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2021年1月27日 (水)

ナポレオンと対仏大同盟

もぎせかチャンネルの、ナポレオンに関する過不足のないすばらしい講義をご紹介します。

ナポレオンの台頭(統領時代まで) - YouTube

ジェノヴァ共和国領だったコルシカ島がフランスブルボン朝に金銭で売られていたと聴き大変驚きました。地政学的にジェノヴァ共和国はフランスに負け続けることになりました。そこまで栄光あるジェノヴァ共和国が、ヴェネチア共和国など海上貿易利権競争に負けて落ちぶれていたとは。ナポレオンがイタリア留学していたら世界史は大きく変わったことでしょう。

フランス革命の原因は、王室国庫財政の破綻による国民への重税。中央銀行に政府国債を発行させれば、国民に負担を強いることなく政治が回る。百年戦争敗戦の反省から生まれた常備軍も養っていける。1800年、ナポレオンがフランス中央銀行設置。中央銀行をはじめたのはオランダ。1694年、名誉革命でオランダ総督からイングランド王となったウィリアム3世がイングランド中央銀行を設置。ナポレオンがイングランド銀行をまねたそうです。江戸時代初期(1600年ころ)は、英国海軍はまだまだ弱く、オランダ海軍に頭が上がりませんでした。平戸の東インド会社日本支社も、新教国・オランダはでっかく、新教国・英国は小さい建物でした。オランダは世界各地での英蘭戦争に負けつづけ、ナポレオンにオランダ本国を滅ぼされ、英国の産業革命が決定的となり、1800年ころは、形勢は完全に逆転していましたが。

対仏大同盟の原動力は、イギリス首相ピット。対ナポレオン強硬派が敗れるや否や、ナポレオンがイギリスを舐めてしまい、1806年大陸封鎖令。ロシアはこれに従わず、対英海上貿易を続け、1812年、ナポレオンはロシア遠征を決行する。

この時代の英国首相のえげつなさと活躍ぶりを勉強したくなりました。

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