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2017年9月30日 (土)

平等院を訪ねて

午前診を終え、京奈和自動車道を走って、宇治の平等院に行ってきました。

鳳凰堂(阿弥陀堂)に1時間20分待って、丈六阿弥陀仏を拝んできました。

その待ち時間の間に、鳳翔館を訪ね、十一面観音立像と雲中供養菩薩たちを見てきました。いろんな楽器を奏でる姿がいい。

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夕日を浴びる二羽の鳳凰がまた美しい。
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帰りは大久保から第二京阪、近畿自動車道、名神高速道路と乗り継いで渋滞もなく快適な旅でした。

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2017年9月29日 (金)

戦時内閣

今年11月に米中首脳会談があって、北朝鮮に最後通牒が出る模様です。これは大東亜戦争(太平洋戦争)のヤルタ会談。

戦後の北朝鮮を中国が独占する条件で、中国も参戦する公算が強いです。年末には戦争突入でしょう。

今回の選挙は、日本の戦時内閣を安倍晋三にするか、小池百合子にするかを選ぶ選挙です。希望の党(塔?)に野党議員が入りたがるのは、希望の比例代表票が欲しいから。小池内閣は烏合の衆になるので、果たして日本の運命を託していいのか。

戦争は大国の思惑によって常に決まります。戦後日本に決定権はありません。決定権を持ちたいのであれば、世界最強だった大日本帝国を見習いましょう。

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学生が教授より偉くなる、新しい教育モデル

高橋洋一先生の講演をきいて感動。

教育は投資なのだから、税金ではなく国債で賄うのが社会の常識だ。その金を大学に回すからいろんな人間の手に渡ってもらいが少なくなる。

学生に与えればいい。学生は国から金をもらうために必死に勉強する。成績がいい学生ほどたくさん国から教育費を受け取れる。頭がいい学生ほど10年後、20年後に所得税を国に納めてもらえ、たくさん還元してもらえるからだ。

教授は金持ちの優秀な学生を集めるために努力して研究を進めていける。いままで文部科学省にばかり向けていた目を傘下の学生に向けるようになる。眠たくなるようなかったるい講義をする教授はもらいが少なくなる。質が低い教授は自然消滅し転職を考えるようになる。

中学校や高校も大学に準じてやれば、友人や教師から受けるいじめもなくなる。頭がいい生徒は頭がいい先生にもとに集まり月謝をたくさん払う。

数学の先生はいいんだけれど、英語の先生はだめなんだよなぁ。先生個人に月謝を払えば、そんな英語の先生は飯が食えずに辞めていくしかない。

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美人の宝塚歌劇団スター娘役メモ

自分のためのメモ書き。トップ娘役を目指してがんばってください。月組トップは早く世代交代してね。月組は大激戦、あとがつかえすぎ。

96期 月組 茜(あかね)小夏

98期 宙組 遥羽(はるは)らら

101期 月組 結愛(ゆい)かれん

103期 月組 あまの輝耶(かぐや)

103期 月組 白河(しらかわ)りり

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2017年9月28日 (木)

「国難突破解散」について

いきなり増税を問うと言われた感じがして、大いにビックリしてとまどいました。

高橋洋一氏のわかりやすい解説 (削除されましたので新しいバージョンで)

https://www.youtube.com/watch?v=v6yqTKP2QKs

安倍首相は口先だけの増税を唱えただけで、北朝鮮への国防がすべてのようです。ホッと安心しました。国難ですので消費税は凍結するのでしょう。防衛公債をガンガン発行して、日本銀行に買わせてチャラにしてくださる。国民に消費税という形で負担させるようなことはなさらないはず。

マクロ経済がまったくわかっていない自民党員を分裂させないように、多数派の増税派に合わせて喜ばせるリップサービスをしただけのこと。消費税増収分の1兆円など本来論じても枝葉に過ぎず、戦争になったら消費税増税どころではなくなるとの安倍首相のヨミ。プライマリーバランスで見ると、すでに国の借金はない!日銀が保有する国債は政府の財産ですので。

近衛文麿ら企画院が起こした戦時統制経済では、長期戦で息切れしました。今度こそ、自由経済で長く戦えるよう、国難を突破し勝利をつかめるよう、安倍首相に期待しています。

北朝鮮相手の戦争は短期、問題はそのあとに日本の敵として現れる中華人民共和国です。これで戦争が長期化する可能性が高くなります。困った仮想敵国です。安倍首相は親友インドの援護射撃を外交で勝ち取りました。

小池百合子氏の行動は、見ていて楽しいです。「ハーメルンの笛吹女」と呼びたいですね。反日リベラル議員が、党を離れ無所属立候補するさまが、とてもおもしろいです。ファースト人気票をとるか?改憲反対をとるか?究極の選択です。最高のエンタメショーになりました。

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2017年9月24日 (日)

浄土寺を訪ねて

山陽自動車道を走って、朝から兵庫県小野市の浄土寺に行ってきました。開祖は不明で、重源(ちょうげん)が中興しました。重源は源頼朝の財力で東大寺大仏も再建しました。

目的は快慶作の国宝、阿弥陀三尊立像。撮影禁止ですが、小野市立好古館にもその後行きましたので、その拡大写真はこんな感じです。

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受付と嫁以外誰もいないなか、開館9時から30分間じっくり顔を眺めてきました。向かって右の勢至菩薩がにっこり微笑んでくれたように思えました。

横から見た浄土堂。

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正面から見た浄土堂。

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江戸時代創建の鐘楼です。

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2017年9月23日 (土)

高台寺を訪ねて

朝から快晴。近鉄特急に乗って京都東山に行ってきました。

タクシーでねねの高台寺へ。

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開山堂。臨済宗の三江紹益(さんこうしょうえき)が江戸時代に中興しました。
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ねねが眠る霊屋(おたまや)を参拝。

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圓徳院を訪ねて

ねねが晩年、兄の木下家定に身を寄せて過ごしていたところです。

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全国の大名がねねを慕って、持ってきた庭石です。

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聖護院(しょうごいん)を訪ねて

修験道のメッカ、聖護院に行ってきました。天台宗の円珍が開きました。白川上皇を無事に熊野詣を成功させた功績で、「聖体護持」にちなんで聖護院という名前をもらったそうです。江戸狩野(狩野益信)と京狩野(狩野永納)の絵画を原画で堪能してきました。孔雀の絵のなかの孔雀は人々の災難を食べる吉兆の鳥だそうです。でかいほら貝は必見。

不動明王を参拝。明治初期の廃仏毀釈運動の難を逃れて、仏像が聖護院に集められてきたようです。

今回初公開の狩野探幽「釈迦三尊像」を見てきました。

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あとは後水尾天皇が嫁と熱い夜を過ごした部屋が公開されており、以前見たときより奥深く入れるようになっていました。江戸時代のガラス窓、明治時代のガラス窓、ろうそくの火でゆらゆら揺らめく透かし彫りが見どころ。

14時から奈良市医師会のレクリエーションに参加。ロームシアター京都の「幽玄」を見てきました。坂東玉三郎と和楽器若手グループ「鼓童」のコラボが奇異でした。なら燈花会や宝塚歌劇やEXILEや能登の御陣乗太鼓を連想しました。

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2017年9月21日 (木)

般若寺「白鳳秘仏特別公開」をみて

午前診を終え、車で般若寺に行ってきました。

629年、高句麗の慧灌(えかん)が般若寺を創建しました。

735年、聖武天皇が、平城京の鬼門にあたる般若寺基壇に「大般若経600巻」を納め、卒塔婆を建てました。

1180年般若寺が源平合戦で平重衡の焼き討ちに会ったことは超有名です。般若寺にかけた火が風にあおられて東大寺や興福寺にまで延焼したのです。

その後、西大寺中興の祖、叡尊が般若寺伽藍を再建。丈六文殊菩薩を本尊にしました。

また大塔宮(だいとうのみや)と呼ばれた護良親王(もりながしんのう)が、1331年元弘の変で笠置山籠城の後醍醐天皇が敗北した際、般若寺に潜伏。大般若経を納めた唐櫃(からひつ)に入って難を逃れ、熊野へ逃亡しました。

また松永久秀の多聞山城が近いこともあり何度も占拠され、荒廃していきました。ちなみに多聞山城は戦国初の天守閣を創建しており、一方的に久秀への愛情を感じていた織田信長がパクッて安土城天守閣を建てたのです。松永久秀の敗北で、叡尊ゆかりの本尊だった丈六文殊菩薩が焼失したため、経蔵の秘仏本尊だった八字文殊菩薩騎獅像を本堂に移して、現在も拝まれています。康俊・康成の作品で、今、あべのハルカス「奈良西大寺展」に出張中。

まずは叡尊が復興した楼門。国宝です。

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聖武天皇の卒塔婆は損壊焼失したため、鎌倉時代に十三重石宝塔が再建されました。この中から、白鳳秘仏阿弥陀如来が発見されました。1235年、観良上人が勧請し、宋から帰化した石工だった伊行末(いぎょうまつ)と伊行吉(いぎょうきち)親子が彫りました。

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本堂は江戸時代に再建。

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ご本尊の八字文殊菩薩騎獅像が出張中、留守を預かっている木造阿弥陀仏を拝んできました。

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宝蔵堂へ進み、ニコッと微笑んでいる白鳳秘仏阿弥陀如来像をじっくり拝んできました。持統天皇の念持仏と言われています。全身を鍍金され、複連点文や九曜文など細かな細工がしてあります。阿弥陀仏の台座から、小さな地蔵菩薩・大日如来・十一面観世音菩薩の三体が見つかっており、同時に公開されていました。

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あたりは一面、コスモスとヒガンバナであふれていました。

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2017年9月18日 (月)

書寫山・円教寺を訪ねて

台風一過、晴天のなか、山陽自動車道を走って、姫路まで行ってきました。書寫山ロープウェイに乗って、山頂口駅から20分徒歩で。

途中、遠くに姫路城が見えました。

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まずは仁王門から。

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叡尊の友人であった比叡山天台宗僧侶の性空上人(しょうくうしょうにん)が開祖とされています。おそらく中興が正しいのではないでしょうか。

円教寺はかなり古くからあったはずで、修験道さかんな紀元100年くらいには、天狗と呼ばれ恐れられていたインド人僧侶が開いていたはず。説明書きでも奈良時代にはすでに存在していたと書いてありました。

禅を組まないと、常行堂(じょうぎょうどう)の丈六(じょうろく)阿弥陀如来を拝めないそうです。しかし人が禅をしにお堂に入るとき、僧侶が扉が開きました。その瞬間、丈六阿弥陀如来のまばゆいお顔を拝むことができました。常行堂の裏に回って、拡大レンズでとったのがこれ。

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弁慶が幼少期をこの円教寺で過ごしていたそうで、弁慶がお手玉にして遊んでいたと伝わる巨石二つ。

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弁慶が勉強していた机。

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性空上人は、鹿児島の霧島、佐賀の背振山を訪れ、この書寫山に比叡山延暦寺財力をバックに円教寺を建てたと説明に書いてありました。おそらく大分の国東(くにさき)半島の富貴寺など古寺も巡っていたはず。九州王朝・倭国時代の仏像や摩尼(まに)殿の高層木造建築法もこの地にもたらしました。

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摩尼殿です。六臂(ろっぴ)如意輪観音像を拝みました。京都の清水寺と同じ高層木造建築です。これらは、もともと背振山系の三瀬村にあった長谷寺から移築したものでしょう。

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数分歩いて、大講堂・食堂・常行堂へ行ってきました。

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大講堂。987年に性空(しょうくう)上人の弟子・感阿(かんな)上人が彫った釈迦三尊像を拝みました。
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食堂から見た常行堂。丈六阿弥陀如来像を拝みました。

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食堂から見た大講堂。大講堂は986年、花山天皇の勅願によって建造。食堂は後白河法皇の勅願によって建造。
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裏から見た常行堂。創建不明だそうです。
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5分ほど歩いて奥之院の開山堂に行ってきました。性空上人が98歳で死んだあと、弟子の延照が建造したそうです。祀られているのは性空上人。

朱印帳に記帳してもらう際、漢字で書くか、チベット語で書くか聞かれビックリ!ここは日本なので、漢字で書いてもらいました。

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食堂の宝物館に並ぶ仏像の数々。まずは弁財天と十六童子像。

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阿弥陀如来像。

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大日如来坐像。

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薬師三尊像。

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五大明王像。

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金剛薩埵像。

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鶴上観音像。珍しい。鶴に乗る観音なんて見たことがない。

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地蔵菩薩像。

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この円教寺は倭国が誇る立派なお寺です。

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歴代住職の名前がずらり。

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2017年9月16日 (土)

宝塚歌劇・実力派メモ

お元気でしょうか。またコンサートがあれば見に行きたいものです。

月組 舞希彩、朝吹南、羽根知里

花組 香坂千晶、華陽子、峰丘奈知

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2017年9月13日 (水)

古代日本に議会制民主主義あり

701年大宝律令で、日本の国家体制は大きく変わりました。これはクーデタに近い革命でした。従わない者は容赦なく処罰されたことでしょう。その中心人物は、持統天皇であり、藤原不比等でした。

なにがどう変わったのか?

議会制民主主義から中央集権専制君主制へ。

藤原にあらずんば人にあらず。平家にあらずんば人にあらず。これが転じて、源氏は寺を焼いたりしない慈悲深い八幡大菩薩。

国民から私有地を取り上げ、一人の君主に税奉仕させる体制。これって、現代の共産主義ですよね。

古代寺院や仏像をさらってきて不都合な資料を焚書坑儒する。さすがにまずいという反対意見を徹底的に抹殺する。これって現代の全体主義ですよね。

特攻隊承認は、大宝律令以降の古代国家の悪い癖が出たものだと思います。

クールポコ曰く、「やっちまったなぁ。」

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2017年9月 9日 (土)

湯布院を訪ねて

由布院温泉の個室露天風呂でゆったりと過ごしました。

夜明け前の朝霧に感動しました。

由布岳が朝霧とともに刻一刻と姿を変えていきました。

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金鱗湖を訪ねました。ガチョウも健在。残念ながら今回は湯気を見られませんでした。

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6年前の春に友人と湯布院を訪れたときは、金鱗湖の湯気が見られて感動しました。6年前は外人観光客も少なく、とてもいい思い出です。

そのときのガチョウはこんな感じ。

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2017年9月 8日 (金)

高千穂峡を訪ねて

東九州道を走って、高千穂峡へ行ってきました。朝から晴天!

ボートに乗って、滝を間近に見ました。

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高千穂神社参拝

車で高千穂神社へ移動。祭神は高千穂皇神(たかちほすめがみ)。

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夫婦杉です。

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槵触(くしふる)神社参拝

高千穂神社で朱印帳に記帳してもらった縁で、槵触(くしふる)神社を参拝しました。

祭神は天津日子番邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)。

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天岩戸神社参拝

お祓いを受けて、奥の参拝所に行き、天岩戸(あまのいわと)を拝んできました。

祭神は大日霎尊(おおひるめのみこと)。

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仰慕窟(ぎょうぼがくつ)の天安河原(あまのやすかわら)です。八百万神がいたとか。

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2017年9月 7日 (木)

別府地獄めぐり

今日は朝から雨。

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レンタカーでおとなしく別府を回るだけ。あとは棚田の湯につかりました。

まずは海地獄から。

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坊主地獄。

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白池地獄。

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血の池地獄。

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龍巻地獄。かぼすジュースを飲みながら30分待ちました。

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明礬(みょうばん)温泉・湯の里の日帰り温泉につかってきました。会津からはじめて別府に来たという御仁と出会いました。まったく加熱加工なしの天然のミョウバン温泉で、お肌スベスベです。

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2017年9月 6日 (水)

国東半島を訪ねて

去年、友人二人と訪れた大分県ですが、嫁と再び訪れました。大阪伊丹空港からひとっ飛びで大分空港へ。レンタカーで観光してきました。

まずは両子寺(ふたごじ)へ。護摩堂の大聖不動明王を見てきました。

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九州王朝時代の建築物、富貴寺(ふきじ)へ。阿弥陀仏を拝み、壁に描かれた天女像にうっとり。懐中電灯が置いてあるので、しっかり光を照らして堪能しました。

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次は、杖をついて、熊野摩崖仏(まがいぶつ)を見に行きました。熊野神社を参拝。

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宇佐神宮参拝

菜の花咲く桜満開の6年前の春、

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再び宇佐神宮を参拝しました。

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上宮本殿を参拝。

一之御殿。祭神は八幡大神(誉田別尊・応神天皇)。

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二之御殿。祭神は比売大神(ひめおおかみ)。次の三女伸。

多岐津姫命(たぎつひめのみこと)

多岐理姫命(たきりひめのみこと)

市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)

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三之御殿。祭神は息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)つまり神功皇后。

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下宮本殿を参拝。

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宇佐神宮宝物館に寄り、国宝の孔雀文磐(くじゃくもんけい)を見ました。

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大分県立歴史博物館を訪ねて

目玉は、富貴寺の再現です。最高でした。解説も九州王朝説を匂わせるものでした。

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2017年9月 2日 (土)

「奈良西大寺展」後期をみて

午前診を終え、あべのハルカスに行ってきました。奈良西大寺展はこれで3回目。お目当ては愛染明王坐像。

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愛染明王坐像 

360度、前から横から後ろからじっくり見てきました。思っていたより小さい。実際見ると写真よりずっと赤いお肌がしっとりとしてきれいでした。腕は左右3本出ていて、獅子の冠をかぶり、左手の弓が印象的でした。

細かい装具や瓔珞が完全に残っていることで有名な愛染明王です。

あとは風に吹かれて涼んできました。生駒山地が青空にきれいに映えていました。

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