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2022年8月25日 (木)

宝塚歌劇雪組「蒼穹の昴」の予習

アヘン戦争・アロー戦争で敗北を喫した大清帝国は、同治帝のとき洋務運動を起こした。しかし旧態依然の国体のまま、日清戦争で日本に敗れてはじめて近代化に踏み切りました。1898年、変法派は政権を握り戊戌の変法。しかし西太后のクーデタにあい戊戌の政変。光緒帝は幽閉され、国の行く末を思う若き志士も、官僚や宦官をはじめ旧態依然の国体に押しつぶされ処刑されました。そんな悲劇の主人公・梁文秀は梁啓超がモデル。

光緒帝 11代皇帝 17歳で親政。

公羊学派(康有為・梁啓超)を重用。変法運動で、日本の明治維新に学び立憲君主制を目指しましたが、洋務派によって100日で弾圧処刑されました。「わが朝の変法、ただ日本を鏡とすれば、すべてこれ十分である。」

 

洋務派(曽国藩・李鴻章・左宗棠・袁世凱) 西太后が支持

洋務運動 1.専制を支持

     2.産業・軍事の近代化(中体西用)

 

立憲派(康有為・梁啓超) 光緒帝が支持

変法運動 1.日本に学び立憲制を導入(憲法と国会を)

 

その後の中国。

洋務派を中心とする軍閥で中国全土が分裂。ソ連から社会主義ファシストが侵略する隙を与えてしまった。皇帝を奉ずるほうがよく治まるランドパワー国家には似つかわしい国家体制なのかもしれないと冷ややかな歴史評価を与えておこう。言論思想の自由がない似非民主主義と、嘘つきが経営する似非資本主義と、農村に富を再分配しない似非社会主義、民族浄化を推進し倫理観など微塵もない儒教幻想をチャンポンにした新皇帝による非立憲・専制主義国家が超大国として隣に君臨し、恩人の日本に核ミサイルを向け続けている。日本は間違った歴史観を植え付けられ、精神的苦痛を与えた損害賠償と称する多額の軍事費を中国に奉納し続けている。

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