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2019年12月18日 (水)

東大受験系Youtuber百花繚乱

今日の外来はのんびり過ごせましたので、東大受験系Youtuberの番組を観ていました。まあ、いろんなYoutuberが登場して面白い時代になりましたね。

究極の勉強法はこれでしょう。

現在、東大入試問題を作成している教官に中高一貫校で教えてもらったら何もすることはない。無茶苦茶ヒマ。国語なんか、正解も採点基準も非公開だから、ああでもない、こうでもないとやっているわけで、得意なら100%正解を目指せばいいし、不得意なら部分点を狙えばいい。高校や予備校の教師にはぜったい真の正解を出せないだろうし、学習塾や予備校は、こう覚えたらいいというテクニックだけを24時間質問形式で教えれば終わり。その点、数学は動かしようのない正解があるので、話は簡単、誰でもどこでも教えることができる。あとは映画でもゲームでもデートでも世界放浪の旅でも、好きなことをやって仕事しないでも社会から文句を言われたり変な目で見られたりすることもない学生生活を満喫したらどうかな。

古文、漢文の学力は年々落ちる一方で、進振りを終えたばかりの5浪現役理3生が言ってるように、現代文の配点をあげないと、みんな0点になって差がつかないんだと思うよ。社会に出て年をとれば、自分の人生を振り返ることも多くなるし、古文と漢文がめっちゃ大事な科目なんだけどさ。医者なら、患者さんの人生まで考えないといけないわけだし。(偽装でない真の)万葉集や和歌や日本漢詩など読むと、日本人に生まれてよかったとつくづく実感するし、そういう慈しみの目で診療に当たらなければならない。西洋のように血を流し妬む神ではなく、日本最高位の天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は、雨乞いの神(龍神)、水の神、機織りの神であって、男と女が合わさって幸せを産む女神だ。生きる苦しみから解脱する目を大衆に教えてくれる阿弥陀如来も観音菩薩も、宗教というより善く生きる哲学であって素晴らしい。

英語は、私の場合リスニングがむずいと思うので、昔ながらの簡単な筆記問題だけのドイツ語で受験する。東大の旧制時代からのポリシーから見ても、英語、ドイツ語、フランス語の語学選択受験がなくなることはないはずだ。問題出題者もわんさか東大は抱えているわけだし。京大も旧制時代のプライドが高いから、この三つの語学選択受験はぜったいにやめない。

日本史、世界史はやり過ぎたら、GHQ自虐史観に洗脳されて、かえってアカ集団のお仲間入りするだけなのが、悲劇と言えば悲劇、陰謀と言えば陰謀かな。

話は医師国家試験問題に飛ぶが、私らのころは、内科の主な病気を覚えていればしまい。外科はお茶を濁す程度。ドクトルまんぼうの昔は、解剖をラテン語で覚えることが医学部の主な勉強だったみたい。今は、救急整形外科精神科の専門的な知識まで問われてきているし、昔はやりの血液・髄液塗抹や腎組織ばかりではなく、昔は聞かれなかった心電図やCT・MRIや造影写真や内視鏡や眼底や鼓膜や皮膚組織も一発診断とはいえ勉強しなくてはならないし、よく知られている遺伝子くらいは問題に出題されてきている。点滴セットをどう組み立てますかとか、英語しか話せない外人にどう答えるかとか、新幹線に乗せてない蘇生グッズはどれかとか、家康の死因はなにかとか、昔は聞かれなかったようなお遊び問題も出ている。「検査や治療としてまずなにをしますか?」なんて問題は、意見が分かれると思うし、読影も放射線科並みに脳構造・肺区分・肝臓区分みたいに基本から読影する問題もあるので、少々不正解でも不合格にならない程度に、写真一発診断のような基本問題は落とさないようにしないといけない。

最後に言っておきたい。やる気のない医局にローテートするのは、教える側も教わる側もお互い迷惑な話だ。

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