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2021年9月19日 (日)

世界史の関心事

イスラム教徒とキリスト教徒の戦争or妥協停戦or和平。

古代ローマ帝国に住んだローマ人は元来、独裁を憎み、選挙による共和政を好んだ。この嗜好はローマ帝国内に侵略してきたゲルマン人にも受け継がれ、今まで当ブログで述べてきたように、周囲の大国(神聖ローマ帝国・フランク王国・ビザンツ帝国・オスマン帝国・カタルーニャアラゴン王国・シシリー王国・ヴァンダル王国・後ウマイヤ朝・アッバース朝・ムワッヒド朝・ムラービト朝・ファーティマ朝・アイユーブ朝・マムルーク朝)に翻弄されながら、他国傭兵を使って良好な海港を争奪し、勝者が海洋貿易による収益によって王国を発展させ、敗者は滅び合併吸収されていった。敵に回すと面倒な足利義昭のようなローマ教皇の顔色を時にうかがいながら、時に脅しながら。

中東の十字軍は詳しく教科書に記載されるが、ほとんど記載されない スペイン・イベリア半島の歴史に興味がある。レコンキスタと一言で片付けられがちな世界史教科書記述だが、詳しく見ていくと血を流す戦争、妥協停戦、和平などいろんな彩に満ちている。イスラム教徒に攻められない唯一のコツはイスラム教に改宗することであった。内陸では血なまぐさいヨーロッパ内戦があった時代、イベリア半島はユートピアであった。この地ではイスラム商人文化が花開き、12世紀にシシリー島で熟成され、14世紀にイタリア半島へと運ばれルネサンスとして大きく開花する。 1215年、教皇インノセント3世主催の第4回ラテラン公会議を境に、イベリア半島に住む、原理主義に洗脳されてしまったキリスト教徒が合理的思考の支配者イスラム教徒に対して一方的な反抗的姿勢に変わる。

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