諸事雑感
ファインプレーや英雄は、失策の賜物。本当のファインプレーはわからないものだし、政治がちゃんとして借金生活していなければ英雄は要らない。新庄剛さんの外野手守備の話を聴いていてなるほどと納得。守備位置と守備の基本姿勢が大事で、最初の数歩を正しくスタートできれば、オーバーアクションなしに打球を捕球できるというもの。江戸後期の政治が正しかったなら、事なかれ主義・老害の老中たちが後回しするのではなく、アベノミクスの田沼意次が富国強兵にまできちんと予算をまわし英露に対処できていれば、警世の志士の林子平や渡辺崋山や高野長英を処罰するような愚行はなかったし、身を捨てて国のために尽くした多くの幕末英雄たちは必要なかった。
憲法第9条で戦争はおさまると100年近く信じてきたことが驚きだ。さすが古いものを捨てられない日本だ。日本を侵略する中国にとって日本国憲法なんて知ったことではない。日本に攻めるとヤバいと相手に思わせることが唯一の戦争回避の方法だ。終戦直後の改憲は帝国憲法下だったので違憲だ。話が脱線するが、「空白の4世紀」っていうけれど、古いものを大事に守りたがる日本人にとってつじつまが合わない話だ。もっと古い(どこかで保管されて傷のない)金印ですら発見されている。これは不都合な考古学資料を抹殺してきたので当たり前の事。傲慢不敵な藤原道長は、皇族出自にとって不都合な倭国の歴史複写本をちらつかせて、源氏物語を紫式部に書かせて皇族を脅していたのではなかろうか。平安貴族は記紀に書かれていない少し昔の史実を暗黙の了解でまだ周知していたはずだ。だからこそ、「わかんどおり」の物語が大ウケしたのだ。
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