あべのハルカス美術館「鈴木春信」をみて
阪急、御堂筋線と乗り継いで、天王寺のあべのハルカスに行ってきました。
鈴木春信は、1860年ごろ、鳥居清満(1735-85)に師事。河原者を描く役者絵を不本意に描いており、明和年間(1764-1772)に美人画に完全に転向しました。
1756年(宝暦6) 宝暦事件。竹内式部が桃園天皇に尊王討幕思想を吹聴。
1767年(明和4) 明和事件。山県大弐が尊王討幕を画策。事前に発覚した事件。田沼意次が側用人になる。
1768年(明和5) 吉原消失。遊郭は仮宅で営業。鍵屋お仙が評判になった。
1769年(明和6) 浅草寺の楊枝屋お藤、湯島天神の巫女、お波とお初が評判になった。田沼意次が老中に昇格した。
1770年(明和7) 鈴木春信が急死。
見立三夕(みたてさんせき)「定家、寂蓮、西行」
「矢場の女たち」
1765年(明和2)の絵暦シリーズ。大の月と小の月を見つけ出す楽しみがあります。
「見立山吹の里」 太田道灌の逸話。
「見立菊慈童」「鷺娘」「見立八橋」「見立白楽天」
見つめあう男女シリーズ。
「猫を抱く美人と鼠を持つ若衆」
「水仙花:炬燵で向き合う男女」 美女が男の足をなでて挑発している。
「雪中相合傘」
何気ない日常生活を描いたシリーズ。
「秋の風」「清水寺」
祝言や初夜を描いたシリーズ。
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