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2016年11月24日 (木)

秋月・柳川・大宰府天満宮を訪ねて

宗像の玄海ロイヤルホテルで一泊。神功皇后が闊歩した海をみました。

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筑前の小京都、福岡県朝倉の秋月へ行きました。なかなか秘境の地ですね。

秋月郷土館に行きました。目玉は、黒田長政のトッポジージョ型の兜です。なんでこれを福岡市博物館に展示しないのか。

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垂裕神社です。
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黒門です。
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次は、柳川の御花(立花家邸宅)へ移動。

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柳川ウナギのせいろ蒸しを食べて、資料館をみました。

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柳川の川下りを楽しみました。

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最後に、太宰府天満宮を参拝しました。まずは光明禅寺の紅葉狩りから。

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太宰府天満宮へ。

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梅が枝餅を食べながら帰りました。「やす武」の餅は薄皮であんこたっぷり。「かさの家」の餅は分厚く食べごたえがありました。ともに評判の高い店です。

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2016年11月23日 (水)

雷山千如寺大悲王院・九年庵・大興善寺を訪ねて

倭国の香りが芬々と漂うツアーに行ってきました。

まずは伊都国・雷山(らいざん)にある千如寺(せんにょじ)から。インド人僧侶・清賀上人が、178年に開山しました。

本尊は、でっかい十一面千手千眼観世音菩薩です。インド人が白椿を一木彫りした、すばらしい仏像です。温和なお顔でした。これぞ倭国の仏像です。

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千年楓はすでに落葉していました。
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五百羅漢たちは、倭国の象徴です。
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背振山(せぶりやま)をくねくねと抜ける道は倭国の古道です。倭国に生きた清少納言や紫式部も、杉と紅葉に彩られた背振山を見ながら、この同じ道を歩いて、隠国(こもりく)の三瀬村にあった長谷寺にお参りしていました。

毎年9日間しか公開されない九年庵(くねんあん)へ移動。

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隣の仁比山(にいやま)神社を参拝。祭神は、大山咋命(おおやまくいのみこと)。

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伊東玄朴の旧宅を訪ねました。シーボルト「鳴滝塾」の塾外生です。

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「医療正始」の翻訳で名を馳せ、江戸に蘭学塾「象光堂」を開き、さらに、「お玉ヶ池種痘所」を設立し、東京大学医学部の基礎を築きました。
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最後に、大興善寺を訪ねました。階段が急で、契山観音に会いに行くまでの山道も急でとてもしんどかったです。

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2016年11月20日 (日)

円覚寺・建長寺・鶴岡八幡宮を訪ねて

源頼朝 侍所・政所(公文所)・問注所を設置した。

2代執権 北条義時のとき、源実朝が公暁に暗殺されて、朝廷から摂関将軍を迎えた。

後鳥羽上皇が西面の武士を使って、承久の乱を起こしたが敗北した。

朝廷のもつ荘園が鎌倉幕府のものになり、承久の乱ではじめて執権政治が軌道に乗った。

3代執権 北条泰時のとき、評定衆を執権の下に置いた。六波羅探題を京都に設置した。御成敗式目を定めた。

4代執権 北条経時のとき、北条執権に反感を持つ摂関将軍を廃位した。

5代執権 北条時頼のとき、引付衆を問注所の外に設置し、御家人の所領の争いを専門にさばいた。三浦泰村を筆頭とする将軍派を宝治合戦で破り、執権派で鎌倉幕府を固めた。皇族から将軍に付け、皇族将軍を置いた。

8代執権 北条時宗のとき、文永弘安の役で、元寇に勝つ。異国警固番役を設置し、防塁を築いた。

まずは北鎌倉の円覚寺へ。無学祖元が開山。

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北条時宗が佛日庵で祭られていました。
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教科書的に有名な舎利殿です。

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建長寺へ徒歩で移動しました。開基は北条時頼で、蘭渓道隆が開山。

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徒歩で少し行けば、そこは鶴岡八幡宮。祭神は、神功皇后、比売神、応神天皇です。

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鎌倉国宝館をじっくり見学し、長い参道を歩いて、JR鎌倉駅から横須賀線に乗って品川駅で、18:37品川発の東海道新幹線に乗り換えました。

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見どころはこんな感じかな。

明庵栄西坐像(寿福寺) なかなか現物は見られない貴重品。

北条時頼坐像(建長寺) 病気平癒を千手観音にお願いしていたそうです。

上杉重房坐像(明月院) 上杉氏の先祖です。

地蔵菩薩立像(寿福寺) 涼しい顔の表情がいい。

韋駄天立像(浄智寺) 独特だね。

薬師如来坐像(寿福寺)

薬師如来立像(辻薬師堂)

あと、東大寺特別展では、重源が源頼朝に東大寺再建の催促をした書状数点。

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東京国立博物館「櫟野寺・平安の秘仏展」を見ました

早朝4時に起きて、6:56新神戸発ののぞみに乗って、上野公園まで行ってきました。お目当ては、滋賀甲賀にある櫟野寺(らくやじ)の秘仏を見ること。

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竹内睦泰先生(むちゃくちゃむっちゃん)がおっしゃるには、櫟(いちい)の木は神を降臨させやすい性質があるとかで、最澄をはじめ、重宝がられていたそうです。

甲賀(こうか)様式とは、なで肩、長身、下膨れの顔、目尻を吊り上げた細く厳しい目、太い鼻、厚い唇が特徴です。奈良にも京都にもない、独特な顔立ちですね。滋賀は古代から帰化人が住んでいましたし。百済の行基も然り、はたまた坂上苅田麻呂や坂上田村麻呂も然り。

メインは2つ。

十一面観音菩薩坐像

地蔵菩薩坐像

甲賀様式にも前期(11世紀前半)と後期(11世紀後半)の2タイプあって、後期になると仏師の創意工夫が冴えて、条帛(じょうはく)と呼ばれる衣の端がひざ元まで垂れているのが特徴です。

向かって右側の仏像たちが、地蔵菩薩坐像と共通しており、向かって左側の仏像たちが、真ん中にデンと座っている十一面観音菩薩坐像と共通しているそうです。

プロ仏師の歴史

大きな仏像をつくるプロもいれば、櫟野寺のような小さな仏像をつくるセミプロもいました。

鞍作止利 → 万福 → 延寛・延祚・延養 

→ 康尚(こうじょう)・定朝(じょうちょう)・長勢(ちょうぜい)

→ 寛信 → 康慶・運慶・快慶

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2016年11月17日 (木)

永観堂にて紅葉狩り

午前診を終え、大阪の友人と仕事の打ち合わせを済ませ、14:05大和西大寺発の近鉄特急で京都の紅葉狩りに二人で行ってきました。京都八条口からタクシーで南禅寺へ。心配していた渋滞もなく、スイスイと15:10到着。南禅寺の紅葉狩りはそこそこに、いそいそと永観堂まで歩き、15:30到着。ライトアップが17:30からで、17:00までじっくり紅葉を堪能しました。

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永観堂の中は結構空いていて、太鼓橋から見る放生池の紅葉も何度も見放題でした。

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本堂からは南無阿弥陀仏の読経がはじまっており、後ろの席で少し参加させてもらいましたし、見返り阿弥陀仏もじっくり見てきました。頭だけでなく、上体も左に傾いていることを再発見しました。

開山堂に上り、京都の街並みをみました。

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多宝塔に上り、また違った街並みをみました。

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みかえり茶屋で疲れた足を休めながら、600円の焼きもち入りのぜんざいを食べました。

締めはやっぱり天授庵から見た放生池でしょう。

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帰りは徒歩で地下鉄東西線の蹴上駅から、四条烏丸駅にて下車。ぶらぶら歩いて、四条河原町の京風居酒屋「市場小路」で、本日解禁のボジョレヌーヴォーを1本開けて、盛り上がりました。

今年は昨年と大違いで、紅葉も上出来です。今年の秋はのんびり診療と決め込んで、鎌倉、佐賀(倭の隠国)と紅葉狩りを予定しております。

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2016年11月15日 (火)

アベノミクスは総仕上げの段階

憲法改正は、誤字一字修正するだけでいい。まずは正しい近現代史で正しい帝国憲法の知識をある程度の国民が理解できてから、あらためて議論をし大幅な改正をすればいい。

防衛費をGDP2%以上に大幅に増額することがまずは先決だ。TPP廃止と引き換えに尖閣の防衛を増強すべし。待ったなしである。

トランプとのタッグペアに、プーチンを加え、日米露三国同盟を締結する。ロシアへ経済援助を増強し、北方領土返還をめざす。北方4島のロシア住民にも経済的に援助を惜しまないこと。

原子力平和利用を承諾し日印同盟を締結。インドの協力を得て、人道的プロパガンダを世界に広め、チベット・ウィグル独立のために圧力を加える。

ロシア・モンゴルの仲介のもと、北朝鮮と平和条約をめざし、拉致問題を一挙解決する。

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いま流行っている病気

1 ノロウィルス胃腸炎

2 溶連菌感染症

3 おたふくかぜ

4 アデノウィルス感染症

インフルエンザはまだ出ていないようです。

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2016年11月11日 (金)

TPP

TPPを言い出したのはアメリカ。そのアメリカ様がTPPを要らないとおっしゃっているなら、日本は引っ込めればいいじゃないの。なにを騒いでいるのかわからない。尖閣でもっといい防衛グッズ配備してくれるように頼むのを条件としていけばいい。

どっちみち、日本が得をすることには何ら変わりはない。

あ、日米同盟って、日本がdogで、アメリカがdog handlerのことやで。対等じゃない。対等になるガラじゃない。

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2016年11月 9日 (水)

祝・トランプ米大統領;フーバー大統領の再来・アメリカ保守主義者復権

日本を目の敵にして原爆や焼夷弾を落としてきた米国リベラル層が敗北して、幕末以来日本のことをよく理解してくれている親日的な米国保守層が勝利を収めた。

フランクリン・ルーズベルト大統領以来の悪夢の日々は去り、フーバー大統領が復活を遂げた。世界にとって福音となるだろう。

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2016年11月 6日 (日)

「スカーレット・ピンパーネル」をみました

昼から梅田芸術劇場に行ってきました。

パーシー・ブレイクニー(スカピンパ団長) 石丸幹二

イートン校以来の同じ釜の飯を食ったエリート親友たち

マルグリッド・サンジェスト 安蘭けい

ショーヴラン 石井一孝

アルマン・サンジェスト 矢崎広

パーシーの親友であったフランス人貴族サンシールがギロチン台に送られた。ジャコバン派のショーヴランと一夜の恋(肉体関係まで?)をもてどすぐに冷め、イギリス貴族パーシー・ブレイクニーのもとに嫁いだマルグリッド・サンジェスト。

パーシーは気心知れた旧制高校時代の仲間たちと、クリケット遊びをやめてスカピンパ団を結成。フランスとの往来で忙しくなったため、マルグリッドと肉体関係を持つことなく、心ゆれる新婚二人。

ジャコバン派の主張 「パンを食えずに多くの市民が餓死している。革命の敵は許せない。」

貴族の主張「罪もない人々をギロチン台に送っている。フランスは狂っている。」

なんか貴族が目の敵にされてギロチン台に送られてるようにいつも描かれるけど、史実では、まずギロチン台に送られたのは、ノートルダム大寺院をはじめとする司教や修道士や修道女だってば。王党派の貴族とジャコバン派は当初よろしくやってたわけよ。

スカピンパ団は何気にすごいのよ。フランス語やラテン語は自由自在に操れるし、歴史、心理、変装もお手の物。教養をしっかり身に着けたエリートたちだった。フランスに行ってひと暴れするぞと浮かれて踊る場面。ぼくのお花(肛門の菊の花)はお尻にもあるとふざける歌詞には笑えたわ。

結論的にはジャコバン派が主張する革命は誤り。どんなに民衆が飢えてもやってはダメ。フランスは文化伝統を破壊してしまったために、EUや第二次世界大戦での行動がいまだにおかしくなってしまった。

共産主義者たちが弱者の餓死やら所得格差を都合よくプロパガンダするけど、革命が成ったあとはお役御免。党員だけが人間であって、非党員は人間じゃない。革命のためならどんなにウソをついても非党員を殺しても構わない。ええ加減、早く気づけよ、日本人。

ギロチン台に送られんとするアルマン・サンジェストを助けにフランスへ行ったマルグリッドがジャコバン派の手にかかった。スカピンパ団を皆殺ししようと企むロベスピエールとショーヴラン。ベルギー人のスパイに変装したパーシーがその企みを探り当て、アルマンとマルグリッドを助けるために一芝居うつ。パーシーはショーヴランをスカピンパ団長の汚名を着せギロチン台へと送り、マルグリッドの誤解を解き、愛を取り戻す。よかったよかった。

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2016年11月 3日 (木)

山の辺の道を歩いて、石上神宮・桧原神社・狭井神社・大神神社・大和神社を参拝

数年ぶりに、山の辺の道を天理から大神神社まで踏破しました。

まず石上(いそのかみ)神宮。物部氏の総本山です。祭神は3柱。

布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)

布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)

布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)

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芭蕉句碑、鳥羽天皇のとき大いに栄えた永久寺を通り、かなたには二上山が見えました。

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夜都岐神社を参拝しました。春日大社の神様が祭られているそうです。

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大和は国のまほろば。たたなづく青垣、山籠る大和し麗し。

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念仏寺を通り抜けて、大和(おおやまと)神社御旅所に到着。

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淳和天皇の勅願で空海が開いた大寺院群・長岳寺あたりで昼食休憩を取りました。

崇神天皇陵。かなたに、耳成山と畝傍山が並んで見えました。

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景行天皇陵。とにかくバカでかい。

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道端に昼顔が咲いていました。

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日本武尊もここらあたりの風景を見ていたのです。

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桧原(ひばら)神社です。祭神は天照大神。

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狭井川(さいがわ)を越えて、狭井(さい)神社に到着。祭神は大神荒魂。

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そしていよいよ終点の大神(おおみわ)神社に到着。4時間ほどの行程でした。

祭神は、大物主(おおものぬし)大神。

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最後はタクシーで大和(おおやまと)神社へ移動しました。日本最古の神社で、祭神は3柱。

日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)

八千戈大神(やちほこのおおかみ)

御年大神(おとしのおおかみ)

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JR長柄(ながえ)駅から天理で近鉄に乗り換え、大和西大寺の実家へ帰還。

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