« 2018年7月 | トップページ | 2018年9月 »

2018年8月30日 (木)

懐かしの宝塚歌劇花組公演「名探偵はひとりぼっち」「ラ・ラ・フローラ」

1984年(昭和59年)夏 花組公演

「名探偵はひとりぼっち」

「ラ・ラ・フローラ」

これ、紅子・あーちゃんの星組で再演してもらえないかな。

(大学生)

デイビッド 高汐巴

(偽札偽造)

ナタリー 若葉ひろみ

オグラディ 但馬久美

アール 幸和希

(ルチアーノ団)

トム・タッカベリ 大浦みずき

(テキサスクララ団)

アラン 朝香じゅん

カルロ 瀬川佳英

|

2018年8月27日 (月)

いまが旬の食べ物

台風一過、涼しくなり、おいしい食べ物が出てきました。今年も堪能した桑名のハマグリ淡路島のハモ礼文島の紫うに岡山の早生白桃高知の藁焼きカツオたたき静岡のクラウンメロン和歌山・あら川の桃は終わりです。

千葉の幸水梨 大きくてジューシー

壱岐の赤うに 甘くて珍味

|

2018年8月24日 (金)

学園前駅前に見事な虹の橋

Img_1210
Img_1206
Img_1215

思わず、口ずさみました。天地真理「虹をわたって」

虹をララララ 渡り

愛を胸に あなたのもとへ♪

14時半から15時半まで奈良市医師会で、

奈良県医師会指定 学校医制度 学校保健県医師会研修

河内総合病院 高屋 淳二 先生

「子どもの成長;生活習慣病予防は胎児から」

低出生体重児の割合がここ20年で10%弱に倍増。日本は先進国でもっとも低出生体重児の割合が高く、将来、大量のメタボリック症候群発生が見込まれています。厚生労働省も、身障者水増し問題もいいですが、この低出生体重児問題ははるかに大きい。

「中高年は見捨てて、こどもの世代に期待したい。」という保守派評論家がいますが、いったい日本のどこにそんな明るい展望があるのか?

IUGR、SGAによって、インスリン抵抗性が獲得されるというお話。11β-HSD1遺伝子のメチル化、ヒストンのアセチル化が生じるのが原因。

フロアから自閉症やADHDが高率発生するメカニズムは何か?との質問あり。

昨夕は、大阪の友人と西大寺居酒屋で飲み会。一番搾り・キリン生ビール飲み放題旨い。彼の城東区までの無事帰宅を気遣って、20:40散会。近鉄電車は22時以降、全線不通になることは朝からわかってました。

|

2018年8月23日 (木)

宙組チェックポイント

観劇予定の宙組公演 

「白鷺の城」 「異人たちのルネサンス」

注目しているスター

104期 楓姫(ふうき)るる

101期 水音(みずね)志保

100期 愛海(まなみ)ひかる

98期 遥羽(はるは)らら

94期 桜音(さくらね)れい

|

2018年8月22日 (水)

日本から中華民国へ贈り物

宝塚歌劇星組娘役はいま、最高の旬を迎えている。大和なでしこ、なんという美のワンツーなのだろうか。

最近とみに二番手の有沙瞳ちゃんがかわいくなってきている。鈴鹿川を近鉄特急で渡ったが、この上流でくらっちは育ったんだなと,ふと考えたくらい。

満開の星組が、台湾と称する中華民国へ公演にまもなく行く。私の観劇も来年正月まで休眠。チケットは取れたんで、宙組公演は2回行くけど。雪組のファントムは序盤戦落選。当選すればもちろん観る。ハナちゃん(花總まり)以来、久しぶり。

|

2018年8月19日 (日)

第54回中部日本小児科学会に参加して

チェックアウトして、学会会場「ウィンクあいち」を目指しましたが、またまた迷いました。ビッグエコーの通りを歩き、ミニストップのビルを目指せばいい、今後行くかもしれないので覚えときます。

JDM(若年性皮膚筋炎)が話題に上っていました。抗MDA5抗体陽性の場合は、間質性肺炎を高率で合併するので、強力な免疫抑制剤による早期治療が必要です。

1.不明熱をどうみるか 岩田直美先生

感染症、悪性腫瘍、膠原病の3つを考える。通常の感染症のパターンでなければ、まれな感染症を考える。悪性腫瘍は、迷わずPET/CTを早期に施行する。膠原病はサイトカイン亢進タイプ(川崎病や血管炎)と免疫複合体タイプ(SLE)の2つに分けて考える。

繰り返すアフタ性口内炎を伴えば、PFAPA症候群を考える。顕著なリンパ節腫脹を伴えば、猫ひっかき病(バルトネラ菌感染)を考える。LDH高値なら急性リンパ性白血病を考える。早期治療を要する骨髄炎、AFBN(急性巣状細菌性腎炎)、verrucaを伴う感染性心内膜炎も多くみられるので要注意。

2.概日周期と睡眠抑制研究のフロンティア 粂和彦先生

1981年(数学がもっとも難しかった年)に私と理3受験した東海高校の先生。睡眠の働きは単一細胞レベルで説明できるそうです。あとはまわりの細胞が同期して、睡眠周期を形成するようです。実験モデルはショウジョウバエが適しており、こないだも研究の上司が体内時計の研究でノーベル生理医学賞を受賞したとか。詳細は先生のホームページを見てくれとのこと。

3.全エキソーム解析の報告書を読み解く 斎藤伸治先生

どんな疾患も40%程度、遺伝子診断ができるが、遺伝子異常がみつかってもそれが原因であることを遺伝子サイトを駆使して調べようというお話。原因遺伝子を指摘されても、親としては落ち込むが、高額の検査医療費を払って、多型でしたではずっこけますし、さてどうしたものか。

(ⅲ)単位 3個ゲット。通算11個で残り9~16個/3年半。(全部で20~27個必要)

(ⅳ)単位 1個ゲット。通算7個で残り3個/3年半。(上限10個まで)

ランチは、広小路うまいもん通りのまるは食堂でエビフライ定食。

Img_1169

はしごして、ウィンクあいち地下の竜むらでひつまぶし定食。

Img_1171

みやげは、虎屋生ういろう。

学会が終わって、近鉄改札そばの喫茶店で時間つぶし。17:00名古屋発近鉄アーバンライナーで19:17大和西大寺着。

|

2018年8月18日 (土)

名古屋城を訪ねて

8:44大和西大寺発の近鉄特急に乗り、大和八木で名古屋行き近鉄特急に乗り換え。地下鉄桜通線に乗って久屋大通駅で名城線に乗り換え。市役所駅を下車して徒歩すぐ名古屋城にとうちゃこ。

名古屋に名城線なる環状線ができていたことに驚きました。東京、大阪に肩を並べた感じ。

本丸御殿の復元が完成したとのことで、ちょうどナイスタイミングの観光でした。その代わり、こどものころ何回か登った天守閣は工事中で登楼禁止になっていました。

Img_3095
Img_3127

天守閣の本当の位置はここ。昭和34年の突貫工事で、大切な史料をコンクリート詰めにしてしまったとのこと。無茶苦茶やな。

Img_3104

石に刻まれた藩主の家紋。

Img_3116

15分くらい待って、専用下駄箱に靴を入れて、見学開始。文化財に当たって損壊しないために、カバンは身の前に持って来いという注意がなされます。10人ずつくらいのペースで、下駄箱行きを許可されます。写真撮影はフラッシュなしなら可。

Img_3032
Img_3044
Img_3052
Img_3062
Img_3076
Img_3087

|

徳川園を訪ねて

「メーグル号」で名古屋城から徳川園に移動。立ちましたがさほどの混雑はありませんでした。ボランティアガイドがバスの中にいはったのはビックリ。なにより、なごや観光ルートバス「メーグル号」なるものが、名古屋駅から徳川園まで走っていることを知りませんでしたし。

まず「黒門」を見ました。

Img_3179
Img_3130

暑かったので、大曽根(おおぞね)の瀧をめざして、その前でのんびり、ビデオ撮影をたまにしながら。兄ちゃん二人連れのうちの一人がベンチに横たわって寝ていました。木陰で涼しくホッとできました。

Img_3139
Img_3143

龍門の瀧です。

Img_3170

柳の下のベンチで龍仙湖をのんびり眺めました。

Img_3156
Img_3150
Img_3163

|

徳川美術館「名刀紀行」「英雄たちの戦国合戦」をみて

隣の徳川美術館に入りました。国宝の源氏物語絵巻が超有名ですが、今回は展示してませんでした。

Img_3172

「名刀紀行」展

まず、刀と太刀のちがい。刀は刃を上に構えるが、太刀は刃を下に構える。路上から切りつけるには刀が有効で、馬上から切りつけるには太刀が有効。

刀剣制作の五大産地は、山城、相模、備前、大和、美濃。

国宝級の刀剣が目白押しでした。以下列挙。

1.山城の三条派・五条派・粟田口派・来派

短刀 吉光

太刀 国行

太刀 来孫太郎

2.相模の正宗

短刀 正宗

3.備前の古備前・一文字派・長船派・雲派(鵜飼派)・備中派

太刀 正恒

太刀 国宗

太刀 光忠

4.大和の天国・保昌派・当麻派・手掻派

5.美濃の志津

「英雄たちの戦国合戦」展

ひたすら戦国武将真筆の手紙だらけ。

徳川園から、ちょうど目の前にいた16:36発「メーグル号」に最前席に座れて移動。名古屋城で超満員となりました。これも超ラッキーでした。次の17:06発に乗っていれば、美術館にまだ居残っていた客の数を考えると、立ちっぱなしでひどかったことを思うとラッキー。

名鉄グランドホテルで一泊。場所がわからず、ロビーに電話を5回しました。名鉄百貨店メンズ館やルイヴィトンを目印に来れば、11階がロビーになってました。

広小路口うまいもん通りの「まるは食堂」のエビフライが大きくてプリプリで、エビフライ定食のエビフライ2尾に単品で3尾追加。合計5尾食べました。1尾600円少々と安い!生ビール中ジョッキもセット価格300円と定価600円の合計900円で2杯カウンターで飲み満足。すぐ前のホテルに帰還して、バタンキューと寝ました。まるは食堂の店員さんは若くて元気そのもの。今日の祭りによる客の出足を気にしていました。

|

2018年8月17日 (金)

上部消化管内視鏡検査を受診

今朝から絶食して、医療法人つじもとクリニックにて、経口内視鏡検査(upper GI)をしていただきました。

さしたる異常がなくて、元気に働けそうです。感謝。

昨日は、胃カメラ前なので、消化のいい月見うどん三昧。デザートにバナナとプリン。自宅でぐだぐた過ごしました。明日は朝早くから名古屋の小児科学会に出かけます。今年の盆休みは、法事に宝塚歌劇に観光に健診に勉強にと、有意義に過ごせています。

|

2018年8月15日 (水)

宮地嶽神社を参拝して

心配された台風もたいした雨風もなく、近場を観光しました。博多でJR在来線急行に乗って、福間駅下車。西鉄バスで宮地嶽神社前下車。

祭神は、息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)、つまり神功皇后。

そして、勝村大神(かつむらのおおかみ)、勝頼大神(かつよりのおおかみ)

Img_29041

光の道です。

Img_2910

Img_29141
Img_2919
Img_29241
Img_2930

|

香椎宮を参拝して

JR福間駅から香椎駅で乗り換え。単線在来線の香椎神宮駅で下車して、香椎宮に行ってきました。

祭神は、仲哀天皇と神功皇后。

Img_2937
Img_2940
Img_2942
Img_2948
Img_2949
Img_2955
Img_2958
Img_2960
Img_2967
Img_2996

少し歩いて、仲哀天皇が崩御した橿日宮(かしひのみや)を参拝しました。

Img_2980
Img_2983

樹が一本生えていました。

博多駅に帰還して、二郎とんこつラーメンを食べて、16:26博多発新幹線で新神戸駅まで帰還。駐車場で一泊してあった自家用車で帰宅しました。

18:37博多発チケットをうまく嫁と並び座席で、早い便に交換できたことは、とっても幸いでした。盆休みラッシュに思い立った小旅行記を記しました。

|

2018年8月14日 (火)

九州国立博物館特別展「仁和寺観音堂」をみて

7:26新神戸発の新幹線で博多へ。地下鉄空港線で天神へ。西鉄で太宰府駅下車。九州国立博物館に行ってきました。

Img_2824_2

仁和寺が観音堂を公開することは記憶になく、行くしかないという思いで。仏像は写真撮影可で、江戸時代初期のもので、色彩がよく残っており、両脇には狩野派っぽい風神、雷神がいました。

千手観音菩薩、降三世(ごうさんぜ)菩薩、不動明王が三体並ぶのはここ仁和寺観音堂だけ。

Img_2816
Img_2817
Img_2818
Img_2819
Img_2822

神戸市立博物館からやって来た「国宝・銅鐸絵画」を観ました。

桜ヶ丘銅鐸・銅戈が勢ぞろいで観ることができました。京都国立博物館「国宝展」では、全部展示してなかったような気がします。

人間、鹿、トンボ、スッポン、蜘蛛、カマキリ、蛇、水鳥、イモリ、トカゲなどが描いてありました。

|

太宰府天満宮を参拝

祭神は、菅原道真で、ご遺体がそのままあります。でもここには、もう一体、上宮法皇の御遺体も埋葬されています。「憲法」を制定し、607年に隋・煬帝に「日出ずる処の天子」と宣言し、大宰府「倭京」の条坊制や水城を整備し、618年に盛大な観世音寺落成式を開催し、「古代日本ハイウェイ」建設の詔を日本全国に号令した、倭国が誇る大帝です。

菅原道長は、大宰府権(=仮の)帥にまで身分を落とされ、正式の官僚より貧しい配給食を食べて崩御されました。ご遺体を運んでいると、牛が上宮法皇の陵墓の前で歩みを止め、動こうとしないので、その場に道真の御遺体をご一緒に埋葬したというエピソードは大変有名です。

Img_2827Img_2837
Img_2833

裏の境内の「みどりや」で、梅が枝餅を食べました。

「太宰府幕末展」をやっていましたので、行ってきました。尊王攘夷派七卿が、八月十八日の政変に負けて、鞆の浦などに停泊しながら、ここ太宰府天満宮まで都落ちしました。

平野國臣、真木和泉など、福岡藩・勤皇志士が紹介されていました。

でも福岡藩の藩論が統一せず、内部で殺し合いをやっていたので、雄藩にはなれませんでした。図録は受付で郵送してもらえるように予約しました。

参道では、いつもどおり、「きくち」「かさの家」「松屋」で梅が枝餅を食べ歩きしました。

|

観世音寺を参拝して

西鉄太宰府駅で、「まほろば号」に乗って、観世音寺前で下車。観世音寺戒壇院、日本最古の梵鐘、五重塔の心礎石、宝物館の巨大な「馬頭観音」「不空羂索観音」「十一面観音」など古仏を観ました。

受付で、「太宰府文化財名選;観世音寺のみほとけたち」というカラー版図録を買いました。

まずは戒壇院から。

Img_2840
Img_2841
Img_2843

後白河法皇が、ここ観世音寺から京都七条に移築した、「三十三間堂」が描かれています。

Img_2849

五重塔の出べそ型心礎石です。地震で倒壊焼失した法隆寺に、ここ観世音寺から五重塔が移築されました。

Img_2850

倭京に響き渡った日本最古の梵鐘です。菅原道真もこの鐘の音を聞いて暮らしていました。

Img_2861
Img_2852
Img_2855

|

倭京・大宰府から古都を展望して

観世音寺から徒歩で倭京・大宰府に行ってきました。いつ行ってもすばらしい眺めです。これを独り占めできたことは大感激でした。

ここから日本全土・三韓(百済・新羅・任那)に向けて、勅命が発せられました。

Img_2873
Img_2875
Img_2877
Img_2879
Img_2882
Img_2895

大宰府政庁跡で「まほろば号」に乗って、西鉄都府楼前で下車。西鉄、地下鉄と乗り継いで博多に帰還。キャナルシティの定宿で一泊。常連の「鳥善」で水炊きと地酒に舌鼓を打ちました。

|

2018年8月13日 (月)

宝塚歌劇花組「Messiah(メサイア)」を観劇して

らんらん(蘭寿とむ・蘭乃はな)コンビ以来の、花組観劇でした。らんはな退団公演「エリザベート」は見てなかったし。

Img_2789
明日海りお君とは、月組の龍真咲・愛希れいか「ロミオとジュリエット」のとき、お目見えして以来かな。男くさいハードボイルドな「ルパン」は2回見たんだけど、このときには、みりお、いなかったもんね。

Img_1072

倭寇の夜叉王丸が難破して天草に漂着。漁民の心の温かさに心打たれ、隠れキリシタンの流雨(るう)と恋仲になる。南蛮画家のリノ(山田右衛門作)と決闘するが、流雨の仲介で誤解が解け、益田甚兵衛が夜叉王丸を身請けして、「四郎」と名付ける。

四郎は島原藩主・松倉勝家の圧政に怒り、「今の世を幸せに生きなければ、イエズスを信仰しても何の意味があろうか。」と演説をぶつ。原城に立てこもり、九州大名軍隊を打ち破り、いよいよ江戸から幕府のメンツを賭けて徳川軍が迫る。リノを調停役として派遣するが、四郎の首を出して、キリスト信仰を捨てるなら、助命してやると和睦条件を提示される。

四郎はリノと交戦状態になるも真意を見抜き、リノを逃がす。そんな条件を飲めない島原住民は四郎と最後まで戦って、流雨と四郎は重なって死ぬ。ベルばらの革命シーンを思わせるシーンあり。千秋楽では、「シュトワイアン、行こう。」とセリフを変えて叫んでみてね。

Img_1074_2

レビューは、Beautiful Garden。マイティ(水美舞斗)と明日海りおのデュエットダンス、銀橋での水美舞斗と柚香光の背中合わせデュエットダンスがよかったね。

ヤンのスパルタカス復活を思わせるグラディエーター決闘シーン。柚香光の女役、きれいだった。

城妃美伶ちゃんもきれいでした。

Img_2793

水美舞斗と、音くり寿ちゃん、華優希ちゃんのトリプルダンスもうまかったよ。

仙名彩世ちゃんは歌、ダンス、芝居三拍子そろっていて、男役を率いて、風花舞ばりにダンスしていたのもよかったよ。

Img_2795

仙名彩世ちゃんと明日海りおのデュエットダンスもふんだんに見られ、仲の良さがよくわかった。安心してみていられました。さすが花組。

みりお、すばらしい後妻が見つかってよかったね。

|

2018年8月11日 (土)

西大寺にて法事

今日は、西大寺の佐伯俊源先生が西大寺実家にお越しくださり、法事を執り行いました。

主催者として今年も無事に終えることができました。

|

2018年8月 6日 (月)

仙酔島(せんすいじま)を訪ねて

鴎風亭を9時過ぎに出発。福山市営渡船乗り場の駐車場に駐車。往復240円で、平成いろは丸に5分程度乗って、仙酔島(せんすいじま)にとうちゃこ。

Img_2762
Img_2761

まさにここはジオパーク。嫁は大いに喜んでいました。御膳山の展望台に行きました。

Img_2713
Img_2714

田ノ浦海水浴場を横目に、五色岩まで遊歩道を歩きました。なにせ暑くて暑くて。熱中症の一歩手前に来てた感じがします。

Img_2732
Img_2739
Img_2748
Img_2751

国民宿舎の喫茶店でアイスコーヒーを飲んで体を冷やしました。

Img_2717

仙酔島は、古くは、向江島と呼ばれていました。

Img_2755

対潮楼からも見た弁天島を、平成いろは丸から見て。
Img_2765
Img_2774

|

2018年8月 5日 (日)

広島県立歴史博物館「世界を驚かせた日本人の地図づくり」をみて

早朝5時に家を出て、山陽自動車道を走り、福山東出口を下りて、福山駅前の広島県立歴史博物館に行ってきました。途中、吉備SAでサンドイッチと珈琲。8.40博物館駐車場にとうちゃこ。公園の日陰ベンチで時間待ち。

Img_2604

伊能忠敬没後200年記念

初公開!世界を驚かせた日本人の地図づくり

行基図から伊能図まで

9:00ちょうどに一番乗りで入場。人出はガラガラでした。

日本扶桑國之圖

室町時代の写本。原本は「行基図」と呼ばれ、何度も写本が繰り返され、長い間、日本の形として人々に認識されていました。

日本列島の形を真言密教の独鈷の形に描いてありました。

対馬の東に「流毬嶋」、日向の南に「龍之國」が描かれ、ふたつの沖縄が認識されていました。

山城から七道が赤い線で描かれており、飛鳥時代に作られていた舗装高速道路「古代日本ハイウェイ」を表しているとのこと。

山陰道八ヶ國 石見・隠岐まで

山陽道八ヶ國 長門まで

西海道九ヶ國 日向まで

南海道六ヶ國 伊豫まで

東海道十五ヶ國 安房まで

北陸道七ヶ國 佐渡まで

東山道八ヶ國 出羽・陸奥まで

立畿内五ヶ國 山城・大和・河内・和泉・摂津

入唐道 大宰府から壱岐・対馬まで

各国に数字が書いてあり、郡の数を表しています。

日本総図(正保日本図)

江戸幕府は1644年(正保元)に地図編集事業に着手しました。明暦の大火で初回図が消失してしまい、諸国に国絵図を提出させて、再製図を作成しました。今回の展示品はこの再製図。

家康 慶長国絵図

家光 寛永十年日本図、寛永十五年日本図

家綱 正保日本図初回図、正保日本図再製図

綱吉 元禄日本図

吉宗 享保日本図

家斉 伊能忠敬の日本図「伊能図」

寛永十五年日本図

島原の乱をきっかけに、寛永十年日本図を修正し、寛永15年(1638)に幕府が作成した日本全図。

南瞻部洲(なんせんぶしゅう)大日本正統図

寛永日本図を元に作成。

松浦静山識日本輿地図

享保日本図に松浦静山が言葉を添えたもの。

万国総図

正保二年(1645)の日本初の印刷世界地図。イエズス会マテオリッチ「坤輿万国全図」を元に、樋口謙貞(ひぐちけんてい)が作成した。

レザノフ屏風

日本初に揚げられた気球が描かれています。

文化元年東日本伊能小図

伊能忠敬が文化元年(1804)、「大日本沿海輿地全図」を作成。原本は焼失した模様。越後高田藩の鈴木甘井(かんせい)が文化四年(1807)に伊能図を元に写本したものが展示してありました。

伊能忠敬は、諸藩大名の要望があれば、写本を描いて与えたそうです。機密事項として幕府が隠し持っていたわけではありません。

大坂冬の陣図

大坂夏の陣図

伊勢内宮外宮絵図

林子平「海国兵談」「三国通覧図説」

大槻玄沢「環海異聞」

近藤重蔵「辺要分界図考」

蝦夷松前之図

蝦夷国風図絵

松浦武四郎「東西蝦夷山川地理取調図」

「北海道」と名付けた松浦武四郎が、伊能忠敬「大日本沿海輿地全図」を元に、安政六年(1859)に作成。

勝海舟「大日本沿海略図」

日本近海の水深を細かに描いた地図。文久元年(1861)にイギリス海軍が日本近海を測量、翌年、日本海域の水深を測量した地図を作成。慶応三年(1867)勝海舟が翻訳出版。出版目的は、諸藩が購入した西洋艦船の海難事故を防ぐため。伊能図を元に書かれていた。

|

福山城を訪ねて

Img_2617

安芸・備後2藩の藩主だった福島正則が改易されると、以下の2大名に交代。

安芸広島藩 浅野長晟(ながあきら) 紀伊から入封

備後福山藩 水野勝成(かつなり) 大和郡山から入封

*大坂夏の陣で、「浅野長晟が寝返った。」と叫び声が上がり、家康陣営が大混乱しました。真田信繁がその間隙をつきました。

萩、肥後、薩摩など、外様大名を牽制する要所として、徳川幕府によって福山城が選ばれ、譜代の水野勝成が特別に武装することを許された。

元禄13年(1700) 松平忠雅(ただまさ) 出羽から入封

宝永7年(1710) 阿部正邦(まさくに) 下野から入封

天保7年(1836)、7代目阿部正弘が福山藩主に就任。

Img_2612

御維新から廃藩置県に至るまで、貨幣制度が危機に陥らんとしたが、藩札のおかげでさしたる混乱もなく、井上馨大蔵大臣の治世に穏便な移行を可能にしたのである。

|

鞆の浦を訪ねて、おお!鞆幕府!

まず福山市鞆の浦歴史民俗資料館へ行きました。

Img_2635

鞆城からの眺めは最高。

Img_2637
Img_2639

建武3年(1336)、佐々木判官の活躍で、足利尊氏は九州下向の途中、鞆の浦で、北朝・光厳(こうごん)上皇の院宣を受け取り、朝敵の汚名を返上しました。

足利義昭は毛利輝元の庇護を受け、鞆城で「鞆幕府」を開きました。義昭は全国の大名に、織田を早く滅ぼして、オレを京都に戻してくれという手紙をたくさん書きましたが、現存しているのは5通のみで、そのうち1通原本がここに展示されています。

当時の鞆城の城主は、小早川隆景家臣、村上左衛門太夫祐康(むらかみさえもんだゆうすけやす)。小早川水軍と一向宗門徒は、鞆の浦港から物資を石山本願寺に運んでいました。

守護・守護代でもなく、奉公衆でもない、ぽっと出の毛利氏が大大名として仲間入りできたのは、足利義昭が鞆城にて、毛利輝元を副将軍に任じたからである。

足利義昭の御内書 天正4年(1576)5/13~9/29

就入洛儀染筆候 此節相談

芸州 早速帰路候様 馳走

頼入候 為其指越曽我常陸介

猶昭光可申候 状此件

(義昭のかわいい花押) ← 義昭は暇人やのう

北畠中将殿

(現代語訳)

入洛のことについて 毛利氏と相談し、

速やかな帰洛の実現に向けて、馳走を頼むぞ。

そのため曽我常陸介を派遣した。

なお真木嶋昭光が申すであろう。

御内書は以上のとおりである。

*御内書とは、目上の者から目下の者に出す手紙のこと。

*御内書は、「状此件」で締めくくるのが常。

*父・北畠具教が織田に殺害され、北畠具房は助命された。義昭の手紙は、この直後に出されたものと推察された。

次に、いろは丸展示館に行きました。

Img_2648

慶応3年(1867)5/26(旧暦4/23)、海援隊のいろは丸(イギリス艦船)が、六島付近で紀州藩明光丸に衝突され、明光丸がいったんバックするも海援隊士を救わんと前進したとたん二度目の衝突。明光丸はいろは丸を曳航したが、力尽きて宇治島付近で沈没してしまった事件。海援隊士は、鞆の浦に上陸。坂本龍馬が万国公法を盾に談判し、多額の賠償金を紀州藩からせしめた。

Img_2643_2

最後に、福禅寺に行き、対潮楼で、弁天島を眺めました。

Img_2653

福禅寺は、朝鮮通信使の定宿。正徳元年(1711)、李邦彦が「日東第一形勝」の額を書き残しました。対馬から江戸までの行路のなかで、ここ鞆の浦・福禅寺から見た景色が一番美しいと。延亨5年(1748)、洪啓禧がこの座敷を「対潮楼」と命名しました。

Img_2656
Img_2657
Img_2661

慶長の役で虜囚となった李氏朝鮮・姜沆(きょうこう)が京都に送られたとき、相国寺の藤原惺窩(せいか)と出会う。朝鮮かぶれした藤原惺窩が日本儒学の祖となったのだ。

燈籠塔(とうろどう)

北前船を迎えた常夜燈です。

Img_2644

ホテル鴎風亭に宿泊。ラジウム温泉の露天風呂につかり、くつろぎました。

Img_2691
Img_2672
Img_2675

保命酒(ほうめいしゅ)

もち米、こうじ、焼酎の三味に、地黄・肉桂・甘草など13種の薬草を漬け込んだ焼酎。ロックで飲んだが、めっちゃくちゃうまい!

Img_1054

|

2018年8月 3日 (金)

花組のエネルギー

バウホール公演、朝香じゅん主演「ベルベットカラー」いいね。昭和63年2月といえば、私は5年生で病院実習していたころだな。

組長が全体を締め、主役は3番手(実質2番手)研15男役で、あとは研5から研10くらいまでの油に乗り切った下級生だけの演劇。ひとりひとりが音大の先生になれるくらいの実力の持ち主。踊れるオペラ歌手って、タカラジェンヌのほかに見たことがない。

切磋琢磨して育っていく若い花組エネルギーで元気がもらえました。71期男役・大潮ますみさんの少女役はゲラゲラ笑いました。最高。

このころの同窓会公演があれば、ぜひ見てみたい。

当時の路線はこうかな。

大浦みずき → 朝香じゅんvs瀬川佳英 → 安寿ミラvs幸和希 → 友麻夏希vs真矢みき

大浦みずきのあと、ヤンミキではない。歌をとるなら朝香じゅん、ダンスをとるなら瀬川佳英(かえ)。ほかにも優先順位が高い組子がいっぱいいたのだ。朝香じゅん強制退団事件のあと、ヤンがトップ就任前に、中堅がほぼ全員退団したのが実態。下級生しか残っていない。重圧に泣きじゃくるヤンを、なつめさんが優しくなだめていた。

劇団の非情さは今に始まったことではない。

|

2018年8月 2日 (木)

奈良県医師会医療安全講習会に参加

午前診を終え、大和八木の奈良県医師会に行ってきました。

損保ジャパン 橋本勝氏

「苦情クレーム発生の予防について」

日本専門医機構専門医(ⅱ)単位

医療安全 必修1単位ゲット

感染対策 必修1単位未修

医療倫理 必修1単位未修

|

2018年8月 1日 (水)

宝塚歌劇黄金期

*月組娘役王国(剣期・涼風期)

 

66期 こだま愛

 

67期 舞希彩

 

68期 朝凪鈴

 

69期 檀ひとみ

 

70期 紫とも、羽根知里、蘭玲花

 

71期 夏河ゆら

 

72期 美原志帆

 

73期 朝吹南、木南あづさ

 

74期 麻乃佳世、時由布花

 

75期 那津乃(なつの)咲、山吹紗世

 

76期 風花舞、高牟礼(たかむれ)あゆ

 

*花組男役黄金期(大浦期・安寿期)

 

50期 但馬久美

 

54期 新城まゆみ

 

56期 宝純子、貴条ともか

 

57期 央(なか)いおり、真桐彩(まぎりあや)

 

58期 高汐巴、麻里光、真汐ちなみ

 

59期 平みち、姿晴香、陣夏実

 

60期 大浦みずき、磯野千尋、潮(うしお)あかり

 

61期 朝香じゅん、あごう沙知、まどか輝(てる)

 

62期 瀬川佳英、優木京

 

63期 梓のぼる、麻衣くにか、涼美緒(りょうみお)

 

64期 幸(柊)和希、翼悠貴、弦(げん)さやか、星邑礼緒

 

65期 古代みず希、希城なつ紀、彩景じゅん、春野亜衣梨、清まさみ

 

66期 安寿ミラ、大空希望、友樹こころ、櫂早春

 

67期 真矢みき、燁明、三矢直生、舵一星

 

68期 勢のぼる、南海里、鏡ちとせ、雪風嶺、大樹ひろと、真芝瞬

 

69期 友麻夏希、鷹月笙、曙真八(まや)、聖真澄、紫峯さぎり、天地ひかり

 

    黒川深雪(みゆき)、海峡ひろき(安寿期に雪組から来た)

 

70期 宝樹芽里

 

71期 真琴つばさ、愛華みれ、大潮ますみ、橘沙恵(さえ)

 

72期 香寿たつき、紫吹淳、大舞夏織、紅霞

 

    矢吹翔(真矢期に雪組から来たCHIHARU)

 

73期 匠ひびき、姿月あさと、大伴れいか、和宏樹、夏城令、広希さち

 

74期 初風緑、貴月(きづき)あゆむ、汐風幸

 

75期 伊織直加、香織ゆたか、舞央(まいお)つばさ、伊吹和、四季香

 

76期 風人(かざと)夕真、真由華(まゆか)れお、悠矢(ゆうや)奈穂、千波(ちなみ)ゆう、沙加美(さがみ)怜、胡蝶明日香

 

77期 春野寿美礼、朝海ひかる、真丘奈央、麻園みき(麻路さきの妹)、七瀬快

 

78期 瀬奈じゅん、天乃悠華、眉月凰(首席で雪・星組と渡り歩いて真矢期に来た)

 

79期 鮎川夏来、朝比奈慶(安寿期に月組から来た)、水夏希(真矢期の武道館コンサートに月組から来た)

 

80期 霧矢大夢、杏里ミチル、春鹿一輝、真竹すぐる、彩吹真央(愛華期に雪組から来た)

 

81期 悠真倫

 

82期 蘭寿とむ、壮一帆、蘭香レア、真飛聖(春野期に星組から来た)

 

83期 愛音羽麗

 

84期 未涼亜希、桐生園加

 

85期 華形ひかる

 

*花組娘役黄金期(大浦期・安寿期)

 

53期 藍えりな

 

57期 北小路みほ、美野真奈、真桐彩(まぎりあや)

 

60期 月丘千景

 

61期 若葉ひろみ、麻泉沙里

 

63期 詩季なな帆、佐保雅世

 

64期 ひびき美都秋篠美帆、御織ゆみ乃、青柳有紀

 

65期 由梨かおる、沙世(さよ)あかり

 

66期 峰丘奈知梢真奈美、美影しおり

 

67期 水原環、鈴美音(すずみね)

 

68期 桜木星子、町風佳奈(安寿期に星組から来た)

 

69期 神奈美帆美月亜優(安寿ミラ相手役として雪組から来た)

 

70期 詩乃優花、夏目佳奈

 

71期 華陽子香坂千晶、夢乃千琴、馮裕華(ひょうゆうか)

 

72期 萌水せりか、霧原翔子、朝風ゆき、扇千尋、翔つかさ

 

73期 白帆まり、路あかり、雪乃まり絵、諸鳥(もろとり)あい、浜汐花(しおか)

 

74期 白城あやか森奈みはる、妃宮玲子、麻希ゆい、二葉かれん

 

    紫鳳あけの、渚あき(安寿期に雪組から来た)

 

75期 真園ありす、彩ひろみ、みずき愛、美咲すずな、秋吉あかね

 

    美苑(みその)えりか(真矢期に星組から来た)

 

76期 月影瞳、幸美(さちみ)杏奈、音木美香、純名里沙(真矢期に雪組から来てトップ)

 

77期 鈴懸三由岐、朝倉葵、桜木絵美、優花えり、南しずか

 

78期 千紘れいか、真於(まお)夏希

 

79期 絵莉千晶、菊穂りな、大鳥れい

 

80期 芽衣かれん、百花沙里、千ほさち(真矢期に月組から来た)

 

81期 舞風りらふづき美世

|

« 2018年7月 | トップページ | 2018年9月 »