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2020年9月12日 (土)

文久の政変、そして王政復古の政変

長州藩も命を狙っていた中川宮朝彦親王。大久保利通にとって、徳川慶喜に次ぐ最大の敵であった。

孝明天皇が出血性痘瘡で崩御して急激に力を失っており辞表提出。岩倉具視の復権を決議した徹夜の会議のあと、禁門を閉鎖し、柳原光愛(みつなる)と朝彦親王の締め出しに成功。朝彦親王は広島藩に蟄居。明治3年に復権して、京都嵐山の締め切った船の中で、岩倉具視が朝彦親王に土下座して詫びたそうだ。

公家の優柔不断な態度と、沁みついた徳川家への雌伏と、民への蔑視が、どれほど多くの民の命を奪ったことか。

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