« 宝塚歌劇雪組「ヴェネチアの紋章」の予習 | トップページ | 宝塚歌劇月組「桜蘭記」「Dream Chaser!」(2回目&3回目)をみて »

2021年6月 2日 (水)

オスマン帝国

西ローマ帝国滅亡後、キリスト教はサイエンスと金融を否定しヨーロッパ文明退化。イスラムが勃興するも、誰が主導権をとるかで内戦。

メソポタミア文明→アッシリア→アッバース朝→イラク

アケメネス朝ペルシャ→パルティア→ササン朝ペルシャ→イラン

サラセン帝国→カリフ→アラブ

エジプト文明→ヘレニズム文明→マムルーク朝→エジプト

トルコ人は匈奴として中華を悩ませ屈強な肉体を持つ奴隷。セルジュークトルコがキリスト教徒のビザンツ帝国(東ローマ帝国)を小アジアから追い払う。モンゴル人により全滅。毎度のことながら、モンゴル人が後継者問題で内紛衰退するうち、やっと生き残ったオスマントルコが復活するも、またまたモンゴル人ティムール来襲。ティムールから受けた傷は深く100年かけてようやく元気になったオスマン帝国はウィーンを欲しバルカン半島や地中海の島々を制圧。ウィーン包囲まで行ったが、ヒュッレムをはじめ後継者暗殺つづきで勢いを失う。1700年にはトルコ文明がヨーロッパでファッションブーム化、トルコは骨董品扱い。ナポレオン世界征服の嵐が去って、ウィーン会議から唯一のイスラム、オスマン帝国いじめがはじまる。ギリシャ独立をはじめ領土がどんどん縮小。下記の戦争を経て、第一次世界大戦後、社会主義革命によりオスマン帝国滅亡。

1821~1829 ギリシャ独立戦争

1831~1840 エジプト・トルコ戦争

1853~1856 クリミヤ戦争 オスマン対ロシア

1877~1878 露土戦争 オスマン対ロシア

|

« 宝塚歌劇雪組「ヴェネチアの紋章」の予習 | トップページ | 宝塚歌劇月組「桜蘭記」「Dream Chaser!」(2回目&3回目)をみて »