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2021年1月23日 (土)

本能寺の変メモ

本能寺の変のとき、周囲の状況はどうだったのか?甲賀忍者をかかえ安土城の向かいの観音寺城を拠点とする六角氏は、バサラ・佐々木道誉を始祖とする名家で、織田氏と犬猿の仲。ときの関白・一条内基が旧六角家臣団を500人ばかり雇い入れ、100人の近衛兵しかいない信長を、桔梗紋の旗差しを持って襲撃させたという説に共感している。トランプ過激派を装った左翼バイデン過激派=偽装右翼と手口が同じ。斎藤利三・明智秀満が本能寺に向かう途中、すでに本能寺から火の手があがっていたとか。四万十川の土佐ともつながりの深い一条氏の動機は、信長が律令制を廃止し(藤原一門の失職)ヨーロッパ型の政府をつくろうとしたこと。

大坂城 織田信孝、織田信澄(津田信澄)、丹羽長秀

長宗我部遠征直前。

信澄は信長の弟・信行の嫡男で切腹を逃れ信長に重用され光秀の娘を娶っていた。どさくさで信孝と丹羽長秀が信澄を殺害。

安土城 蒲生賢秀

もともと六角氏家臣。日野城を拠点とした。信長の縁者を日野城に避難させた。

瀬田大橋 山岡景友

もともと六角氏家臣。瀬田城を拠点とした。瀬田大橋を落として光秀の安土城侵攻を阻止した。

高野山 蟄居中の佐久間信盛がすでに死去。

俗にいう太平洋戦争でも、近衛家が日本を滅ぼした。国家存亡のかかわる大事件の真犯人は常に公家なのであろう。

近衛前久

二条晴良

九条兼孝

一条内基

万一、義昭が京都に戻っていれば、本能寺の変後、光秀は秀吉を破っていたであろう。

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