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2018年2月27日 (火)

リベラルアーツのすすめ

なかなかの名著を今日は紹介したい。

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本物の知性を磨く 社会人のリベラルアーツ [ 麻生川静男 ]
価格:1998円(税込、送料無料) (2018/2/27時点)

リベラルとは奴隷から解放されるということ。なぜ奴隷身分から解放される必要があるのか、奴隷身分から解放されるにはどうしたらいいかをわかりやすく書いている。

この本は2つの読者を念頭に書かれているとはしがきにある。一つは奴隷身分から解放されて、人生を実りあるものに変えたいと望む人たち。

そしてもう一つは世界を相手にするビジネスマン。欧米人、中国人、韓国人といっても、実はなにも知らない。覆面をした面接者をあたかも雇用しているようなものだと筆者は説く。武士道は日本だけのものではない。中国にも欧米にもいることを忘れてはならない。これは日本人が抱いている一番大きな誤解であると筆者は説く。世界の主要文化の底には古典の歴史があり、古典の歴史を学ぶにはラテン語とギリシャ語、そして漢文を学ばなくてはならない。現代人はなんびとも歴史の束縛から逃れられないと説く。英語だけでは身を守る武器としては足らないのである。ドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語など主要言語をまずは学ばなくてはならないと、さらに筆者は説く。

通読したわたしの読後感想はただ一つ。これって言い換えれば旧制高等学校の復活にほかならない。GHQは見事に戦後日本元気の素を破壊していたのだな。大唐帝国軍が白村江の敗戦後、徹底的に倭京を破壊したように。

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2018年2月25日 (日)

マルーンの長いみち「小林一三物語」をみて

灘中同期の開業医で45年来の友人二人と、兵庫県立芸術文化センターに行ってきました。尼崎のピッコロ劇団が演じる「小林一三物語」。脚本はなかなか練られていてよかった。

マルーンとは、フランス語で「栗」の意味。阪急電車車両の伝統的な色です。小林一三嫁役が平みちさんかと思ってましたら、第二部で違っていることに気づきました。姉妹なのかな、ほんとうに顔がよく似てましたよ。

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阪急電車で西宮北口から王子動物園に移動。横尾忠則現代美術館に行ってきました。

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「横尾忠則冥土旅行」

赤を基調とした現代絵画でした。写真撮影も可ですが、とても掲載できる内容ではありません。平凡パンチや文庫の表紙を描いていたんですね。

阪急電車で王子動物園から芦屋川へ移動。芦屋川べりを生まれて初めて歩きました。芦屋浜にはよく行くのですが、車を利用します。43号線の下をくぐりました。

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阪神芦屋の「メゾン・ド・タカ」に行ってきました。

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小雨が降ってきたなか、1時間待合室でくつろぎ、コース・ディナーを食べました。三輪そうめんを使った創作料理がおいしかったです。卵黄がとろーり。

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野菜づくしの創作料理。フランス・コンクールの優勝作品だそうです。キャベツは20層くらいの多種多様の野菜が重ねてあり、キノコのあたまは、咬むとコンソメスープが流れ出てきました。
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メインディッシュ。

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2018年2月22日 (木)

平城宮趾朱雀門を散歩

気温が少し春めいてきたこともあって、午前診を終え、大阪の友人と平城宮趾を散歩してきました。

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道路工事のため、大極殿の周囲は一時立ち入り禁止になっていましたので、3/24からの祭りを控えて様変わりした朱雀門に行ってきました。

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自宅前の居酒屋で、宝塚歌劇娘役の話題で盛り上がりました。

人生好きなことをして、楽しまなくちゃ。

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夢のタカラジェンヌOG公演

一度見てみたいベストメンバーです。(敬称略)

演題 アルゼンチンタンゴ/シャンソン

ソロ 絵莉千晶/純名里沙/千琴ひめか

デュエット・ダンサー3組

安寿ミラ・星奈優里ペア

春野寿美礼・花總まりペア

初風緑・風花舞ペア

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2018年2月21日 (水)

宝塚歌劇娘役

最近、咲妃みゆさんのYoutubeを見て、天然ボケぶりに日々笑わせてもらっています。そのなかで、トップ娘役として毎日なにを心掛けているかの質問で、「美しいものだけを見聞きしている。」とのお答え。

心を常にきれいに澄ませておかないと、観客を夢見心地にさせるような演技ができないという言葉に感動しました。きれいなお衣装ではなく内面から美しくなければならないのですね。こりゃ大変なお仕事ですね。清流にしかすまないイワナのようなものですね。

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2018年2月20日 (火)

歴史学者はうそつき

パターン1

A, B, C, Dの史実があるとして、わざとCの史実を紹介しない。掲載しない。

A, B, Dのストーリー展開を描いて、まちがったイメージ操作をおこなう。

パターン2

掘れば不都合な資料が出そうになったとき、何もないふりをして再び埋める。解決済みとして二度とその周辺を調査しない。

パターン3

アメリカ合衆国公認の資料「ヴェノナ文書」をやみくもに真っ向から資料として認めない。偽書とレッテル貼りすることもある。認めると学会を追放されるので誰も文句が言えない。

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2018年2月18日 (日)

茂木誠先生「世界史とつなげて学べ超日本史」を読んで


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2018年2月17日 (土)

奈良国立博物館「お水取り」をみて

午前診を終え、奈良国立博物館に行ってきました。

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東大寺二月堂の本尊は、大観音(おおがんのん)と小観音(こがんのん)。いずれも秘仏で誰も見ることができません。

源平合戦でも二月堂は焼けなかったのに、江戸時代、なんでもない失火で本尊が焼け出されました。そのときの光背が展示してありました。

「類秘抄(るいひしょう)」 小観音のデッサン

「覚禅鈔(かくぜんしょう)」 小観音と大観音のデッサン

お水取りとは修二会(しゅにえ)という大・小観音に対する懺悔の荒行の一行程です。

良弁(ろうべん)が東大寺を開き、その弟子、実忠和尚(じっちゅうかしょう)が752年に修二会を始めました。現在まで毎年欠かすことなく続けられているところがすごい。

東大寺縁起

二月堂曼荼羅

十一面観音像

二月堂縁起絵巻

二月堂堂内の模造セット

三鈷鐃(さんこにょう)

錫杖(しゃくじょう)

法螺貝(ほらがい)

柄香炉(えごうろ)

お水取りに用いる香水杓(こうずいじゃく)

お水取りに用いる朱漆塗荷台(しゅうるしぬりにないだい)

二月堂神名帳(にがつどうじんみょうちょう)

二月堂の荒行の一つで、日本全国の神様の名前を呼びます。総勢500柱あまり。神仏習合なのか、おもしろい。

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奈良国立博物館「薬師寺の名画」をみて

堯儼(ぎょうごん)が描いた板絵神像 

原本と復元模写が並べて展示してあり、復元模写のほうがわかりやすく、きれいでした。

獅子と狛犬

円山派の長沢芦雪(ながさわろせつ)と明誉古礀(めいよこかん)の襖絵が展示してありました。

松鶴図

竹雀図

松虎図 4羽の雀がかわいい。

雲龍図

富士図

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なら仏像館をみて

午後8時閉館なので、ゆっくりと仏像を見てきました。

これはぜったい見るべき仏像を紹介します。

浄土寺 快慶 阿弥陀如来立像

妙法院 湛慶 千手観音菩薩立像

正寿院 快慶 不動明王坐像

海住山寺 四天王立像 色彩が完全に残っている

秋篠寺 梵天立像

秋篠寺 救脱(ぐだつ)菩薩立像

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黄禍論とシベリア出兵

大正末期~昭和初期、司馬遼太郎が言うところの「鬼胎」が日本国中を闊歩しているころ、東京芸大らをはじめとする絵描きはフランスにかぶれていました。

明治には、山縣有朋がドイツ陸軍にかぶれていましたね。ドイツのヴィルヘルム2世が欧州中でプロパガンダした黄禍論のせいで、三国干渉が寝耳に水状態で起き、山縣有朋のドイツかぶれの目がいっきに覚めましたね。駐独公使・青木周蔵にも八つ当たりしました。これが山縣有朋の歴史認識を誤らせて、大アジア主義に駆り立ててしまいました。アジア人が仲良く共生する満洲帝国という幻を夢見てしまいました。古代より日中は仲が悪いにもかかわらず。満蒙には国境がなく、馬賊が自由自在に国民を殺戮できる土地環境であることを忘れて。

日露戦争にやっと勝利した日本は、ロシアとの早期リベンジ戦を望まず、関係修復にものすごく努力していました。ポーツマス講和条約がすぐに破棄されロシアが日本を攻めていれば、確実に日本は敗北していました。

その流れで、ロシア革命では欧米世論の命ずるままに、日露戦争後10年で体力を回復し世界最強だった大日本帝国陸軍がシベリアに出兵し、革命政府を倒すべく頑張りました。なのに黄禍論のせいで、実は日本がシベリア侵略を企んでいるのではないかと欧州列強から疑われてしまいました。日本としては、この際シベリアを征服してしまえという一部の声を封じ込めて、国際法を遵守しただけなのに。

貧しい士族が多く所属していた陸軍ですので、敵であったソビエト政府が「民主主義的ないい奴」に見えたのでしょう。陸軍のなかに共産分子、すなわち「鬼胎」が忍び込んだことが、大東亜戦争を引き起こし敗戦に導かれた最大の原因になりました。

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2018年2月15日 (木)

京都国立近代美術館「ゴッホ展」をみて

午前診を終え、13;49大和西大寺発、国際会館行き急行にうまく飛び乗って、転寝しながら烏丸御池駅乗り換え、14:50地下鉄東西線東山駅下車。15:00みやこめっせの京都国立近代美術館にとうちゃこ。

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入り口で100円割引はがきを使い入場券購入。トイレを済ませ、3階会場へエレベーターでスムーズイン。一瞬ハルカス北斎展を思わせる行列ができていたが、牛歩もひどいわけではなく、かぶりつきでじっくりと鑑賞。

ニトリが所有している北斎の「神奈川沖浪裏」と「赤富士」からいきなりのスタート。ハルカスのより、ええもん持ってるねニトリ。

私なりの感想を総括するとこうなるかな。

印象派ゴッホは、日本の浮世絵に衝撃を受けた。西洋的な厳密な遠近法おかまいなしで、樹木が絵を真っ二つに割るなど大胆な構図に感動したらしい。ゴッホの絵も椅子やら机をゆがんで描くようになり、なんかこの辺から頭が狂ってきたのかもしれない。「こう見なくてはいけない。」の強迫観念が災いしたのか。

ゴッホが偉いのは、自分の印象派としてのポジションやスタンスを守ったことにある。日本の物まねは決してしなかったし、できなかったんじゃないかな。だんだんと短い線で絵を表現するようになる。

ゴッホ最晩年の「ポプラ林の中の二人」

紳士と婦人がひょろひょろ樹木の間に立っている。紳士の顔は目と鼻と口が線で描いているのに、婦人の顔は背景の白と同じタッチでひと塗りで終了。なんかゴッホの哀れさを感じ取った。やっと描きあげた感が満載だった。

ゴッホ死後の日本人留学生の反応が洋行帰りの「ハイカラ」でおもしろかった。

まず、観光客が書くサイン帳に日本人画家の名前がいっぱい。漢字でかいてある。さぞかしフランス人は珍しがったんやないか。かなりの東京芸大留学生がゴッホの息子に面会しているようで、書簡がいっぱいあった。ゴッホの息子はぜったいこう聞いてきたんじゃないかな?

「浮世絵はどうやって書くのや?」

さて、これに答えることができた日本人留学生はどれだけいたのか。隣の花は赤い、自国の文化を捨てて西洋かぶれしてしまった日本人に反省を求められているようだった。

大正末期から昭和初期、エロ、グロ、ナンセンス、モガ、俗に言う軍国主義、赤狩りの時代の留学生はゴッホの墓参りをして、墓の絵を描いた者もいたくらい、ゴッホ、ゴッホでフィーバーしていた。ゴッホ詣はなかなか日本人らしくて面白かった。日本では有名だがフランスでは無名なシャンソン「パリの屋根の下で」が頭の中を鳴り響いた。宝塚歌劇はフランスかぶれの賜物。斎藤茂吉もゴッホの絵をメモにデッサンして、ここが黒色とが色を文字で書いていたのがおもしろかった。絵具は貴重で高価だったんだろうな。

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16:40美術館を出て、16:50東山駅を出発。京都で乗り換え、17:30京都発、奈良行き伊勢志摩ライナーで18:00大和西大寺駅とうちゃこ。

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なかなかいい鑑賞であった。

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2018年2月12日 (月)

シーパワーとランドパワー

茂木誠先生の名著が出版されるそうである。ぜひ読みたい。

シーパワーは刺青を彫り、ランドパワーは刺青を彫らず眉を顰める。

古代史でいうと、

シーパワー 九州倭国

ランドパワー 近畿扶桑国

ランドパワーが田畑を耕すことで余った土を盛り上げたものが前方後円墳だ。田畑を持たないシーパワーには前方後円墳の慣習が不要であり、造船の必要に駆られて石工木工巨大建築文化が進歩した。

大宝律令の意味は何かというと、ランドパワーがシーパワーを征服したことにある。ランドパワーの生活原理が班田収授法であって、陸地、田畑をもたないシーパワーは社会下層貧民層に組み込まれるしかない。山上憶良はこれを嘆いていた。

シーパワー 平氏

ランドパワー 源氏

平氏が交易していたのが、博多に住むシーパワー、つまり九州倭国の残党。平氏が崇め奉っていたのが厳島神社。これは宗像大社を源流とする海の神である。

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2018年2月 9日 (金)

九州王朝の証拠

九州倭国は、アジアナンバー1の仏教文化を誇りながら、百済美女の宮廷入りなど激しい色恋沙汰で、倭国内裏は乱れました。さらに唐と扶桑国の計略にはまり、白村江の戦いで滅んでしまいました。

九州廃寺と近畿寺社の寸法が異なる。

九州廃寺と近畿寺社の心柱・礎石耐震構造が異なる。

近畿古寺に存在する仏像に、九州元号がたくさん刻み込まれている。

白鳳時代から天平時代にかけて、仏教建築文化の退化がみられる。

倭国が建設した高速道路(古代ハイウェイ)が白村江の戦い後に破壊された。

白鳳時代から天平時代にかけて、航海技術の退化がみられる。

金銀銅が産出する天の香久山は、近畿になく、九州にある。金銀銅を産出しない近畿の天の香久山を何代にもわたって命を賭けて奪い合ってなんの得になるのか説明してほしい。

倭国のなかで噴煙をふく火山は、近畿にはなく、九州にある。

帝が入れ墨をしているのは、安曇氏海人族由来の九州王朝のみだ。帝に似せて作られた倭国由来の仏像には入れ墨が彫られている。

倭国国交のあった南朝の呉音から、隋唐ら北朝の漢音へ音読みが変化している。

日本語母音が急激に減少している。

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2018年2月 8日 (木)

東大寺を巡って

午前診を終え、東大寺を参拝しながら巡ってきました。

お水取りをはじめ、冬の東大寺は緊迫感があっていい。

若草山には雪がありません。雪害のない奈良は住み心地がいい。

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今回の巡拝コースはこんな感じです。

三月堂(法華堂)→四月堂(普賢堂)→二月堂→正倉院→大仏殿→東大寺ミュージアム

金鐘寺(きんしょうじ)と福寿寺(ふくじゅじ)をあわせて、大和国国分寺になり、盧遮那大仏が造顕されてから、東大寺と改名されました。

*太字が本尊

1 三月堂(法華堂)

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不空羂索観音

四天王(持国・増長・広目・多聞)

梵天

帝釈天

金剛力士(亜形・吽形)

奈良時代の仏像がここに集められています。

本尊である不空羂索観音は二重基壇の上壇に安置されていますが、元来、日光菩薩と月光菩薩が下壇に安置されていました。日光菩薩と月光菩薩は現在、東大寺ミュージアムで展示されていました。じっくり奈良時代の仏像を見てきました。

不空羂索観音の手は左右4本ずつあり、頭にすばらしい宝冠がありました。

2 四月堂(普賢堂)

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桃尾寺本尊→二月堂→四月堂と移り住んだ、十一面観音菩薩

四月堂の旧本尊だった普賢菩薩騎象像

阿弥陀如来坐像(平安時代) ←宇治平等院・浄瑠璃寺と同じ定朝様式の阿弥陀仏

3 二月堂

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秘仏・十一面観音

お水取り、すなわち修二会(しゅにえ)は焼き討ちに会った年ですら、752年から毎年欠かさず行われてきております。修二会とは、このあたりの観音に対する信仰修行です。

4 大仏殿

大仏殿の裏側はなかなか見れないよ。カラスが多すぎ。カラスの鳴き声のまねをしながら、中国人アベックが歩いていた。

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中国人観光客は相変わらず多い。話し声がうるさくて、原色カラーのジャンバーを着て、4~5人横一列になって歩く。線香をガバッとひと掴み。火にくべて顔の前で振り回す。日本人は厳かに1本だけ線香を取って、邪魔にならないように灰にさすのだが。

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盧遮那大仏

虚空蔵菩薩

如意輪観音菩薩

5 正倉院

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6 東大寺ミュージアム

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1903年まで三月堂にいて、2013年まで四月堂旧本尊だった千手観音菩薩(平安時代)

三月堂・不空羂索観音の脇侍だった日光菩薩(奈良時代)

三月堂・不空羂索観音の脇侍だった月光菩薩(奈良時代)

金細荘太刀

銀荘太刀

陽宝剣

陰宝剣

誕生釈迦立像

白鳳仏半跏像 ←般若寺の白鳳秘仏に似ている

三月堂にあった吉祥天(奈良時代)

三月堂にあった弁財天(奈良時代)

期間限定ものとして、修二会の絵巻が展示されていました。

7 南大門

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仁王の南大門を背にして、西大寺の自宅に帰還しました。

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2018年2月 7日 (水)

綺咲愛里ちゃん2

本格的ジェンヌという評判がただいま上昇中。

私に言わせれば、若葉ひろみの再来。

宝塚歌劇団の星組は、常にトップを走り続けている。

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2018年2月 3日 (土)

ふたたび西大寺へ

午前診を終え、ふたたび西大寺の特別公開に行ってきました。

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愛染堂の節分会を見物したら、孝謙天皇の御製歌の石碑がありました。

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四王堂、聚宝館、本堂、愛染堂の順で参拝。

四王堂脇に、Kinki KIds堂本剛が植樹したソメイヨシノがありました。

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2018年2月 1日 (木)

西大寺・特別公開をみて

西大寺が聚宝館(しゅうほうかん)と愛染堂の特別公開をやっているので、午前診を終え、行ってきました。4つのお堂拝観セット割引券が1000円。

まずは聚宝館へ。

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国宝 金銅宝塔 (1270年)

平安時代の吉祥天女立像を囲んで、右に阿弥陀如来坐像、左に宝生如来坐像がいました。

西大寺第二大長老であった慈心和尚像と、古い行基菩薩坐像が目を引きました。行基は河内の百済人であったことは知っておきましょう。

次は愛染堂へ。

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秘仏 愛染明王坐像

受付の方がじっくり見てほしいと言われたので、じっくり御開帳の愛染さんを見てきました。仏師・善円が作ったそうで、肌の赤味が残っていました。元寇の調伏(ちょうぶく)を祈願した仏像で超有名です。

興正菩薩・叡尊坐像

中興の祖で、仏師・善春が作りました。

次は本堂へ。

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本尊 釈迦如来立像

右に文殊菩薩騎獅像。文珠五尊像をじっくりみてきました。えっ、何か御用?と振り返っている善財童子がいいね。優填王(うてんおう)が獅子の手綱を引いて、アジャパー左卜全(ひだりぼくぜん)に似た維摩居士(最勝老人)が後を追う。善財童子の後ろにお地蔵さんのような仏陀波利三蔵がじっと静かに立っている。

左に弥勒菩薩坐像。丈六でかなりでかい。肌の金箔がしっかり残っていてまぶしい。

最後に四王堂へ。

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本尊 十一面観音立像

西大寺でいちばんでかい。御利益もありそうだ。長谷寺観音と同じくらいでかい。これだけのものを作れるのは倭国の仏師しかいないだろう。創建藤原時代と書いてあるが、ぼかした表現でなんだかよくわからない。法勝寺の本尊だったが、焼失してしまい、残った顔と頭を使って、叡尊が修復し、1289年、亀山上皇院宣によって四王堂へ移されたそうである。

四天王像。1502年兵火で焼失したものを再興。増長天が踏む邪気だけは奈良時代のもの。

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西郷どん

大河ドラマは初回から欠かさず見ています。

100分で名著でも紹介されていましたが、西郷隆盛は天道を真の文明と考え、寛大性と暴力性の二面性を持っていたと解説されていました。当然でしょうね。尾張藩の「どうぞ、どうぞ、お通り下され。」という超低姿勢と、伊勢の三井銀行の供与金なくして、江戸城まで攻め込めなかったわけで、他人に好かれる革命者でなければ務まりません。

寛大になるか暴力をふるうかは西郷どんの匙加減ひとつだったのかも。恐ろしいお人です。

ルソーにべたぼれの中江兆民が、西南戦争で西郷どんと一緒に革命を起こそうとしていたそうで、驚きました。なにやら道徳中心の新国家とやら。あのー、ルソーは人格破壊しており、超ド級反道徳に走っていたんですが。こんな輩は、西園寺公望が許すわけがない。

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