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2017年6月29日 (木)

西大寺を訪ねて

午前診を終え、大阪の友人を連れて、簡単な歴史背景を語りながら西大寺を案内しました。

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十一面観音と四天王をじっくり堪能しました。もともと京都東山、南禅寺や永観堂の近くにあった法勝寺の十一面観音を西大寺まで持ってきて、安置したとは知りませんでした。

あと奈良時代の仏像は、四天王が踏みつけている邪鬼だけだそうです。

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2017年6月26日 (月)

いま流行っている病気

夏風邪の様相が少し変わってきました。

1 手足口病

2 感染性胃腸炎

3 溶連菌感染症

たまにヘルパンギーナ、プール熱、水痘、おたふくかぜ、突発性発疹、伝染性紅斑がみられます。細菌性食中毒も混じっていますので、よく加熱して食べてください。

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2017年6月22日 (木)

ひと休憩して健康診断

いつもは友人の阪大准教授に生活習慣病の管理でお世話になっているのですが、肥満に腺癌要注意とは知っていたので、大腸癌が気になっていました。今日は、近所の医療法人つじもとクリニックで下部消化管内視鏡検査を受けてきました。昨日は、水、茶、食パン、ヨーグルト、バナナしか食べず、今朝からは水とポカリスエットしか飲まず。大量の下剤を飲んで、シャーシャーのスタンバイオッケー。なかなか準備に手間暇がかかる大変さが実感できました。患者さんが少なかったにせよ、なかむら小児科の午前診療をやったのは、ちょっとつらかったです。

ポリープ切除となったらアルコールは1週間禁止のところ、無事何もなし。喜んで近所の「ごきげんえびす」で嫁と生ビール大ジョッキ乾杯。明日からまた元気で働けます。

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2017年6月17日 (土)

奈良オクトーバーフェスト2017へ出撃

午前診を終え、娘と奈良公園に直行。

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今年のドイツビールは本場優れものでどれもうまい。3軒行きましたが、どれもピルスナー最高の味でした。

500ml→1000ml→1000mlでおなか一杯になりました。ローザムンデをはじめ、ドイツ学生歌は耳に心地よい。

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2017年6月12日 (月)

私の宝塚歌劇

Youtubeに懐かしいVTRがあふれています。友人とバブル期~阪神淡路大震災のころ、春休み、夏休み、秋休み、関西帰省中、何度も通いましたね。バベルの塔を思わせるような震災前の神戸の、天に突き抜けるような活気・雑踏と繁栄ぶりはすごかったですね。

タカラジェンヌ娘役、マイベスト3

1.花總まり 

エリザベートもよかったですが、額田王も「袖吹き返す明日香風」で、古代ロマン最高でした。

2.麻乃佳世

とにかくキュート。ジュリエット、とても切なかったですね。

3.若葉ひろみ

高校卒業した漫才ブームの頃からファンでした。

3人でまた共演してもらえないものか。

羽根知里と麻乃佳世、どちらも甲乙つけがたい。めちゃんこカワイイし、さわやかな色気はあるし、歌はうまいし、ダンスも同等に切れまくり。月組でバチバチ火花を散らしていたのではなかろうか

歌もダンスも超一流のお二人、涼風真世と羽根知里でペアを組むべきだった。天井知らずの活躍を予測させた麻乃佳世は、武道館コンサートの派手好き・真矢みきがお似合いだった。古風な純名里沙では荷が重すぎる。歌唱力にかなり劣る天海祐希は、白城あやか女王様か、完璧な風花舞に抱かれフォローされるのがお似合いだったかも。なんて考えている今日この頃です。

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いま流行っている病気

1 ヘルパンギーナ

2 ノロウィルス胃腸炎

3 溶連菌感染症

夏風邪本番の様相を呈してきました。

帰宅後のうがい、食事前の手洗いをしっかりしましょう。

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2017年6月 7日 (水)

継体大王は大和入りしていない

中国や朝鮮では、夫婦合葬は普通に行われていましたが、倭国では渡来系を除き、夫婦合葬は行われませんでした。

ところが、安閑大王と春日山田皇女、宣化大王と橘仲媛は夫婦合葬されており、安閑と宣化がヤマト王権の王統・血統を受け継いでいないことを示します。

ヤマト王権を支える豪族たちは、継体大王を擁立した大伴金村の抜け駆けを非難しており、そう簡単に継体の大和入りを許すはずがない。西川寿勝先生は、継体の「水上封鎖説」を唱えておられます。

継体は寝屋川・高槻・吹田千里・川西を拠点に、一大都市を築いていたわけで、改めて敵の多い大和入りをしなくてもよかったはず。そもそも第4の都、磐余玉穂宮はどこにあるのか?奈良県桜井市池之内とも福岡県福智町とも言われています。神功皇后系が河内王朝と豊国を治めていたわけで、継体も豊国系の領土に遷都したと考えるのがスジだろう。

倭人の百済・武寧王が倭王を見捨てて、継体大王と同盟したのも、あれだけ任那をタダで譲ってもらえれば当たり前だ。

武内宿禰系の筑紫君磐井が大宰府を治めており、継体・武寧王同盟軍と激戦し敗れたものの、その子孫たちが復讐のため、継体の死後、安閑・宣化を殺し、腹心の臣下であった蘇我氏を大和に派遣して、欽明大王を擁立したとしてもおかしくはない。

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2017年6月 6日 (火)

中田敦彦氏「しくじり先生」をみて

今回のピタゴラス講義はとてもすばらしかったですね。中田塾を作って小中学生相手に学費を取るべきかも。テレビの出演料だけではもったいないオバケが出ます。

中田氏曰く、「数式を見たら腹が立つ。」

そうですかね。そこまで数学を嫌わなくても。

私は「世間を見たら腹が立つ。なぜなら、世間は汚くても、数式は常に美しいから。」と言いたいですわ(笑)。

私からの発展問題。√3が無理数であることを証明せよ。

p,qを互いに素な自然数とおく。√3が有理数と仮定すると、√3=q/pとおける。

3×p×p=q×qが成り立つ。さて、ここで3の剰余系を考えると、左辺は剰余系0だから、右辺も0。

q=0ならq×q=0

q=1ならq×q=1

q=2ならq×q=1

よってqの剰余系は0でなければならない。すなわちqは3の倍数だから、kを自然数としたとき、q=3×kと書ける。

p×p=3×k×k  右辺は剰余系0だから、左辺も0

p=0ならp×p=0

p=1ならp×p=1

p=2ならp×p=1

よってpの剰余系は0でなければならない。すなわちpは3の倍数でなければならない。

これはpとqがともに3の倍数となり互いに素であるという条件に反する。故(ゆえ)に√3は有理数ではない。(証明終わり)

ピタゴラスに勝ちました!

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2017年6月 4日 (日)

「東国尾張とヤマト王権」をみて

大阪府立近つ飛鳥博物館に行ってきました。

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東海地方の古墳に特徴的な出土品をこの目で見てきました。

円窓付土器

パレススタイル土器

壺形埴輪

樽形埴輪

尾張型円筒埴輪

畿内の古墳は円筒埴輪か朝顔形埴輪が主力ですが、尾張の埴輪はなかなか独特な埴輪でした。

畿内は、埴輪の工人と須恵器の工人が異なっていたのですが、東海は、埴輪を作っていた工人が須恵器も作っており、須恵器の灰色と同じ灰色の埴輪が特徴的です。

大阪大学大学院 福永伸哉先生

「継体政権とその勢力基盤」

継体の皇后は、手白香皇女(父は仁賢大王)、その子が欽明大王。

継体の妃は、目子媛(父は尾張連草香)、その子が安閑大王と宣化大王。

継体大王が507年に即位。その500年以前は、美濃に前方後円墳が作られていましたが、500年以降は、尾張に前方後円墳が作られました。拠点が一挙に変わりました。

f字形鏡板付轡も5世紀にはいろんな工房でいろんな形のものが作られていましたが、6世紀になると、同じ工房で画一的な轡が大量生産されるようになりました。

5世紀には、豊中台地に前方後円墳が作られていましたが、6世紀になると、猪名川流域の長尾山丘陵・池田に前方後円墳が作られました。

5世紀には長持形石棺が作られていましたが、6世紀の鴨稲荷山古墳(継体の父の墓)を代表として、家形石棺に変わりました。

5世紀には鏡の乳の配置が整形だったものが、6世紀に入ると、不整形になりました。

淀川水系に継体大王は遷都しましたが、堺の陶邑窯跡群から千里窯跡群に拠点を移して、ニュータイプの須恵器(千里系高坏)を大量生産させました。

和歌山県橋本市の隅田八幡宮の人物画像鏡の銘文によれば、503年8月に斯麻(しま)=百済・武寧王が男弟王=継体大王に贈ったと書いてありますが、倭鏡のような反りがなく、その分重さが倍増しており、どう見ても百済のど素人工人が作ったとしか思えないそうです。

全羅南道の前方後円墳の石室は九州式。百済式須恵器に混じって、千里型須恵器が多数出土しています。墓に祭られているのは百済人ではなく、ぜったいに倭人です。

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2017年6月 1日 (木)

狗奴国

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邪馬台国と敵対していたのが狗奴国。東海地方に狗奴国があったというお話です。その東海地方の土器や銅鐸や銅鏃が纏向遺跡に多数出土しているという不思議な事実をどう説明するのか?

狗奴国の特徴を列挙しますと、

前方後方墳

S字甕

パレススタイル土器

円窓付土器

三遠式銅鐸

多孔銅鏃

曲柄鍬

5世紀に入ってもなお畿内には、S字甕の進化形である宇田型甕がたくさん作られている。

狗奴国は邪馬台国があったとされる纏向遺跡を襲撃したと考えるのが妥当だろうが、どういうわけか前方後方墳ではなく前方後円墳がそのまま残っているのはなぜか?

狗奴国文化は、南九州の隼人にまで広がりを見せてきた。

北九州の邪馬台国 → 畿内の邪馬台国 → 北九州の倭国 → 天武系

尾張・南九州の狗奴国 → 奈良・邪馬台国を滅ぼした狗奴国 → 奈良の東鯷国 → 奈良の扶桑国 → 天智系

尾張氏に基盤を持つ継体大王は、狗奴国すなわち東鯷国の大王であったようだ。菩薩天子を擁する倭国との戦いはすさまじいものがあった。

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