« 2017年10月 | トップページ | 2017年12月 »

2017年11月26日 (日)

真如堂で紅葉狩り

JR芦屋駅から新快速でJR京都駅へ。地下鉄御池で東西線に乗り換え、蹴上(けあげ)下車。

今回は南禅寺の前を素通りして、真如堂へ直行しました。

984年、天台宗の戒算(かいさん)上人が開山。本尊は円仁が彫った阿弥陀仏立像。

特別公開の観経曼荼羅を見ました。観無量寿経が説く天国の世界をよく描いているそうです。奈良の当麻寺(たいまじ)にも同じ曼荼羅があるそうで、当麻曼荼羅とも呼ばれます。

Img_0759
Img_0796
Img_0803

はるか向こうに東山。
Img_0819

釈迦涅槃の姿に石が置かれています。
Img_0823
Img_0827
Img_0829
Img_0845

本堂です。

Img_0848
Img_0857
Img_0870
三重塔です。
Img_0881
Img_0890
Img_0898

すぐ近くの、岡崎つる家で、「祇園小唄」を鑑賞。今日の舞妓さんは京都出身。

鴨の河原の水やせて むせぶ瀬音に鐘の声♪

枯れた柳に秋風が 泣くよ今宵も夜もすがら♪

祇園恋しや だらりの帯よ♪

Img_0775
Img_0763

化粧・鬘・着付けは男衆の助けで40分。髪結いは週1回で、高枕で寝るそうです。舞妓はすぐに芸妓になるので、お姐さんから着物を貰い受け、代々引き継がれていくそうです。首元が開いているので冬は冷えるとか。暇になるのは2月と8月だそうです。

蹴上駅から京阪で石山駅まで移動。座ってJR快速でJR芦屋駅に帰還しました。

|

2017年11月25日 (土)

東福寺で紅葉狩り

午前診を終え、近鉄特急で京都へ。JR奈良線に乗って一駅で下車。臥雲橋(がうんきょう)の20m手前あたりから混雑していました。

九條道家が東福寺を建立し、円爾弁円(聖一国師)を迎え入れました。

臥雲橋からの眺め。

Img_0590
Img_0592
Img_0594

経蔵付近の紅葉はねらい目。

Img_0607
Img_0614
Img_0616Img_0618_2

谷間から通天橋を望む。ここもねらい目。

Img_0637

愛染堂から通天橋を望む。

Img_0646
Img_0652

愛染堂から臥雲橋を望む。

Img_0653
Img_0657
Img_0676
通天橋から臥雲橋を望む。
Img_0694Img_0697
Img_0704
Img_0715
通天橋出口付近の紅葉。

Img_0724

|

勝林寺で紅葉狩り

中川皮フ科クリニック院長と森田歯科医院院長と待ち合わせて、東福寺塔頭のひとつ、勝林寺でライトアップ紅葉狩り。

Img_0744

毘沙門天三尊像を参拝。四天王の多聞天が単独行動するときに毘沙門天と呼ばれるそうです。知らんかったぜよ。毘沙門天を嫁の吉祥天と子の善膩師童子(ぜんにしどうじ)が囲んでいました。

あとは虎の大襖絵、文殊菩薩、大日如来、聖観音菩薩を見ました。特に延命地蔵菩薩は、半跏像で、ふつう立像なので、この仏像は大変珍しいそうです。

Img_0747

懐中電灯に照らしながら、毘沙門天曼荼羅を見ました。

|

2017年11月23日 (木)

三井寺で紅葉狩り

JR芦屋からJR大津京まで新快速で行き、タクシーで少し行けば三井寺にとうちゃこ。電車内も空いていて1時間ちょっとで行くことができました。

延暦寺で。円珍と円仁の二大派閥が抗争して、円珍派が比叡山を下りて、三井寺に入りました。三井寺はもともと大友村主与多王が父・大友皇子の菩提を弔うために686年に建立しました。

Img_0351

仁王門をくぐってすぐに釈迦堂。

Img_0362
Img_0375
Img_0387

金堂です。本尊は弥勒菩薩。内部をぐるっと回って、いろんな仏像を見ました。

Img_0390
三井の晩鐘です。

Img_0380
Img_0382
Img_0383

三重塔です。内部を特別公開されていたので入りました。釈迦三尊が本尊で、向かって左に獅子に乗った文殊菩薩、向かって右に白象に乗った普賢菩薩。三重塔内部も見せてもらい、心柱と階段をこの目で見ました。

Img_0413

灌頂堂です。二枚の曼荼羅と密教祈祷セットがありました。

Img_0416
長日護摩堂に渡ると、見張りの僧侶が座っていて、その前で秘仏を拝見。円珍像と黄不動像、二枚の曼荼羅を見ました。

三重塔へ行く途中に、唐門と大師堂がありましたが、今回は非公開。国宝の智証大師(円珍)坐像2体と黄不動尊像があるそうです。

Img_0417
Img_0418

200年営業している茶店で、弁慶の力餅を食べました。

Img_0441
Img_0445
Img_0449
Img_0452

観音堂です。本尊は如意輪観音。右足を立膝ついてます。

Img_0462

展望台から比叡山と琵琶湖対岸を見ました。

Img_0470
Img_0497
Img_0590
Img_0592

水観寺で、薬師如来と円珍坐像を見ました。

|

石山寺で紅葉狩り

三井寺から石山寺へタクシー移動。帰りは、京阪石山寺駅から京阪石山まで乗り、JR石山から空いていた新快速でJR芦屋まで帰還しました。

東大寺別当である良弁(ろうべん)が石山寺を開山しました。大津の田上山の木材が、藤原京建設や東大寺建設に用いられたそうです。

Img_0505
Img_0507
Img_0509
Img_0512
Img_0523
Img_0525
本堂で、椅子に座り、本尊の如意輪観音を10分以上見てきました。

Img_0531
Img_0540
Img_0547
Img_0551
Img_0555
Img_0557
Img_0561
Img_0563
Img_0565
Img_0569
Img_0578
Img_0580

紫式部館で、源氏物語絵巻をじっくり見てきました。「源氏小鏡」が本日のおみやげ。

|

2017年11月22日 (水)

「長屋王」を飲んで

平城京ができたころ、長屋王邸宅には三韓の使者がひっきりなしに訪れ、藤原不比等邸は閑散としていた。木簡に書かれた奈良時代の日本酒の製法を厳密に復元した酒「長屋王」が目の前に現れたり。アルコール度数18度なり。

Img_0339

栓を開けると同時に放たれた濃厚な香りがすごい。

Img_0345

薩摩切子になみなみと注いでグイっといく。甘酒成分がまずは先行し、あとから舌に突き刺さるような辛口成分が襲う。

Img_0346

ほんのり黄色に混濁する、まさに原酒だ。

体が弱かった聖武天皇か、それとも毎晩宴会を催す酒豪の長屋王か!

どちらが天皇になってもおかしくなかった。

長屋王が飲んでいた酒と同じ酒を飲む心地よさ。「真の倭王、長屋王」と大空に向かって叫びたい。宗像おごじょを娶り草薙剣に祟られて死んだ天武天皇、藤原京に燦然と輝いていた高市天皇、藤原の陰謀で殺された長屋王を私は愛している。

|

2017年11月19日 (日)

南禅寺で紅葉狩り

梅田から座って、阪急特急で四条烏丸へ。地下鉄で御池に行き、東西線に乗り換え、蹴上で下車。

三門をくぐり、紅葉狩りしながら方丈へ行ってきました。狩野探幽「水呑みの虎」など狩野永徳や狩野元信の襖絵を鑑賞しながら、庭園の写真撮影。

Img_0110
Img_0115
Img_0128
Img_0141
Img_0145
Img_0146
Img_0150
Img_0559

|

永観堂で紅葉狩り

客が空いているラッキーなタイミングで、2,3分でチケットを買って入山。嫁にいまがチャンスと言われ、極楽橋から写真撮影。サギがヒロインになっていました。

茶店でぜんざいを食べて紅葉を眺めながら一服。寿橋や売店付近でテレビ撮影をしていて、それにあやかり私も写真撮影。夢庵は相変わらず混んでいましたが、順番を待ってじりじりと最前列へ。そこで写真撮影。私が出る時も見ましたが、混雑状況が悲惨でした。

多宝塔へ上る人が多いと判断し、釈迦堂に上りました。永観律師など寺宝を見学して、法然が鎮座する御影堂に移動。ベンチでしばらく休憩。

阿弥陀堂へ移動して、みかえり阿弥陀を参拝。空いていたので二度順番待ちをして顔を拝みました。外に出ると、朱印帳を受け取り、多宝塔へのぼりました。京都全景と寺一面の紅葉を堪能。下山して金戒光明寺へ向かいました。

15時出たのですが、すごい人だかりに急変していました。空いててよかったと胸をなでおろしました。

Img_0163
Img_0168
Img_0169Img_0176
Img_0178
Img_0183
Img_0186
Img_0566
Img_0189
Img_0203
Img_0211
Img_0222
Img_0229
Img_0264
Img_0267
Img_0276

|

金戒光明寺で紅葉狩り

15時過ぎに永観堂を出て、徒歩で金戒光明寺に15時半前にとうちゃこ。山門が特別公開されており、のぼってきました。16時に閉門するので先に山門に上り、16時までに御影堂に戻れと指示されました。京都盆地が東西南北全景一望できる最高の見晴らしでした。山門楼閣からの写真撮影は禁止されていました。

山門には釈迦三尊を囲むように十六羅漢像がいました。成績順に向かってすぐ右が第一羅漢、すぐ左が第二羅漢、第一の隣が第三、第二の隣が第四というふうに並んでいます。第十六羅漢は掃除をするだけで悟りを開き、赤塚不二夫のレレレのおじさんのモデルになったそうです。

御影堂中央には法然が祀られていました。向かって左に、安倍文珠院でおなじみ文殊菩薩一家、一番左に地蔵菩薩立像。向かって右に吉備真備が遭難の危機を救ってくれたことに感謝し刻ませた千手観音像、一番右には凛々しい吉備真備像がありました。

阿弥陀堂に移動すると、源信、つまり恵心僧都が作った阿弥陀仏が鎮座。さらに進むと、会津藩松平容保と新選組が謁見した間があり、さらに進むと、三頭の虎が二頭になる仕掛け襖、八方にらみの虎、右から見ると腹がメタボ、左から見ると腹がほっそり痩せる虎を見ました。

その後、紫雲の庭で紅葉狩り。寺務所から外に出ました。

Img_0284
Img_0288
Img_0298
Img_0299
Img_0303
Img_0306
Img_0323
Img_0337

|

2017年11月16日 (木)

京都国立博物館「国宝展」第4期をみて

午前診を終え、13:24大和西大寺発近鉄特急で京都へ。京都駅八条口からタクシーで国宝展会場まで直行。14:15とうちゃこ。

待ち時間なしでスルリとエレベーターで3階へGo。かぶりつきも今までのことを思えば、全く苦にならず。ガラガラと言ってもいいくらい。今日の客は九州人なのか、やたら九州弁が聞こえてきました。

第3期に混雑がひどかった油滴天目もガラガラでいくらでも見放題でしたよ。

Img_0099

あべのハルカス美術館「北斎展」が劇的に混雑し続けており、11/19日曜で北斎展が終わってしまえば、客はすべて京都国立博物館「国宝展」に集中するはず。見るなら今週がおすすめ。

私のお気に入りをリストアップしときます。第4期は総じて、書道名人大集合。いきなり藤原佐理からスタート!

藤原佐理 詩懐集

藤原行成 白氏詩巻

小野道風 三体白氏詩巻 ←王羲之の字体を受け継いでいるとか。楷書・行書・草書のバイブルです。

栄花物語 大きいのと小さいのが展示してありました。

藤原忠通 書状案 ←ホモの藤原頼長と敵対した貴族。

後鳥羽天皇の置手紙 ←隠岐に流される直前に書かれた。両手の朱印が押してあり、指の指紋がリアルでした。

南宋・高宗 徽宗文集序 ←父親である北宋徽宗皇帝を弔った文章。細い漢字が痛々しい。

火焔型土器 ←第1期の奴とまた違うのかな。

縄文のビーナス ←再見!

仮面の女神 ←首に穴がなぜ開いているのか?日曜美術館でやってましたね。

孔雀明王像 ←金細工がすごい

十一面観音像

山水(せんずい)屏風

平家納経 分別功徳品 ←ブルーとゴールドの中にお姫様

無準師範像 ←東福寺の円爾が教えを乞うた師匠。

蘭渓道隆像 ←建長寺開祖。源頼朝のよき相談役。

藤原光能・平重盛・源頼朝像 ←またお会いしやしたね。

金沢貞顕・北条実時像

狩野松栄 瀟湘(しょうしょう)八景図襖 ←有名な狩野永徳「花鳥図襖」の父親の絵

円山応挙 雪松図屏風 ←またお目見えしやした

尾形光琳 燕子花(かきつばた)図屏風 ←花の形も微妙に違う。図録の表紙でっせ。

仁和寺の孔雀明王像 ←グラデーションがきれい

清凉寺の十六羅漢像 ←十六体揃い踏み

白糸威鎧(しろいとおどしのよろい) ←国宝展の鎧シリーズ三体すべて見た

油滴天目

大井戸茶碗

志野茶碗

源頼朝像や蘭渓道隆像など所々リピートしながら、全部かぶりついて16:45会場を後に外に出ました。

Img_0100

三十三間堂にとまっていたタクシーをノックしてあけてもらい、京都駅八条口まで780円也。17:30京都発近鉄特急伊勢志摩ライナーで18:00大和西大寺にとうちゃこ。

西尾八つ橋の為次郎で、白湯スープ鳥がらラーメンを完食。めっちゃうまい。

Img_0102

|

2017年11月12日 (日)

香雪美術館「利休と剣仲」前期をみて

弓弦羽神社に隣接する香雪美術館の前期特別展を見てきました。これは知る人ぞ知るお宝のオンパレードでした。

村田珠光を端に発した茶道でしたが、武野紹鴎(たけのじょうおう)が大成。紹鴎の弟子が天下三宗匠(てんかさんそうしょう)と呼ばれるお三方。

千利休

今井宗久

津田宗及

三宗匠以外に、武野門下の弟子に、薮内剣仲(やぶのうちけんちゅう)がいた。利休の媒酌で薮内剣仲と古田織部の妹が結婚。薮内剣仲は、千利休から「雲脚」の号、古田織部から「燕庵」の号を賜られました。

Img_0094

千利休の嫡男・道安と娘婿・少庵が利休切腹で失脚・蟄居。

そのあとを一時、利休門下の古田織部が継いだ。少庵の嫡男・千宗旦(せんのそうたん)が茶道を再興。宗旦の男子が4人いて、

長男 宗拙。勘当された。

次男 宗守。武者小路千家を名乗る。

三男 宗左。表千家を名乗る。

四男 宗室。裏千家を名乗る。

風炉(5~10月)の香合は、香の木片をそのままに漆器を用います。

炉(11~4月)の香合は、香を練りものにして陶磁器を用います。

古田織部は秀吉朝鮮出兵に参加したが、へしゃげた形の筆洗い器を見つけました。これは茶碗として使えるとひらめいた古田織部。朝鮮の筆洗い器を集めて帰国し、秀吉に献上。喜んだ秀吉が御褒美として、筆洗い器を茶碗だと言って大名に分け与えました。

Img_0098

なにがどうすごいか、入館していきなり。

長谷川等伯 柳橋水車図屏風

楽長次郎 黒楽茶碗「古狐」

楽長次郎 黒楽平茶碗「聚楽丸」 ←底が浅かった

古田織部 一重切花入「弁慶」 ←ものすごくぶっとい竹を大胆にカット

村田珠光 山水図自画賛

千天然の千利休像 ←有名な絵

薮内竹心の薮内剣仲像 ←ぼさぼさ頭と無精ひげ

薮内剣仲の一重切花入

花入は中国ではもともと銅製だったが、日本人が竹製に変えました。

武野紹鴎の洞切花入

千利休愛用の丸壺茶入

針谷彦六愛用の肩衝(かたつき)茶入

千利休愛用の柄杓

武野紹鴎の茶杓

千利休愛用の茶杓 ←節の個所で少し折れ曲がっている

豊臣秀吉愛用の茶杓 ←どんだけ大名がこれを見たことか

古田織部愛用の茶杓

武野紹鴎の茶杓は平たいが、千利休以下、古田織部や太閤の茶杓は少し先が湾曲している。似ている!

楽長次郎 黒楽茶碗「摺墨」 ←いいね

古田織部が朝鮮から持ち帰った、長束割高台茶碗 ←ここからひょうげもんが始まる

薮内家の家宝、燕庵井戸茶碗

秀吉が千成瓢箪を家紋にした動機になった、古瓢花入「豊公千成瓢ノーツ」

薮内剣仲愛用の古天命(こてんみょう)鍋釜

辻与次郎の阿弥陀堂釜

名越浄味の利休尻張釜 ←千利休愛用の茶釜

|

弓弦羽(ゆづるは)神社を参拝

神戸市東灘区御影の弓弦羽(ゆづるは)神社を参拝しました。

Img_0092

祭神は、根本熊野三所権現。

伊弉冉命(いざなみのみこと) 那智大社より招来

事解之男命(ことさかのおのみこと) 熊野本宮大社より招来

速玉之男命(はやたまのおのみこと) 熊野速玉大社より招来

神功皇后が三韓征伐から凱旋で長門国豊浦から摂津国難波津に帰還されたとき、忍熊(おしくま)王が反乱を起こしたことをお聞きになりました。弓矢甲冑を献納し戦勝祈願を六甲山に祈念され、「弓弦羽嶽」と命名されました。この里の澤乃井に御姿を映されたので、この地を「御影」と命名されました。

Img_0089
Img_0088

|

2017年11月11日 (土)

浄瑠璃寺を訪ねて

午前診を終え、車で京都山城の浄瑠璃寺へ行ってきました。

Img_0049

吉祥天女がご開扉で、あべのハルカス美術館「西大寺展」で見て以来、再びお目見えしました。上々から下々まで9通りの往生成仏があり、それぞれを担当する阿弥陀仏が9体あって、これを九体(くたい)阿弥陀仏といいます。九体阿弥陀仏はここ浄瑠璃寺にしか残っていません。

Img_1345

吉祥天女、九体阿弥陀仏、子安地蔵菩薩、四天王、不動明王三尊が安置されている本堂。またの名を九体阿弥陀堂。
Img_0082

九体阿弥陀仏のうち、向かって右から3体目の阿弥陀仏の前胸部に卍が書いてあります。きっと九州倭国の廃寺から移してきたものに違いない。
Img_0054

薬師如来が安置されている三重塔。

Img_0070
Img_0064
Img_0081
Img_1349
Img_1350
鐘楼です。

Img_0086

九体阿弥陀仏は来年から一体ずつ修復に入るので、九体そろうのは5年後です。早く見ないと損でっせ。

|

西山厚先生「光明皇后と阿修羅と正倉院」を聴いて

奈良市医師会特別講演会を聴くためにホテル日航奈良へ行ってきました。

帝塚山大学文学部文化創造学科 西山厚教授

「光明皇后と阿修羅と正倉院」

出土品は保護されていないもの、伝世品は保護されてきたもの。世界には出土品はたくさん出るが、日本は世界に類を見ないほど、伝世品の宝庫だ。この事実を日本人はもっと知るべき。

歴史上の人物をわがことのように考えられなければ、永久に歴史は好きになれない。

昭和18年、空襲戦火を避けるために、正倉院宝物が一部、奈良帝室博物館に移された。戦後、奈良市民のために一回だけ宝物を公開することに昭和天皇が承諾され、昭和21年に開催された。全国から飢餓で苦しむ中、弁当を持って1日7000人の観客が見学し、みんなが口をそろえていった言葉があった。「生きる力を得ることができた。」そんなわけで今まで正倉院展が続き、1日14000人もの観客が来場している。これは世界一の観客動員数である。

正倉院には、北倉、中倉、南倉の三つがあり、正倉院展を見るときはどの倉のものかをまず見てほしい。

北倉は、光明皇后が聖武天皇の遺品を大仏に献納したもの。「觸目崩摧」と光明皇后が自ら書き残している。聖武天皇の遺品を目に触れるとくずれ、くだけてしまう。とても見ていられないからすべて、聖武天皇が全身全霊を込めて作った廬舎那仏に献納すると。献納品の最初が聖武天皇が譲位して僧侶となったときに着ていた袈裟。最後が御床二つ。聖武天皇と光明皇后は仲が良く、御床も二つくっつけていた。なぜなら、献納品目録に「覆一條」と書かれてあり、シーツが一枚だったことでわかる。聖武天皇御陵と光明皇后御陵はハート形に隣接している。

南倉は東大寺が所持していた宝物。

中倉は光明皇后以外が大仏に献納したもので、古文書や服などがある。

光明皇后は元明天皇の死去を悲しみ、さらに長男・基王(もといおう)の死を悲しんで、興福寺西金堂に阿修羅など八部衆を安置した。阿修羅とはインドの神で、天女好き。太陽と月がまぶしくて天女がよく見えないという理由で、左手に太陽、右手に月を持っている。世界の阿修羅は怖い顔をしているが、光明皇后が作らせた阿修羅の顔は、基王(もといおう)が5歳の時、10歳の時、15歳の時、こんな顔だろうなあという想像上の顔である。

|

2017年11月 9日 (木)

あべのハルカス美術館「北斎展」後期をみて

午前診を終え、西大寺自宅で自炊ランチ。近鉄快速急行に座っていくためにいったん奈良駅に逆行して、難波駅へ向かいました。そこから御堂筋線に乗って天王寺へ到着。

15時20分、エスカレーターであべのハルカス美術館にとうちゃこ。(←火野正平)入館待ち行列が1列できているのを見て、唖然。「まだ待っちゅうかよ。」スピーカーで叫ぶ警備員に聞くと、だんだん人が減ってくるとか。そこでベランダで座って待つことにした。次々としゃがみこむ老人たちが、「なにも見れなかった。」と愚痴をこぼすのを耳にして唖然。

当日券を求める客がどんどん増えてくるのを見て、警備員の言葉に疑問を感じ、おまけに夕闇迫って寒くなり、館内へ移動。なんと入館待ち行列が3列になっており、到着時より増えているじゃないの。トイレで用を足し満を持して16時20分行列に並ぶ。入館10分待ちで、自宅プリント購入したチケットを出して入館しました。

Img_1342

もう最初からかぶりつき行列に並ぶしかない。牛歩のごとくじわじわと全部かぶりついて、19時にすべて見終えました。あとは富嶽三十六景コーナーの前に座って、客が空くのを待ちましたが、かぶりつき行列はいっこうに空かず。19時40分になって、ようやく並ばずにかぶりつきができるようになりましたが、前期にも展示された「赤富士」だけは人が群がっている状態。やはり逆行リピート組がやってきてましたね。今度は、今大会メインディッシュ、葛飾応為(かつしかおうい)の「吉原格子先之絵」の前に座り、すごいかぶりつき行列の前で待ちました。19時53分、ようやくかぶりつき行列がなくなり、19時57分までかぶりつきで見ました。

一番良かったのは、北斎の娘、葛飾応為が描いた「吉原格子先之絵」。レンブラントのような光と影が見事な一品。奥に座る女郎の顔もまたすばらしかった。

第一部

柳下傘持美人図

潮干狩図

第二部

初夏の浜辺 

網が細かく描かれている。釣り下がっているのは男の子だ。

前期の、千絵の海・総州銚子

後期の、千絵ノ海・総州利根川

富嶽三十六景 常州牛堀

船からなにを捨てているのやら。ひょっとして人糞?向かい合った絶倫禿げの男二人が抱き合っている。

富嶽三十六景 駿州江尻

紙が風で飛んでいく最高傑作。

富嶽三十六景 尾州不二見原

富嶽三十六景 凱風快晴(赤富士)

富嶽三十六景 神奈川沖浪裏

言わずと知れた有名どころ3枚そろい踏み。

富嶽三十六景 五百たかん寺さざいどう

富士山を眺める客の動きがおもしろい。

富嶽三十六景 従千住花街眺望ノ不二

大名行列レンタル要員がええ加減によそ見をしている姿と、路に座る女二人がいいね。

富嶽三十六景 相州仲原

いろんな行商人がいいね。

富嶽三十六景 東海道金谷ノ不二

大井川を渡る風景。人が細かく描かれている。

第3部

杣人春秋山水図

北斎に山水画を教えた師匠がいるらしい。紅葉がきれいじゃ。

百橋一覧

50個くらいしか橋はないらしいが、構図が天才にしか描けないね。

かうづけ佐野ふなはしの古づ

船を並べて板を置いて渡っていたんだね。

群鶏

鯉図

第4部

雪中中国武人図

春道列樹

木こりの動き、川波にせき止められた紅葉がいい。

三条院

堀川夜討図

静御前が勇ましい。

鍾馗図

前期と後期合わせて、3枚すべてこの目で見た。

葛飾応為の吉原格子先之図

葛飾応為の菊図

親父には描けないね。さすがお嬢さん!

第6部

前期の狐図

後期の狸図

狸のほうが滑稽だった。こりあん先生、遠藤周作、狐狸。この三つが連想できる世代も少なくなったはず。狸が遠藤周作にそっくりじゃ。ひょっとして遠藤周作は北斎の生まれ変わりか。

渡船山水図

死ぬ前になって山水画に目覚めた北斎だった。

雪中虎図

雲竜図

言わずと知れた有名どころ。またお目見えいたしやしたね。

東洋亭のハンバーグ定食に舌鼓を打って、21時40分難波発近鉄特急で大和西大寺に帰宅。

|

2017年11月 8日 (水)

尊敬する人、良寛

いつも頭の中をリフレインする良寛の和歌があります。

こどもらと 手毬つきつつ この里に

遊ぶ春日は 暮れずともよし

小学校5年くらいに灘中入試のため、受験国語参考書で読んで、それ以来、こういう小児科医になりたいと志した歌です。

|

2017年11月 7日 (火)

いま流行っている病気

手足口病やヘルパンギーナといった夏風邪が少なくなってきました。

1 溶連菌感染症

2 流行性感冒

3 RSウィルス感染症

|

2017年11月 4日 (土)

京都国立博物館「国宝展」第3期をみて

インフルエンザワクチンでごった返した午前診を終え、近鉄特急で京都国立博物館へ行ってきました。

Img_0032

16時15分に到着。待ち時間なしで館内に入場できましたが、3階からスタートしたところ、やはりかぶりつき行列だらけ。覚悟を決めて列に並ぶことにしました。

智永の真草千字文

王羲之の字体を伝承した智永の教則本。楷書と草書が並んでいました。真っ先にこれが展示されてました。

金印

金印のかぶりつき行列最後尾は2階になっており、博多中洲大好きな私は、福岡市博物館を5回訪れ、誰もいない館内独り占めでじっくり金印を見ており、ここはスルー。2階を見て1階まで見終えたのが19時過ぎ。

ここから階段を逆行して意を決して3階まで登ったところ、金印かぶりつき行列がまだ30分待ちくらい。まだ待っちゅうかよ。(←土佐弁)

家族に見せるため遠目で見ると、金印周りの人垣がまばらに崩れており、しっかり家族に見せることができました。目的を果たしてエレベーターで1階に戻りました。

油滴天目

同じように、油滴天目茶碗もかぶりつき行列ができていましたが、これは少し並ぶだけで見ることができました。まず底が薄い青色、それが上に上がるにつれ、緑色、白色、ピンク色にとグラデーションがあって、無茶苦茶きれいでした。これを見ずして死ぬのは勿体ない話じゃ。

伊都国・平原古墳の内行花文鏡

ここまで大きい鏡は奈良には出土していません。福岡 is No.1。

金銅藤原道長経筒

日本霊異記・日本書紀・御堂関白記

原本がすらっと並んでいました。

黄不動(不動明王像)

源氏物語絵巻 柏木・竹河

平家納経

寝覚物語絵巻

信貴山縁起絵巻

粉河寺縁起絵巻

第1期より空いていましたのでかぶりつきで縁起絵巻物をじっくり見ました。

肖像もかなりの人気で、かぶりつきも疲れました。特に、藤原光能(みつよし)、平重盛、源頼朝3枚そろい踏みがメイン。

後鳥羽院像

承久の乱で負けて、隠岐に流される直前の顔が情けない表情。

花園天皇像

藤原光能・平重盛・源頼朝像

平重盛と源頼朝がそっくりさん。

竹斎読書図・水色巒光図(すいしょくらんこうず)

雪舟の師匠・周文の山水画2枚そろい踏み

狩野永徳の花鳥図襖

長谷川久蔵の桜図壁貼付

桜がきれい。

円山応挙の雪松図屏風

松の葉が丁寧に描かれ、書いていない部分がそのまま雪に見えました。

胡直夫の夏景山水図

徽宗(きそう)皇帝の秋景・冬景山水図

これは最高。徽宗皇帝自身が孤独に松を眺めている。靖康の変で約束を違えたという罪で金に拉致されたトホホの北宋皇帝。

李安中の鶉(うずら)図

牧谿(もっけい)の観音猿鶴図

これは有名な絵です。

唐招提寺の金亀舎利塔

これは見ておかねばなりません。

平重盛の紺糸威鎧(こんいとおどしのよろい)

豊臣秀吉の短刀・太閤左文字

後白河法皇の籬菊螺鈿蒔絵硯箱(まがきにきくらでんまきえすずりばこ)

帰りはスーパームーンを鑑賞。

Img_0033
Img_0040

京都タワーがきれいじゃった。カメラもCANON一眼レフ、オートフォーカスに新調。

Img_0043

夕飯は近鉄京都駅八条口にある、アッと驚くタメゴロー、いや本家西尾八つ橋母体の為治郎(ためじろう)で、鶏ガラスープと九条ネギの京風ラーメン。これはまためっちゃうまい。私だけが知る名店。

Img_0046

|

2017年11月 3日 (金)

宝塚歌劇星組公演「ベルリン、わが愛」2回目をみて

今日は、2回目の「ベルリン、わが愛」を見ました。座席は1階席で後部3/4くらい、なんと今回も左右ど真ん中でした。

Img_0029

銀橋に立つ綺咲愛里ちゃんが真正面に見られて、とてもきれいでした。ガリっとした感じのほっそりした娘役より、少々がっちりとした体力満々の娘役のほうが好きです。そんな子が久しぶりに現れました。

Img_0026_2

2番手の有沙瞳ちゃんもいいね。

Img_0027

ブーケ・ド・タカラヅカもノリノリで、素晴らしいダンスがまた見ることができました。

|

2017年11月 2日 (木)

第69回正倉院展をみて

15時半ころ、奈良国立博物館の正倉院展に行ってきました。当日券を買って入り、18時終了時間までじっくり見てきました。

第2部を見終わった時点で、図録を買い館内ベンチに座って、16時半のオータムレイトチケット組をやり過ごしました。

Img_0020

一番人気のメインはこれ。

緑瑠璃十二曲長杯(みどりるりのじゅうにきょくちょうはい)

ササン朝ペルシャ産で、ガラス製。楔形文字用の葉っぱと、両耳が長いウサギが彫ってありました。17時半あたりから360度見放題で何度も見てきました。

二番人気はこれ。

碧地金銀絵箱(へきじきんぎんえのはこ)

ヒノキ製で印象派が好んだ青緑色の箱。二羽の水鳥を四羽の花喰い鳥が囲んでいました。箱に中には何やら朱色のシミがついていたのが残念。

三番人気はこれ。

琥珀数珠(こはくのじゅず)

金、銀、琥珀、水晶、真珠、菩提子など産地が世界各国に散らばる国際的な数珠です。

あとは私の好きな出品を列挙します。

鳥花背八角鏡(ちょうかはいのはっかくきょう)

二羽の鳳凰、麒麟、獅子が彫ってあります。

羊木臈纈屏風(ひつじきろうけちのびょうぶ)

ろうけつ染めの有名な一品です。

大理石製の玉尺八(ぎょくのしゃくはち)

マダケ製の樺纏尺八(かばまきのしゃくはち)

聖武天皇が吹いていたようです。玉尺八は唐の呂才が作成したもの。

木画螺鈿双六局(もくがらでんのすごろくきょく)

螺鈿(ヤコウガイ)、水晶をはめ込んでいて、象牙、沈香(じんこう)、錫で縁取りしてあります。

黄楊木几(つげのきのき)

ツゲ製で、表面が緑綾几褥(みどりあやのきじょく)できれいでした。

蘇芳地六角几(すおうじのろっかくき)

舶来ものに似せるように黒や橙色に染めてあります。

玉長坏(ぎょくちょうはい)

新疆ウィグルのホータン産の軟玉でできたさかずき。

金銅八曲長坏(こんどうはっきょくのちょうはい)

金メッキの銅製。ササン朝ペルシャのデザインだそうです。

犀角坏(さいかくのつき)

解毒作用や解熱作用をもつ犀角を用い、薬効効果も狙ったとても小さなさかずき。

金銅水瓶(こんどうのすいびょう)

鳳凰の小さな口から酒が出てきます。

玳瑁杖(たいまいのつえ)

熱加工しやすい玳瑁メッキの木製で、地面に接する部分がなんと象牙でできている超高級品です。

あとは聖武天皇愛用の刀子(とうす)が3本。

Img_0025

|

不退寺を訪ねて

昼前に、奈良交通バスで不退寺の特別公開に行ってきました。

Img_0017

仁明天皇の勅願で、在原業平が建立しました。在原業平は平城天皇の長男・阿保親王の第5皇子で、臣籍降下した人です。

Img_0001

聖観音菩薩立像

阿保親王の菩提を弔うために、在原業平自身が彫りました。

色がだいぶ剥げていて年季が入っている感じですが、両目の視線は優しい感じで、業平の理想女性がモデルではないかと言われています。

五大明王像

軍荼利(ぐんだり)明王

降三世(ごうざんぜ)明王

不動明王

金剛夜叉明王

大威徳明王

ヒンズー教の神々である明王が5体全部揃い踏みしているのは、ここ不退寺だけです。空海が唐から日本にもたらしました。

快慶が彫った地蔵菩薩立像

丸顔でおっとりした顔です。多宝塔に本尊として祀られていました。

在原業平朝臣画像

博覧会でもお目見えしましたね。

こけら経

木片(こけら)に書かれたお経の数々。

|

本日休診、再検査を受けてきました。

本日は、学園前のなかむら小児科を臨時休診にして、学園前の医療法人つじもとクリニックに早朝から受診し、上部消化管内視鏡検査を受けてきました。前回の異常所見が全快していてホッとしました。

|

« 2017年10月 | トップページ | 2017年12月 »