけなのは知っていた。ギリシャ・ローマは、フェニキアのバイレム船を改良して、トライレム船を使用した。戦闘時、体当たりしたときの衝撃がより強い。驚きは、紀元前8世紀にフェニキアがこんな船をすでに持っていたことだ。さすがエーゲ海・メソポタミア諸国を全滅させた「海の民」の末裔だわ。

バイレム船(2段櫂)

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トライレム船(3段櫂)

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やがて地中海交易はイタリア商人が一手に引き受ける。ガレー船が一世風靡したが、木材伐採がひどくなり造船ができなくなった。地中海に台頭してきたスウェーデン船にとって替わられた。地中海交易は廃れ北欧バルト海交易が繁栄したのは、北欧が木材の宝庫だから。

ガレー船

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オランダがスウェーデンに替わって、バルト海諸国の穀物と木材を地中海諸国にもたらした。

フリュート船

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地中海ヨーロッパと、唐・宋・元を結ぶ海の道は、アッバース朝~インドイスラム王朝のムスリム商人が有名だが、16世紀に独立したグジャラート王国のヒンドゥ教徒グジャラート商人と覇権を争っていたのは知らなかった。安史の乱で食いっぱぐれたソグド商人がアラビア半島の海上で再就職していたのは有名な話。彼らは季節風だよりのダウ船を使用。17世紀になるとポルトガル商人が乱入した。ポルトガルのカラヴェル船に関してよくわかっていないそうで、厳しく造船技術を秘匿していたからみたい。

ダウ船

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カラヴェル船

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東南アジアから中国まではジャンク船が主流。

ジャンク船

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スペインのガレオン船が新大陸から大清帝国に銀を運んだ。清朝が税を銀一律で納める地丁銀制を採用できたのは、銀があふれていたおかげだ。

ガレオン船

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オランダ東インド会社とイギリス東インド会社が、大型商船でヨーロッパ・アジア貿易に参入してくる。とくにオランダ東インド会社は貧乏なドイツ人を雇い入れインドネシアに住まわせ商売した。ドイツ人シーボルトがオランダ人の顔をして出島に紛れ込んできたのもこんな背景があったようだ。サファヴィー朝ペルシャに住むアルメニア人がネットワークを駆使して東インド会社の交易を支えた。

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イギリスが繁栄できた(パックスブリタニカ)のは、産業革命による工業ではなかった。航海法により物流を支配し、蒸気船を使って海運業を支配したからであった。イギリス東インド会社は中国との茶貿易を独占し、関税が高い高級茶をイギリスにもたらした。フランス東インド会社とスウェーデン東インド会社は、中国から低級茶を密輸してイギリスに輸出して儲けた

 

ヴァイキングのロングシップ(ドラカー船)が、ハンザ同盟のコッゲ船、のち改良されカラック船に敗れた。波が穏やかなバルト海にしか通用しない船たちだ。体当たりされたらドラカー船はすぐに沈没する。

ドラカー船

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コッゲ船とカラック船

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