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2021年5月 5日 (水)

ランゴバルド王国はローマ教皇のゆりかご

西ローマ帝国に住まうローマ司教は、東ローマ帝国にとかくいじめられた。なにかいちゃもんをつけると東ローマ帝国直轄の植民地総督であったラヴェンナ総督がすぐ説教やら拉致しにやってきた。オドアケルも東ゴート族もとなりの東ローマ帝国(ビザンツ帝国)を怒らせたくないので遠慮がち。

AD100年ころ、新約聖書時代、最大権力のキリスト教司教はどれか?(共通一次試験)

ローマ司教× 

コンスタンティノープル司教×

ミラノ司教×

ニコメディア司教×

テッサロニケ司教×

正解はアンティオキア司教。初代司教が逆さ十字架の刑に死んだペテロ。シリアでしゃべられていたギリシャ語で新約聖書は書かれている。405年にヒエロニムスが新約聖書のラテン語訳。1545年にルターが新約聖書のドイツ語訳。

骨のあるランゴバルド族が対東ゴート傭兵としてビザンツ帝国に招かれ居座った。なにか困ったことがあればランゴバルド王国に頼るようになった。赤ん坊のようなローマ教皇が煉獄行き破門宣告を武器に権力を伸ばしていった。日本人を含め、異教徒にはまったく効力を発揮しなかったが。

北アフリカのイスラム教徒は、シチリア島を幾度となく襲撃したし、オリエントのイスラム教徒はイタリア修道院を幾度となく襲撃した。

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