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2022年7月31日 (日)

宝塚歌劇雪組「ODYSSEY」(2回目)をみて

近鉄特急で梅田芸術劇場に行ってきました。劇場前で関目君と待ち合わせ。2階上手側の席でした。

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今回は音彩唯ちゃんは出番が少なめ、しかし目立っていた。前回同様、アリス(有栖妃華)は伝家の宝刀「歌」を封印してダンスで勝負していた。第一幕終盤、朝月希和ちゃんのダンスの場面で最下級生の白綺華ちゃんをやっとこさみつけてからは、第二幕もオペラグラスで追っかけた。花束ゆめ&白綺華でコンビを組んでほしい。豪快な娘役なもので、花組に欲しい逸材だ。

注目すべき姉妹ジェンヌは、

宙組 水音志保 ←天彩峰里との来る1,2番コンビ

雪組 千早真央 ←有栖妃華とのミスパーフェクトコンビ

上手側で得したのは花束ゆめちゃんと千早真央ちゃんと聖海由侑くんとアリスちゃんをたくさん見られたこと。倉敷の星・実力はんぱない希良々うみちゃんは下手側中心。センターは一番美人の麻花すわんを配置してたわん。イケメンおうじ(桜路薫)と、大阪かりあん(星加梨杏)もオペラグラスで追っかけた。おうじペア&ひより(日和春麿)ペアのコンビ登場が多かった印象。

観劇後は、梅田帰路で関目君とキンキンに冷えた生ビールを飲みながら、差し迫った月組、雪組、宙組の次期トップ予想に興じました。近鉄特急で大和西大寺に帰還。

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2022年7月28日 (木)

宝塚歌劇月組「グレート・ギャツビー」(2回目)をみて

車で嫁と宝塚大劇場に行ってきました。座席はやや上手側やや後方の良席でした。

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ギャツビー邸のタンゴは私の大好物。目がいくつあっても足りない。

鳳月杏&天紫珠李

蓮つかさ&結愛かれん

羽音みかちゃんにどうしても目が行くが、タンゴパートナーがわからない。タンゴ終わってパートナーと離れるときお上品にご挨拶、これがいい。瑠凰りあ君と並んでマヌカンやって目立っている。

菜々野ありちゃん、咲彩いちごちゃん、美海そらちゃんが見え隠れする。

月娘は乱世、誰がトップになってもおかしくない。白河りりちゃん、きよら羽龍ちゃんもかわいいし、もっと少人数で登場してほしい。

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2022年7月27日 (水)

元寇のインパクト

神道だけじゃダメだったのか、亀山上皇は真言密教にかぶれ護摩壇を築き、元寇調伏の呪詛を総力戦で何度も何度も行った。神風が吹き、その密教かぶれの情熱は、同じ大覚寺統の後宇多上皇に引き継がれ、そして、あの後醍醐天皇へと引き継がれていったのではないか。文保の和議に違反し、約束の10年を過ぎても譲位しなかったのは、国難に立ち向かえるのは自分だけだという最強マン自負が強すぎたのではないか。

国難に怯える庶民も、当時の仏教界最高峰の叡尊はモンゴルも追い払えないのか、非力だとして非難の的にするし、阿弥陀にすがり亡国後の来世に望みをかける親鸞や、他宗攻撃をつづける超能力者・日蓮の登場で全国的にパニックになっていた。

御家人への報酬がなくて、その不満が鎌倉幕府倒幕運動につながったのはよくある教科書記述。北条氏による他氏排斥も完成したばかりで、得宗もこどもが担当するわで、朝廷のゴタゴタを幕府は極度に嫌っていた。江戸幕末も全国大名はほとんど徳川松平の血を受けた養子ばっかりだったのと似た状況だ。

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すみれDANCEアカデミー

花組バージョンを何度も観ている。これって花組選抜ダンサーだよね。舞月さんは、NewYorker漣レイラ君と同期。ダンスの神様。

舞月なぎさ 94期

太凰旬 102期 たおしゅん

美羽愛 104期 あわちゃん

ダンスの動作から動作までが速いのなんのって。

 

あと覚えなければいけない花組ダンサーは、

Fashionable Empire シーン8 To the future

未来のトップ 聖乃あすか 100期を筆頭に、

102期 侑輝大弥 三空凛花

103期 涼葉まれ 希波らいと 海叶あさひ 朝葉ことの 二葉ゆゆ

104期 天城れいん 珀斗星来 都姫ここ 愛蘭みこ 美里玲菜

105期 美空真瑠 夏希真斗 星空美咲 稀奈ゆい 初音夢

 

あと花組ダンサーを補足すると、

95期 水美舞斗

99期 凛乃しづか

100期 糸月雪羽

106期 遼美来

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2022年7月26日 (火)

宝塚歌劇星組公演BD「龍の宮物語」をみて

復刻版ブルーレイシリーズ第3弾が昨夜届きましたので、深夜さっそく観ました。ですので今日は少々眠いです。

てんてん退団のスカイステージ番組で、「龍の宮物語」に関するエピソードが、やたらたくさん語られていましたが、これが天寿光希&瀬央ゆりあ&有沙瞳の代表作ということになるのでしょうね。

私がタカラヅカ観劇を本格的に再開したのが、しーらん退団公演で、歌のてんてん、ダンスのしーらんというイメージが頭に刷り込まれました。しーらんは音楽学校受験スクールの講師として頑張っておられますので、てんてんも今後のご活躍を見守りたいと思います。お二人とも女性に戻られた素顔はものすごく美人なのでビックリします。

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2022年7月24日 (日)

宝塚歌劇月組「グレート・ギャツビー」をみて

車で宝塚大劇場に行ってきました。My初日になります。キャトルレーヴで、月組プログラムと宝塚GRAPH8月号と有沙瞳ちゃんのブロマイドを購入。「見た目は天使、中身はスナイパー」というだけあって、くらっちには毎回心打たれます。

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座席は1階下手側真ん中あたりでした。

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私のまわりの感想は、「デイジーの生き方にイライラする。」というものでした。ショーもないし、心のもやもやがすっきりしません。私はディカプリオの映画を観てましたので、女性ってまあこんなもんかな程度でしたが、さすがにデイジーに腹立っている女性がいるようです。演じている海乃美月さんの解説も聴いてみたいと思います。

白雪さち花さんの母親役とそうでない役とのギャップが激しく、はっちゃけぶりの活躍で、デイジーのもやもやが少し癒されました。美人の夏月都さん、今回で退団ですね。インスタライブ待ってます。

月城かなとさん、カッコいいです。何度も言いますが、カッコいいです。

今回の「ナイスガイ」鳳月杏の付き人は、彩音星凪(あやおとせな)、朝霧真(あさぎりまこと)、一星慧(いっせいけい)。「勉強させていただきます。」付き人連続、彩音星凪くんの目力には毎回ヤラレてます。

フラれ役といえば、風間柚乃さん、おだちん。

天紫珠李ちゃん、彩みちるちゃん、きよら羽龍ちゃん、白河りりちゃんはドアップで観ました。お羽のパネル入りは次こそやね。月のラティーナ軍団、大好きやわ。

私のベスト・オペラグラスシーンは、アイス・キャッスル!

シガレットガールが可愛くて舞台奥の小芝居をひたすら観ていました。とくに朝香ゆららちゃん。パレードは上手側で、少し順番が遅れてきました。上級生になってきたんだね。

朝香ゆらら

美海そら

静音ほたる

一乃凛

花妃舞音

華羽りみ

ロケットは真弘蓮くんリードだったかな。エトワールは、ちょっと緊張してた一乃凛ちゃん。106期文化祭から根性ある子やなと思って見ています。

デュエットダンスは簡略した感じでしたが、お二人ともビジュアルだけで高得点獲得していますので、十分満足できました。

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2022年7月23日 (土)

宝塚歌劇雪組「ODYSSEY」をみて

午前診を終え、嫁と梅田芸術劇場に行ってきました。座席は1階上手側の良席でした。

世界を航海する船長、彩風咲奈。妖艶な女性に惑わされながらついに船が難破して咲さまは海底に沈む。そこで女神の朝月希和が待っている。世界じゅうを旅して咲さまが思ったのは、やっぱり宝塚が一番だということ。ラストはヅカソングメドレーで締めてもらいましょう。

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退団が決まっている朝月希和ちゃんをオペラグラスで追いかけました。研4の音彩唯ちゃんが大抜擢でビックリしました。歌うまいですね。花束ゆめちゃん、千早真央ちゃん、麻花すわんちゃん、希良々うみちゃん、菜乃葉みとちゃん、有栖妃華ちゃんなどなど、オペラグラスが忙しかったです。すわんちゃん、からだ絞って勝負に出てきてうれしいです。

男役では眞ノ宮るい君が大活躍でした。ダンサーはいちゃん、がんばってください。

嫁は、志垣太郎似の聖海由侑(せいみゆう)君にぞっこんで、キレキレダンスを追っかけていたようです。

咲のダルマショーは、直視できませんでした。周りで踊っている娘役たちが笑っているのが面白かったなぁ。性の錯誤感がはんぱない。

私のお気に入りシーンは、、、

第1幕第3章シーン10 Blue Moon

聖海由侑くんと花束ゆめちゃんが歌っているなか、

彩風咲奈さんと朝月希和ちゃんがデュエットダンスしています。

第2幕第2章ウィーン

彩風咲奈さんを、朝月希和ちゃんと野々花ひまりちゃんが囲んで踊ります。皇帝服の咲がめっちゃかっこいい、娘役さんのドレスがかわいい。

第2幕第3章シーン9 お祭りマンボ

音彩唯ちゃんの歌がうまいのなんのって。洋モノだけじゃなく和モノもいけるんだね。この公演は彼女がトップになるための試験と見た。

第2幕第7章ヅカソングメドレー

エトワールの音彩唯ちゃんの貫禄が凄すぎ、ほんとうに研4なのか。度胸満点ぶりは、昔の元花組トップ森奈みはるちゃんを思い出した。

 

早熟娘役シリーズ!!

花組 星空美咲

月組 きよら羽龍

雪組 音彩唯

 

今日は土用の丑の日。難波で江戸前のうな重を食べて近鉄特急ひのとりで奈良に帰還しました。

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2022年7月21日 (木)

鳥羽院政は日本の一大転換点

平清盛を北面の武士に重用(銅銭普及と貨幣経済へ変貌)

王家領荘園の集積

鴻臚館廃止、日宋貿易を平家に委託(統制経済から自由経済へ)

北海道産物の交易重視(蝦夷開発)

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2022年7月20日 (水)

英語コロケーション(連語)

しけじゅく(試験に出る英熟語)が懐かしい。1983年(昭和58年)、私が最後に受けた英語入試第5問にも、

「下線部(once and for all)を訳せ」という小問が出た。

lay an egg 卵を産む

make friends with ~と友達になる

shake hands with ~と握手する

take part in ~に参加する

catch fire 火が付く 

make a fire 火をつける

strike a match マッチをする 

light a cigarette タバコに火をつける

take refuge in ~に避難する 

take refuge from ~から避難する

bear fruit 実を結ぶ 

strike root 根が付く

run a risk 危険を冒す

keep a company 会社を経営する

keep a diary 日記をつける

make tea 茶を入れる

give a party パーティをする

make money 金儲けする

kill time 暇をつぶす

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諸事雑感

ファインプレーや英雄は、失策の賜物。本当のファインプレーはわからないものだし、政治がちゃんとして借金生活していなければ英雄は要らない。新庄剛さんの外野手守備の話を聴いていてなるほどと納得。守備位置と守備の基本姿勢が大事で、最初の数歩を正しくスタートできれば、オーバーアクションなしに打球を捕球できるというもの。江戸後期の政治が正しかったなら、事なかれ主義・老害の老中たちが後回しするのではなく、アベノミクスの田沼意次が富国強兵にまできちんと予算をまわし英露に対処できていれば、警世の志士の林子平や渡辺崋山や高野長英を処罰するような愚行はなかったし、身を捨てて国のために尽くした多くの幕末英雄たちは必要なかった。

憲法第9条で戦争はおさまると100年近く信じてきたことが驚きだ。さすが古いものを捨てられない日本だ。日本を侵略する中国にとって日本国憲法なんて知ったことではない。日本に攻めるとヤバいと相手に思わせることが唯一の戦争回避の方法だ。終戦直後の改憲は帝国憲法下だったので違憲だ。話が脱線するが、「空白の4世紀」っていうけれど、古いものを大事に守りたがる日本人にとってつじつまが合わない話だ。もっと古い(どこかで保管されて傷のない)金印ですら発見されている。これは不都合な考古学資料を抹殺してきたので当たり前の事。傲慢不敵な藤原道長は、皇族出自にとって不都合な倭国の歴史複写本をちらつかせて、源氏物語を紫式部に書かせて皇族を脅していたのではなかろうか。平安貴族は記紀に書かれていない少し昔の史実を暗黙の了解でまだ周知していたはずだ。だからこそ、「わかんどおり」の物語が大ウケしたのだ。

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2022年7月18日 (月)

今後の観劇予定

梅芸星組「モンテ・クリスト伯」が落選続きでいま敗者復活戦抽選中、ダメならラストワンチャンに賭ける。

梅芸雪組「オデッセイ」2回(with関目君1回)

月組「ギャッツビー」S席4回(with井高野君1回)、1回コロナ休演でキャンセル

宙組「ハイロー」SS席1回(with 井高野君)S席3回(withいつものおっさん1回)

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2022年7月17日 (日)

宝塚歌劇月組公演BD「今夜、ロマンス劇場で」「Full Swing !」をみて

待望の月組ブルーレイがやっと届きましたので、さっそく観ました。

たいへん、よろしゅうございました。

花組と月組はこれからも安泰、観劇していけるかな。

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2022年7月14日 (木)

平安時代のお勉強

皇族摂関家の内紛のお話がひたすらつづく。世界史で言うなら、フランク王国メロヴィング朝、イングランド七王国(ヘプターキ)みたいな煩雑極まりない歴史物語だ。日本だから道長のように計算通りに独裁できるが、海外は外敵が攻めてきて一掃して振り出しに戻るのでそうはいかない。日本史は世界史より勉強しづらい。

源平の戦いとは、河内源氏と伊勢平氏の戦い

元々、位が高かったのは河内源氏であって、伊勢平氏はずっと位が低かった。ところが、前九年の役で源義家の出世が遅れてしまい、蔭位の制により、その子供たちの出世も下がってしまった。後三年の役で、河内源氏同士の内紛により、その鎮圧にあたった伊勢平氏の位がどんどん上がり逆転した。もう後がない源義朝は保元の乱で元の栄光を取り戻したが、平治の乱で三条公教の説得もあって平清盛によって義朝一族はほぼ滅亡してしまった。通説では平氏一門の頭、池禅尼が源頼朝と義経を助命したことになっているが、彼女はまだまだ非力であって、上西門院(統子)クラスの嘆願でやっと、源頼朝と義経が助命された上西門院に仕える池禅尼は、崇徳上皇の重仁親王の乳母であったので、崇徳に負い目を感じていたので、上西門院の願いを断れず平清盛を説得した

薬子の変をきっかけに嵯峨天皇が蔵人頭を設置。巨勢野足藤原冬嗣。天皇の家政機関が蔵人所。昇殿できたのは、蔵人頭、五位六位の蔵人、四位五位の許可された者。

清和天皇のとき、王・公卿・蔵人・殿上人から成る小朝拝がはじまる。993年、朝賀廃止。

清和・村上と幼帝がつづくと、国家重要会議に天皇が出席しなくなった。内裏みたいな、カネばかりかかってすぐ火事で焼けるバカでかい所で会議しなくてもいいじゃないかという意見が摂関家から出されるようになり、内裏造営が軽視されるようになった。

藤原基経が、仲の悪い藤原高子を国母にしたくないため、陽成から光孝へ。基経の娘・温子を宇多に入内させるも男子生まれず。臣籍降下した宇多の男子・源定省を皇族復帰させて醍醐に。基経の娘・穏子を醍醐に入内させる動きに、国母の班子女王が断固反対。阿衡事件で橘広相失脚して橘氏外戚関係が崩され、班子女王の死を待って穏子が晴れて醍醐に入内、皇太子を生む。左大臣藤原時平が昌泰の変で右大臣菅原道真を大宰府左遷。宇多上皇が醍醐天皇を戒めることできず。道真の怨霊の祟りで要人死者が続出で宮中大混乱。

宇多天皇のとき、889年以降、藤原氏だけしか昇殿を許されなくなった。

三位以上の摂関家も天皇家の蔵人所のような家政機関を置くようになった。920年、藤原忠平が政所を私邸に設置。荘園管理の雑用を任じた。

幼帝朱雀と摂政藤原忠平が善政。戸籍が役に立たず人頭税から土地税へ転換、受領(国司)に徴税を命じた。受領は田堵から徴税。承平天慶の乱の平定で平氏と源氏が軍事貴族に変態する。受領に就任。朱雀・村上、藤原氏のほうから摂関家になる必要性を感じていなかったので、天皇親政が実現。奇行で冷泉が円融に譲位。藤原兼家が詮子を円融に、超子を冷泉に入内させ、それぞれ一条、三条を産む。一条の皇后・中宮に二人。

定子(藤原道隆娘) 3歳年上。清少納言など。サロンが楽しかった。一条と仲がよすぎた。

彰子(藤原道長娘) 8歳年下。紫式部・和泉式部など。サロンが暗く面白くなかった。一条の最期まで定子を立てた。

関白藤原道隆が糖尿病で死ぬと、定子以外の女御を入内させる動きが活発化。長徳の変(花山法皇襲撃事件)で定子の兄・藤原伊周&隆家、大宰府などに左遷。のち許され帰洛。伊周は律令はじめての内大臣(太政大臣・左大臣・右大臣以外の4人目の最高権力者)だった。

関白藤原道隆が糖尿病で悪化すると、(太政官に実権をもたない)関白を内大臣伊周に譲ろうとするも、一条天皇の許可が下りず、伊周は(太政官の実権を兼ねることができる)内覧に就任。道隆が死ぬと道兼が関白に就任するも、麻疹で急死。国母の詮子の一条への説得で、格下の権大納言道長に白羽の矢が立つ。

源頼光・頼親・頼信(←平忠常の乱平定)が道長に仕えた。道長が荘園(法成寺領)の集積をはじめ、頼通がさらに拡大。道長は法成寺、頼通は平等院。

1028年眼病の道長死去。道長娘の寛子が三条皇太子・敦明親王(小一条院)に入内したために離婚した藤原延子と、その父・藤原顕光に祟られる。平忠常の乱。頼通に女子が少なく入内による外祖父になれなかった。一気に権威喪失。

藤原頼通のとき、摂関家家政機関の政所に、侍所を加え、職員の勤務状況を管理させた。やがて荘園離反に武士という武力を用いるようになった。

後三条は藤原の血が濃い白河を冷遇した。源基子とのあいだの子、実仁親王と輔仁親王を厚遇していた。1069年、延久の荘園整理令と、記録荘園券契所の設置と、宣旨枡による度量衡統一。1045年以降の新立荘園を停止。荘園所在地・領主・田畑面積を朝廷に報告を命じ、土地台帳がはじめて作成された。それまでは、前任国司の真立荘園を後任国司が廃止しないように、前任国司が摂関家に寄進していた。だから摂関家の寄進地系荘園が爆発的に増大していた。荘園存続の判断を国司から太政官が取り上げる。摂関家の経済基盤に大打撃を与えた。(法成寺造営と平等院造営の後回しにされていた)焼失した内裏造営の課税を、公領だけに負担するのではなく全国荘園にも一律に課してほしいと国司から申し出があったために、公領と荘園を明確に区別する記録荘園券契所が必要であった。後三条のときはじめて荘園制度が始まったと言える。

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後三条の構想

治天の君 後三条

天皇 白河

皇太子 実仁親王→輔仁親王

 

白河の構想

治天の君 白河

天皇 善仁親王(堀河)

 

白河の構想(堀河崩御後)

治天の君 白河

天皇 宗仁親王(鳥羽)

皇太子 崇徳

 

白河の構想(崩御前)

治天の君 鳥羽

天皇 崇徳

 

鳥羽の構想

治天の君 鳥羽

上皇 崇徳

天皇 近衛

 

鳥羽の構想(近衛崩御後)

治天の君 鳥羽

上皇 崇徳

天皇 守仁親王(二条)

 *体裁を整えるため、守仁親王の父(雅仁親王)を短期間だけ天皇に据えた。これが後白河天皇。

 *崇徳上皇は不満。白河上皇から皇統が保証されていたはずだから。

 

崇徳の構想(保元の乱まで)

治天の君 崇徳

天皇 重仁親王

 

保元の乱で崇徳排除後、

上皇(のち二条に院近臣解雇され院政停止された) 後白河

天皇 二条

皇太子 六条

 

後白河の構想(二条・六条がたてつづけに急逝後)

治天の君(のち清盛を怒らせ院政停止) 後白河

天皇→治天の君 高倉

皇太子→天皇 安徳

    皇太子 守貞親王

 *安徳と守貞親王(後高倉)と三種の神器を平家に拉致された後は、天皇を後鳥羽に変えた。

 

後白河の構想(平家滅亡後)

治天の君 後白河

天皇 尊成親王(後鳥羽)

 

後鳥羽の構想(源頼朝死後)

治天の君 後鳥羽

上皇 土御門

上皇 順徳

天皇 仲恭(のちの九条廃帝)

 

鎌倉幕府の構想(承久の乱後)

上皇 守貞親王(後高倉院) 不登極帝、ほどなく崩御

天皇→上皇 後堀河

皇太子→天皇 四条

 *自分が仕掛けた悪戯でころんで四条が早逝。土御門系の後嵯峨に白羽の矢が立つ。

 

後三条の国母・禎子内親王(陽明門院)と、後朱雀・後冷泉と姻戚関係を結んだ頼通・教通の仲が悪かった。白河の皇太子は、実仁親王から輔仁親王へ渡す予定だったが、白河は賢子を寵愛しその実子の善仁親王を皇太子に据えたため、禎子内親王は大激怒した。はやばやと善仁親王に譲位して堀河天皇とし、白河上皇になった。この時点では子・堀河天皇に政治を任せていたが、その堀河天皇が短命で、孫・鳥羽天皇も幼帝だったために白河上皇が院政を直接行い、治天の君(天皇家の家長)が誕生した。ただし大殿藤原師実には遠慮があった。関白藤原師通と堀河も良好関係だったが、師通が早逝し、忠実が若くまだ権中納言で摂関できなかった。鳥羽の外伯父藤原公実は経験不足として摂関を外された。白河上皇が摂関家の任免権を奪った。白河に白羽の矢が立った。永久の変(鳥羽暗殺計画)で輔仁親王失脚。鳥羽の即位ではじめて白河院政が確立した。泰子の鳥羽への入内問題で白河と忠実が不和となり、忠実の内覧を停止し自宅謹慎、忠通を起用。北面の武士を設置。

白河院政から、官司請負制はじまる。特定官司(宮廷行事などの雑用)を太政官から特定氏族に移管し、専門的知識に長けた特定氏族が代々請け負って、職(官司に付随する収入や所領などの利権)を得た。

弁官局 小槻氏独占

外記局 中原氏&清原氏独占

清原武則は、蝦夷初の鎮守府将軍!

河内源氏の源頼義は格下の坂東平氏を配下に加え関東に拠点を設け、前九年の役。税金未納の安倍頼時を屈服させるも、安倍貞任・藤原経清に敗れる。頼義は清原武則・武貞を味方につけ安倍貞任・藤原経清を破った。

大和源氏の源頼俊が陸奥守に任ぜられる。1070年(延久2)、延久蝦夷合戦。後三条天皇の勅命により、源頼俊が、清原貞衡の与力で陸奥北端まで蝦夷を征討した。清原貞衡は、武則以来、蝦夷二度目の鎮守府将軍に就任した。頼俊の子・頼治は、関白藤原師通の命で強訴の比叡山僧兵に矢を放ち、師通早逝。恐れをなした朝廷は頼治を佐渡へ流罪、大和源氏は一気に没落した。

頼義に男子3人あり、義家、義綱、義光の仲がとても悪かった。源義家は藤原頼通・白河上皇に仕え、奥州に進出した。

清原氏後継者問題で、後三年の役。清原清衡・家衡・吉彦秀武と、清原真衡・成衡が争った。姻戚関係があった陸奥守の源義家が真衡・成衡を加勢して勝利。真衡早逝し、成衡が旧清原領をとり、旧安倍領を清衡・家衡で分割。不満の家衡が清衡を攻めたので、義家は清衡に付き家衡を倒した。命令許可なく戦ったので義家の恩賞が認められず、官物未納で正四位下陸奥守どまりで父親の地位まで出世できず。義家の子・義親と義忠の出世が阻まれた。

源義綱は藤原師通に仕え優位に立とうとした。師通は義綱を用いて比叡山僧兵を撃退させると、僧兵は師通を呪詛、師通が急死したので僧兵が恐れられるようになった。

源義親が九州で掠奪、太宰大弐・大江匡房の訴えで隠岐に流罪されるも、さらに出雲で目代を殺害したので、白河上皇に接近した平正盛が平定。その子・忠盛が正四位播磨守まで出世し、河内源氏と伊勢平氏の家格が逆転した。「偽義親」が都で流行。他方、藤原清衡・基衡・秀衡という奥州三代が繁栄した。

1100年、鴻臚館廃止。日宋貿易が国家管理から平忠盛の私的管理に変わった!白河院政から鳥羽院政への経済方針の転換が裏にあった。

源義光は、義家の子・義忠を殺したが、義綱が冤罪に問われた。義忠が平忠盛と親しくしたのが殺害理由。義光と、義親の子・為義が義綱を追討した。義綱の子はすべて殺害され、義綱自身は佐渡へ流刑。為義は白河院に嫌われ受領になれず、河内源氏の頭領とは言えない状態であった。為義は藤原忠実・頼長の家人となった。一方、平忠盛は白河院に可愛がられて、どんどん出世を重ねていった。

皇位継承権は、天皇、上皇、国母、外伯父、外祖父の合議制で決まっていたのだが、治天の君は一身に権限を集めた。治天の君の権限は、1.皇位継承権、2.摂関任免権、3.除目への介入。権門(王家と摂関家)が独立して、自分の荘園と武力を持つようになった。武家と公家は対立しておらず、文士(文芸の家)と武士(武芸の家)が並んで公家に仕えるという形をとり、これらを総称して貴族(心ある者、情ある者)という。その下に雑人・下臈と呼ばれた庶民(心なき者、情なき者)がいた。

院司(上皇と個人的関係を結んだ貴族たち)の出世コース。播磨・伊予の受領に任じられたのちに参議へ出世。

院の権限:天皇御所に自分好みの太政官を任じ、院御所に自分好みの公卿(従三位・左大将・右大将)と院近臣を任じ集めて政治決定を下す。院近臣を受領に任命し、院庁下文で領域型荘園を認定した。

一の院・本院 白河

新院(上皇に過ぎないから実権がない) 鳥羽

天皇 崇徳

鳥羽に中宮がふたり。

待賢門院璋子 藤原公実(太政官)娘 地下人と性関係乱れ、白河の寵妃?子が崇徳

美福門院徳子 藤原長実(白河院近臣)娘 子が近衛

鳥羽院政になると、荘園整理政策を否定し王家領荘園を集積する。

 本院 鳥羽

 新院 崇徳

 天皇 近衛(鳥羽が治天の君で居続けるために崇徳の猶子になる)

*治天の君は現役天皇の父か祖父でないとなれない。皇太弟に皇位が移ると治天の君を辞めなくてはいけないのだ。辞めるとなんの権限もない貧しい上皇の暮らしが待っている。

*飛鳥時代の持統天皇のころは、上皇と天皇は同権だったが、薬子の変で平城上皇の権限を奪い取ったために、上皇はただのお飾りになった。

*孝謙・高野・称徳天皇の話になると、へぇー、ハハと歴史学者にせせら笑われるが、西大寺は称徳天皇に必死に付いてきて今もがんばっているのだ。その気持ちを逆なでるのはやめていただきたい。

近衛の中宮がふたり。

皇后 藤原多子 頼長養女

中宮 藤原呈子 美福門院養女・忠通養女

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平清盛を頭領とする伊勢平氏の最終決定権は、藤原宗子(池禅尼)が握っていた。保元の乱で摂関家につくか天皇方につくか決めたのも池禅尼であった。

後白河天皇は皇位に付いていたので、(1)天皇の権威で動員できる公的な武力、(2)鳥羽院に仕えていた武力(源義朝・源義康・源頼政)の二種類の武力を総動員できた。対する崇徳上皇は、下に天皇がいないので公的な武力を動員することができなかった。摂関家に仕える武力(源為義・源為朝・源頼賢)だけであった。

ボーイズラブの藤原頼長は、家格が下の藤原家保と美福門院得子を憎んでいた。関白忠通と内覧頼長の内紛。近衛天皇、鳥羽法皇急死で忠通の推薦で後白河天皇践祚、保元の乱勃発、崇徳にも忠実にも武士が集まらず守仁親王(のちの二条天皇)に集まった。実の父との噂が高かった故白河の屋敷(白河北殿)に入り自分こそ治天の君にふさわしいと宣言した崇徳には源為義・為朝・頼賢、平正弘、源頼憲、平忠正・長盛、源為国くらいしか集まらなかった。鎮西八郎為朝も単騎ではいかんともしがたし。後白河は蔵人頭の藤原雅教に命じ、忠実・頼長が荘園から武士動員することを禁じる綸旨をふれ回らせた。蔵人の高階俊成と源義朝に命じて頼長の東三条殿と摂関家宝物を没収させた。平等院の勝尊に後白河を呪詛したというのが頼長の罪状。忠実は宇治邸で中立静観。崇徳の重仁親王の乳母をつとめていた池禅尼は平家を率いて自分に付いてくれると思っていたが池禅尼は崇徳ではなく勝ち目のある後白河に付いた。後白河は正統な天皇ではなくワンポイントリリーフと考えられていたので無力であった。崇徳上皇は自分の実父と噂高かった白河殿に入り我こそ正統な天皇なるぞとアピールし抗戦体勢を整えた。後白河は高松殿から警護がしやすい東三条殿に移動。源頼盛が護衛に当たった。皇族攻撃をためらっていた忠通は信西の説得で崇徳上皇を攻撃。

第一陣

 平清盛300騎 戦う姿勢が消極的!(鉄弓の)為朝と激突し退散、戦功なし!!

 源義朝200騎 頼賢・(鉄弓の)為朝と激突、負傷者50人出すも逃げず、白河殿隣接の藤原家成邸に放火、白河殿に延焼し、崇徳・頼長敗退が決定。

 源義康100騎

第二陣(なかなか決着が着かないことに後白河が業を煮やし派遣した)

 源頼政

 源重成

 源重貞 頼長を射て、逃げる為朝を乱後捕獲した!

 平信兼

 

呪詛問題で崇徳が讃岐流罪、頼長が矢が当たり重傷死。頼長には興福寺僧兵を率いた信実の加勢という勝算があった。信西による戦後処理で摂関家が政治の場から撤退。後白河、高松殿にもどる。崇徳は東山如意ヶ嶽で剃髪出家し治天の君を降りた。為義は義朝に投降、為朝は逃亡したが近江で入浴中捕獲された。

崇徳は後白河天皇の兄であり、上皇ではあるが父院ではない以上、院政を行うことはできない。崇徳上皇は単なる「元天皇」に過ぎず、天皇と対立した場合に正統性はないのだ。

美福門院が、鳥羽院近臣であった信西に命じて、ワンポイントリリーフの後白河天皇を守仁親王に譲位させた。二条天皇即位。鳥羽上皇が二条天皇を作り出し、二条天皇を作り出すプロセスとして後白河が天皇になっているだけ。後白河はそれでも院政をしようとするが後白河院の権限に制限が設けられていた。

1. 二条天皇と姝子内親王に生まれる皇子を天皇にすること。(後白河は天皇を選べない)→二条と姝子内親王が離婚

2. 鳥羽の遺志を尊重する限り、貴族は後白河院政を支持する。→後白河は違反した。

鳥羽院政の構想(二条、六条、鳥羽の早逝で瓦解した!

 本院 鳥羽

 新院 二条

 天皇 六条

後白河院政(平清盛と蜜月関係を築くことで実現できた!

 本院 後白河

 新院 高倉

 天皇 安徳

*以仁王は後白河から親王にしてもらえなかった。八条院の猶子であった以仁王は、安徳天皇を引きずり降ろして自分が天皇になろうとして乱を起こしたので、後白河は以仁王に怒っていたのだ。以仁王は令旨を出せる身分でないのに、偽の宣旨を八条院領に垂れ流したのだ。

王家領荘園の行方。鳥羽→美福門院→八条院→春華門院→順徳上皇→鎌倉幕府→後高倉法皇(不登極帝)→安嘉門院→室町院(暉子内親王)→(大覚寺統・八条院領)亀山上皇→後宇多上皇

鳥羽→待賢門院→崇徳上皇→上西門院→(持明院統・長講堂領)後深草上皇

藤原頼長→後白河→(持明院統・長講堂領)後深草上皇

室町院領を争う。式乾門院→室町院(暉子きし)大覚寺統と持明院統で折半した。

*後白河は財産がなかったので、頼長の荘園を奪い取った。これを基に全国荘園をかき集めていった。

亀山上皇は密教に凝り、南禅寺に荘園を一部寄進した。そして元寇調伏を大祈祷した

後宇多上皇は密教に凝り、東寺に荘園を一部寄進した

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正四位上

正四位下

従四位上

従四位下

正五位上

正五位下

従五位上

従五位下

源義家 正四位

源義親 従五位 いったん没落

源為義 従五位

源義朝の必死の大出世 保元前が従五位下、保元後が正五位下

関東での内紛で所領を失った源義朝は、なんとか失地回復しないといけないので必死だった。保元の乱で源氏の頭領になった。

保元の乱後、家格が下の藤原信西が偉そうにしているのに、どうも我慢がならなかったのが、藤原信頼であった。信頼手持ちの、源義朝率いる武士を少しお借りするだけで信西ごときは殺せると思っていた。平治の乱。

*反信西派

 藤原信頼 後白河院政派 武蔵国知行国主

  部下に、源義朝 下野守

 藤原経宗 二条親政派 懿子の弟

*信西派

 藤原信西 後白河院政派

*八条院直属の武士

 源頼政 二条親政派

 源光保 二条親政派

1159年12月9日、信頼・義朝が信西を攻めたが逃げられる。三条殿を焼き払い、後白河院と上西門院を三条殿から二条天皇の大内裏にうつす。

1159年12月13日、信西が自決し、首が晒される。

1159年12月14日、源義朝が播磨守になる。

1159年12月17日、平清盛が熊野から帰洛。信西が進めようとしていた鳥羽院構想を重んじる内大臣三条公教が清盛に反信頼派につくよう説得。

1159年12月25日、三条公教が二条天皇を六波羅にうつす。

 後白河上皇には、「二条はここには居ませんよ。」とだけ告げて立ち去る。慌てた後白河はあたふたと大内裏から仁和寺に逃げる。

1159年12月26日、六条河原の戦いで、平重盛・頼盛が源義朝を破る。藤原信頼に付いていたのは、義朝・義平・朝長・頼朝と、三浦義澄・上総広常だけであった清盛・時子が二条の乳父母になる頼盛は八条院に仕える清盛出家後、重盛が内大臣に任ぜられ頭領になる

1161年、後白河が憲仁王(のちの高倉天皇)を立太子させる陰謀を二条天皇が察知し、院政派を解官した。平時忠・教盛・基盛、藤原成親・信隆。後白河院政停止。

二条親政に入る。まず平治の乱で軟禁されたことに後白河が怒り平清盛に命じて、藤原経宗が阿波に流罪となる。後白河の目の上のたん瘤であった経宗が排除されて後白河の息を吹き返した。池禅尼の嘆願というよりは上西門院(統子)の嘆願で、憲仁親王を皇太子に据えるのと交換条件で、上西門院の蔵人であった源頼朝を助命した。藤原基実を復権して摂関家を建て直した。後白河が憲仁親王を立太子させる動きに二条と清盛が反発した。二条早逝、六条即位、六条摂政に基実。六条早逝後、親二条派だった清盛が後白河に接近して憲仁親王を担いで高倉天皇即位。基実早逝でその子・基通(近衛家)を盛子(清盛娘)の猶子にする。多くの摂関家領が盛子の手中に入った。

平時忠「平氏に非ずんば人に非ず。」

1165年、二条逝去。六条が幼帝の為、清盛は後白河と和睦。

1168年、六条から高倉へ譲位。摂政に松殿基房。翌年、後白河と清盛が出家。

後白河院政に入る。清盛は、京を重盛・滋子(建春門院)に任せ、福原で日宋貿易に専心。建春門院が後白河と清盛の仲介パイプ役を担当した。清盛と親しくしていた藤原忠通の男子4人あり。

 近衛家 基実→基通(清盛と親しい) 

 松殿家 基房(後白河と親しい)→師家

 九条家 兼実(頼朝と親しい)→良経

 出家僧 慈円

院近臣は、重盛・頼盛、藤原成親・師長(頼長の子)・静憲(信西の子)・澄憲(信西の子)。建春門院(滋子)早逝、鹿ケ谷事件で、清盛が院近臣を排除。重盛も気を重くして早逝。盛子早逝で、後白河は基実遺領を基房に与え、重盛遺領を自ら奪った。

1178年、源頼政が従三位になり参議に参画。言仁親王(のちの安徳天皇)が立太子。

宋銭流通促進派 平清盛・高倉天皇

宋銭流通規制派 後白河法皇・松殿基房(絹を通貨にしようとした!

平重盛と盛子死去。平重盛の越前所領を惟盛に、盛子・近衛基実の家領を近衛基通に継がせることを、後白河が拒否。

治承3年(1179)の政変。清盛が福原から後白河を攻める。基房を追放、後白河を院政停止・幽閉、安徳即位、近衛基通を摂政に、高倉院政を布いた。

高倉院政

 治天 高倉

 天皇 安徳

高倉の厳島神社行幸に反対した園城寺、後白河・高倉奪取失敗。以仁王令旨が全国に拡散。以仁王は後白河が大嫌いなので後白河のために挙兵したのではない。以仁王挙兵に源頼政が付き、清盛を怒らせ、頼政討ち死に。

伊豆知行国主 源頼政から平時忠へ

伊豆守 平時兼

伊豆目代 山木兼隆(平時忠の部下)

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九条兼実・中原親能を介して、平穏に伊豆で捕虜生活していた頼朝に令旨の行方の捜査が入ると三善康信から聞き、頼朝が追い詰められる。源頼政配下の北条時政・工藤茂光・源有綱・三浦義明をバックに源頼朝挙兵、山木兼隆を討つ。石橋山の戦いに敗れるも、富士川の戦いに勝ち、その後、東日本は頼朝、西日本は宗盛の分割統治を提案したが、頼朝滅ぼすべしという清盛遺言のため、宗盛が却下した。養和の大飢饉が起き兵糧不足に陥り、上野の源義広が頼朝転覆を図っていたため、木曽義仲と平家討伐を延期。

1183年(寿永2)、野木宮合戦。上野の宿敵だった源義広を源頼朝が破る。源義広は源行家とともに源義仲軍に合流した。

源義仲が入京、倶利伽羅峠の戦いに勝ち、平家を西国に追いやる。安徳天皇・守貞親王・三種の神器が都落ち。後鳥羽践祚。以仁王皇子の北陸宮即位を後白河に進言したのに、後白河が尊成親王(後鳥羽)を践祚させ院政を布いた。源義仲は水島の戦いで平家に敗れ京に戻り、後白河が摂津源氏の多田行綱、美濃源氏の土岐光長、延暦寺僧兵を招集して義仲と戦い、法住寺合戦で義仲が勝ち後白河院政を停止、師家を後鳥羽摂政に据える。

頼朝が京へ範頼・義経を進軍させ、宇治川の戦いで義仲敗死。基通を更迭し、九条兼実・良経を起用。範頼・義経が一の谷の戦いで平家に勝ち、福原から平家を屋島へ追いやった。

1185年、壇ノ浦の戦いで安徳天皇入水、草薙剣紛失。

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2022年7月12日 (火)

留依蒔世さん退団

留依蒔世さんが退団の報にはビックリしました。ダンスも歌もずば抜けてうまく、芝居も茶目っ気があってアドリブに強い首席高身長ジェンヌさんなので、花組トップでも月組トップでも張れると思っていました。月組へ組替え後のトップ落下傘就任をひそかに期待していたのですが。スパニッシュやラテンや御フランスの世界を演じてほしかったです。ほんとうに残念で仕方ありません。宙組がどんどん痩せていく感じがします。

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2022年7月11日 (月)

ドイツ語教授 終戦直後レジェンド列伝

関口存男(せきぐちつぎお)

 陸幼→旧制上智大卒→新制法大・早大・慶大教授

藤田五郎(ふじたごろう)

 旧制武蔵高→東大卒→旧制武蔵高教授→旧制広島高教授→新制東外大教授

橋本文夫(はしもとふみお)

 旧制一高→東大卒→旧制広島高教授→新制中央大教授

岩崎英二郎(いわさきえいじろう)

 旧制成蹊高→東大卒→旧制成蹊高教授→新制東大・慶大教授

小柳篤二(おやなぎとくじ)

 旧制東外大→東大卒→旧制東京高教授→新制日比谷高教諭→新制早大教授

常木実(つねきみのる)

 東大卒→旧制山形高教授→旧制浦和高教授→新制東大教授

望月市恵(もちづきいちえ)

 旧制松本高→東大卒→旧制静岡・第一・松本高教授→新制信州大教授

手塚富雄(てづかとみお)

 旧制一高→東大卒→旧制松本高教授→新制東大教授

森川晃卿(もりかわこうきょう)

 旧制姫路高→東大卒→旧制姫路高教授→新制京大助教授→新制大阪市大教授

山川丈平(やまかわじょうへい)

 東大卒→旧制福岡高教授→新制修猷館高教諭→新制九大教授

国松孝二(くにまつこうじ)

 東大卒→旧制武蔵高教授→新制九大・東大・立大教授

吉田正己(よしだまさみ)

 旧制浦和高→東大卒→新制東大教授

小塩節(おしおたかし)

 旧制松本高→東大卒→新制中央大教授

国見金熊(くにみきんくま)

 新制松本深志高教諭

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2022年7月10日 (日)

宝塚歌劇雪組BD「PR×PRince」をみて

復刻版ブルーレイシリーズ第二弾が今日届きましたので、さっそく観ました。

大器晩成の永久輝せあ、ロケットの潤花の名コンビが観られてよかったです。「水兵リーベ僕の船、そう曲がるShipsクラーク。」

2番手の綾凰華、一禾・彩海凸凹コンビが今となっては懐かしい。雪組男性陣の層が分厚かったころの公演でした。

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宝塚歌劇宙組BD「夢千鳥」をみて

なかなかの名作。竹久夢二の女性遍歴。気持ちをダンスで表現、耳に心地いいハーモニー、しっかりとした筋書き、何よりイケメンと美人の巣窟だ。昔の花組のように、これからは宙組出身のトップスターがたくさん出ると思う。

竹久松香 有愛きい 姉、厳父からかばってくれた

他万喜 天彩峰里 学がある、絵の師匠

菊子 花宮沙羅 芸姑

彦乃 山吹ひばり 学がある、女性自立に目覚めた女学生

お葉 水音志保 学がない、田舎出身の人気モデル

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2022年7月 9日 (土)

安倍晋三元首相逝去

安倍さんのご冥福をお祈りいたします。

一夜明けて今朝通勤時の犯行現場。献花テントが張られました。

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2022年7月 8日 (金)

安倍晋三 元首相狙撃事件

毎日同じ道路を歩いて大和西大寺駅まで出勤しているだけにショックです。救急車は秋篠川べりに常駐しており1分で現場に到着したはずです。安倍さんは平城宮趾にいったん搬送され、そこからドクターヘリで奈良医大病院に飛ばれました。いまICU治療中とのこと、ご回復を切にお祈りいたします。

いままでの候補者は駅に向かって演説してきたのに、安倍さんは反対に駅を背に演説されていたようです。歩行者が歩いたり不意に横切ることもある県道への警備が手薄だったことが残念です。期末試験を終え予備校に通っていた女子高生がたくさん、三和ビルのスターバックスでカフェブレイク中だったそうです。

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2022年7月 7日 (木)

宝塚歌劇花組「巡礼の年」「Fashionable Empire」(5回目)をみて

王寺君と車で宝塚大劇場に行ってきました。宝塚歌劇どころか、あやめ池遊園地のOSKも観たことがないとのことで、キャトルレーヴから案内。花組パンフレットに加え、ご希望により聖乃あすかブロマイド、礼真琴&舞空瞳のブロマイド、星組組本を買ってもらいました。礼真琴の表紙だけ見て、おとめを買おうとしたので制止しました。

わたしは、有沙瞳ポートレートにひかれて歌劇7月号、前回売り切れだった音くり寿ちゃんと星風まどかちゃん並びのブロマイド、ミスターパーフェクト・和希そら「夢千鳥」ブルーレイを買いました。歌劇は、星組めぐり会いの舞台裏レポ、華純沙那ちゃんの楽屋日記が面白かったです。ミスビューティ・音波みのりちゃんのラストフォト、華雪りらちゃんの退団ご挨拶も記念になりました。

座席は1階やや前方やや下手側の良席でした。

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王寺君初体験の感想は、聖乃あすかもいいけど、柚香光もいい、礼真琴と舞空瞳はもっと観たいというわけで、年末に星組公演をいっしょに観ることになりました。まこっちゃん、またひとり熱烈ファンが増えましたよ。

ショーでは、美羽愛ちゃんと水美舞斗さんのデュエットダンス、音くり寿ちゃんと水美舞斗さんのデュエットダンスなど、贔屓中心にオペラ。ロケットでは可愛い両端の、湖春ひめ花ちゃんと真澄ゆかりちゃんを記憶に刻み込みました。

パレード配置ですが、銀橋は102期までで、103期が花道、104期以降は舞台奥に立ってました。私の贔屓は各組とも103期、104期が多いのです。

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2022年7月 6日 (水)

宝塚歌劇雑感21

タカラヅカ・スカイステージ・20周年記念番組を拝見。全生徒の個性が出ていて面白かった。基本は「I need you.」と両手でポーズしてshoutする感じだが、ツイリーをどう身につけるかからして全然違う。ラフな普段着の娘役もいれば、お見合いかと思うくらいフリフリのオシャレしてくる娘役も散見しておもしろかった。まるで参院選政見放送のようだった。

星組99期と104期、なにかが崩壊している(笑)華雪りらちゃんの、首に巻いたツイリー細工はお見事、超まじめな性格が伺えた。

花組106期の真澄ゆかりちゃんを新たにみつけたので、明日、ロケットでチェックする。

宙組のカワイ子ちゃんをチェック。

104期 楓姫るる(ふうきるる) 知ってた

105期 山吹ひばり(やまぶきひばり) 知ってた

105期 美星帆那(みせいはんな) 知らなかった

106期 渚ゆり(なぎさゆり) 知ってた

106期 風羽咲季(かざはねさき) 知ってた

107期 華乃みゆ(はなのみゆ) 知らなかった

 

雪組は二つの宝物を持ち腐れていると思う。華世京も夢白あやも音彩唯もいいけど、このお二人はラテン系ダンサーなのでもっと抜擢してほしい。歌もうまい。

103期首席 花束ゆめ(はなたばゆめ) ブーケちゃん

107期首席 白綺華(しらきはな)

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2022年7月 4日 (月)

近世ヨーロッパ概観

英仏百年戦争(俺こそ正統なフランス王だ!)後

(イギリス)ばら戦争(百年戦争敗戦の責任者をあぶりだしてやる)←シェークスピアが皮肉る

(オーストリア)ルター宗教改革(ワシらこんなに貧しいのにローマ教皇の搾取許せん)

        時間差で三十年戦争、スウェーデン・グスタフアドルフが飛び入り参戦でさらに被害拡大

(ドイツ)ポーランドからもらった沼地を拠点に異教徒征伐、ローマ教皇も応援してくれてる、ギリシャ正教のロシアまで攻めるよ

(ロシア)モンゴルの災禍が終わったと思ったら南からドイツ騎士団なるものが攻めてきた。急いで近代化せねば、パリを見習え。

(フランス)聖バーソロミュー大虐殺(異教徒ユグノーをまとめて殺してしまえ)

      イタリアのメディチ家がフランスに及ぼした良いも悪いも影響が大きかった。王朝変わっちゃった、王権神授説!!

(イタリア)隣国と戦っている隙に、おっと、フランス、神聖ローマ、オスマンが攻めてきた

(オスマン帝国)モンゴル災禍をやっとこさ凌いだ。カリフとスルタンを兼ねた皇帝が全ヨーロッパを征服してやる。手始めにビザンツ帝国と地中海覇権をいただく。その次はウィーン、ローマ、パリ、ロンドン。

(スペイン)地中海覇権奪われた!レコンキスタの勢いはそのまま新大陸へ

(ポルトガル)うちは商売専門で。イギリスと組んで奴隷貿易でしっかり稼がせてもらいます。スペインはいいお客様。

(オランダ)うちは船を停泊させやすい。地の利を生かして私はアジアでしっかり稼がせてもらいます。手始めに東インド会社から。

(インドネシア)海峡通るなら通行税払って行けよ、でなきゃ海賊する

(大明帝国)うちは鎖国だべー。倭寇は嫌いじゃ。海賊やりたい放題。

(日本)室町殿が頼りない。戦国時代真っ只中、権謀術数の日々、生きた心地しないよ。

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2022年7月 1日 (金)

来春の宝塚歌劇月組公演

芝居が「応天の門;若き日の菅原道真の事」

菅原道真は、845年~903年に生存。在原業平(平城の孫)は、825年~880年に生存。

応天門の変、866年(貞観8)。これ、関係ないのかな?道真は22歳、業平は42歳だが。原作漫画はよくわからない。

桓武天皇の子、父母を皇族に持つ皇子が3人、平城天皇、嵯峨天皇、淳和天皇。810年(大同5)薬子の変で平城系の皇子は落選。嵯峨系の皇子は精神的に病んでいて無理。桓武の構想では健全な淳和系の皇子に流れるのがスジだったが、藤原氏によって待ったがかかる。842年、嵯峨天皇の死後、さっそく承和の変(皇太子問題)が勃発。淳和系から嵯峨系に差し戻されたのが文徳天皇。

皇族以外の太政大臣就任、摂政就任は藤原良房が史上初。

摂政は推古天皇のときの聖徳太子以来、二度目。

元服前のこどもが天皇に即位したのは、清和天皇が史上初。

故・父帝 文徳天皇

皇太后 藤原明子(あきらけいこ)

女御 藤原多美子(たみこ)←藤原良相の娘

ここに二人の外戚が絡む。最大権力者の藤原良房に男子後継者がいなかった。

藤原良房 太政大臣

その養子・藤原基経 参議

さらに、4人が絡む。

源信(まこと) 左大臣 ← 変後急死。伴善男の呪い?

藤原良相(よしみ) 右大臣 ← 変後急死。伴善男の呪い?

伴善男(とものよしお) 大納言 ← 現場たたき上げ官人

藤原順子(のぶこ) 太皇太后

 

幼帝・陽成天皇の後見人として清和上皇が立てなかった。(平城上皇のときに上皇権力が剥奪されたため)そこで藤原基経を摂政に据えた。15歳で殺人を犯した陽成天皇が廃位され、光孝天皇に譲位。光孝源氏だった源定省が皇族復帰した宇多天皇のとき藤原基経が関白(内覧)就任。菅原道真が内覧(太政官の奏上を前もって吟味する地位)という職務を定義づけた。阿衡事件で宇多天皇側近の橘広相を失脚させた。

宇多の寛平の治。藤原時平と菅原道真の登用し二人に内覧の権限を与えた。醍醐のとき、道真失脚。醍醐も時平も急死。朱雀のとき、道真と親しい藤原忠平が摂政→関白就任。朱雀が元服すると復辟の儀を経て摂政を廃して関白を任命。

 

ショーが「Deep Sea; 海神たちのカルナバル」、やっぱりきたよね、ラテンショー。ラテン系ダンサーが月組に溢れている。海乃美月、天紫珠李、結愛かれん、羽音みか、きよら羽龍、菜々野あり、美海そら、蘭世惠翔、ほかにもまだまだラティーナが月組にいる。

暁千星くんが抜けちゃったし、豊富なアマゾネス軍団を月組男性陣が相手できるのか心配だ。留依蒔世くんとかマイティとか、体幹マッチョな男役補強が月組に必要では。

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