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2015年7月28日 (火)

ぼくの思い出の一冊

小学校5年生の時から、灘中学校受験を意識し始めました。そのころ、家にころがっていた単行本が一生の手引書になるとは思いもよりませんでした。

園池靖 著 「灘高校生の受験日記」

これが小学生だった私の愛読書です。公立中学から灘高を受験して新高1として高校生活をスタートした著者。学校近くで下宿して、どんな授業を受け、なにを悩み、なにを勉強したのか、こまごまと書かれてありました。無事に現役で東大文2に合格されていたと記憶しています。卒業試験が1番からビリまで表になっていて、大学合否が横に書かれてあるのを見て、自分のいまの成績を常に確認し、励ましていました。

印象に残っているのが、英語の先生の恐ろしさ。解釈がうまくできなければ鉄拳が頭に飛んできたという下りは、ほんとうに灘中に入ったとき、恐怖でした。

入ってみると、仏の大前恭司先生でした。とても好きな先生でしたので、中学校高校6年間の中間考査、期末考査では英語の点数は90~95点を常にとりました。

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2015年7月26日 (日)

中華民国に感謝します

尖閣は日本固有の領土であると、中華民国元総統の李登輝さんが断言してくださいました。

どうもありがとうございます。東アジアの平和のために、日本と中華民国が末永く親善を深めることができますように。

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2015年7月20日 (月)

憲法守って国滅ぶ

憲法典の条文が、国際法で保障されている集団的自衛権を否定していると、内閣法制局が判断。世論は、デフレ脱却し景気回復させたアベノミクスまで含めた全面的批判を、安倍内閣に浴びせる始末。

憲法典自体に矛盾や病的問題が山積しているのに、時代に応じた政策が違憲とされてしまう現状。

いま生きている国民だけを国民とみなし、条文解釈をこねくりまわす個人主義的多数派と、先祖代々死せる国民をも国民とみなし、歴史と伝統に基づく憲法精神を受け継ごうとする保守主義的少数派。

いよいよ戦後放置されてきた戦いが再開されたようだ。

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2015年7月19日 (日)

大阪松竹座「七月大歌舞伎」をみて

昨夕は、午前診を終え、難波の大阪松竹座に行ってきました。

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絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ) 鶴屋南北 作

大学之助/太平次 片岡仁左衛門(一人二役)

瀬左衛門/瀬左衛門の弟・弥十郎 中村歌六(一人二役)

弥十郎の妻・皐月 中村時蔵

弥十郎の弟・与兵衛 中村錦之助

主人公は、大悪人、大学之助で、家宝の香炉を強奪したり、人妻を手籠めにしたり、やりたい放題。ついには、鷹狩で男の子を手打ちにしたことを瀬左衛門がとがめる。大学之助は、いったん改心したふりをするが、怒って瀬左衛門を手打ちにする。弥十郎は大学之助への復讐を誓う。

大学之助の寵臣・太平治も悪辣非道の輩で、与兵衛が肩身放さず持っている香炉を奪うべく、次々と人殺し。与兵衛は、弥十郎に香炉を託す。

栄転成った大学之助は、邪魔な太平治を手打ちにして、堂々と凱旋。弥十郎と皐月が敵討ちを果たす。

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2015年7月15日 (水)

「日本の官僚は軍事に弱い。空理空論がまかり通っている。」

小川和久教授の過不足ない正論を5回連続リピートしました。

https://www.youtube.com/watch?v=KPuRV0EB0FM

「中国はアメリカとの交戦をためらわざるを得ない。ためらわせるから抑止力なのだ。」

日本列島にアメリカ軍の本社が置かれている以上、アメリカだけが攻撃されて日本が攻撃を受けない場合も、集団的自衛権で自衛隊がアメリカに行くのかという論議。これ自体ナンセンスであると直言されました。私も軍事に素人なので、とても勉強になりました。

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2015年7月13日 (月)

桂米團治・独演会をみて

昨日は、梅田サンケイホールブリーゼまで、桂米團治の落語独演会を見に行きました。どっちかっちゅうと、桂小米朝のほうがなじみがあるのですが、米朝さんの長男さんです。

二つ目の出し物「百年目」で、羽織を脱ぐタイミングを間違って、羽織を着直す失態を演じてましたが、それも愛嬌。米朝さんのお叱りの声が聞こえたような気がしました。

桂すずめの落語は「高倉狐」で、江戸古典落語の原型を見たような気がしました。キツネ踊りをしながら、退席するという珍しい出し物でした。

米朝の葬儀の模様も、話の導入部分で聞かせてもらいました。米朝の後継者は、「ボインは、父ちゃんのためにあるんやでぇ。」の月亭可朝か、「ウィークエンダー」の桂ざこばか、お家騒動も大変やなと思いました。

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2015年7月 9日 (木)

スターリン

独裁者スターリンの悪行

https://www.youtube.com/watch?v=u5th_zRM2Yo

スターリンも戦後ユダヤ人を収容所送りにして迫害していた。こんな奴の息のかかった野郎がつくった日本国憲法など要らない。

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2015年7月 8日 (水)

中国株、バブル崩壊

今日は祝杯をあげよう。中国株取引停止が広がっている。

国内暴動が過激化し、中国共産党政権は崩壊するだろう。いまこそ、民主化運動を起こすべきとき。天安門事件から長い年月がかかってしまった。

危ないおもちゃの南シナ海滑走路と空母、戦闘機は日本がお買い上げで、日米共同管理とし、東アジアに真の平和が訪れるだろう。

莫大な数の紅軍さんの再就職先を世話してあげなければならない。兵糧と武器を維持するにはたくさんのお金がかかる。国内に蔓延する毒入り食料を食べて、中毒にならないように心配りも重要だ。

それに比べ、日本経済は順風満帆。マスコミが日本株価の小さな下げを過剰宣伝しているが、いつもの親中派ポジショントークに過ぎない。

円高ドル安大いにけっこう。日銀の黒田バズーカが何度でも炸裂でき、政府公債をいくらでも買い支えできる。消費税増税などする必要は全くない。消費税減税し、景気を上げて税収を上げていけばいい。

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2015年7月 7日 (火)

八木秀次氏「私の蛍雪時代;高校生活三年間」を読む

蛍雪時代 昭和21年12月号より。「八木アンテナ」の発明者で知られる愛国者です。

自己一身のことを書いて人に読ませることを私はあまり好まないが、若い頃の学窓三年の生活が、永いあいだ影響をもつことを痛切に感じたので、そのことを話して青年時代の大切なことを知ってもらいたく思うのである。

私は日露戦争時代に京都三高の一生徒であった。当時、三高の校風は自由主義的であった。従っていろいろな型の学生がいて、お互いに強い干渉もなく、なごやかに平和に交際し勉強した。だから生徒に変わり者が多く、後日みなそれぞれ相当の人物として社会で働いた。

当時、他の高等学校では校風とか伝統とかがやかましく、特に豪傑ぶりが幅を利かせた。近頃でも高校には英雄がり、豪傑気どり、スター好みの風があるだろう。それを見るとほほえましくも感じるが、実に稚気満々たるものである。

その昔、各地から出た秀才が有名な高校に入学すると、伝統の校風なるものに盲従しなければならぬ。弊衣破帽といって服装を意に介しないことを美風として世間ももてはやしたものだから、わざわざ袴を破ったままにしなければならぬ。新しい帽子なんか恥ずかしくて着ていられない。わざと急いで汚さねばならぬ。寮に入ればストームといって野蛮な真似を、最初は多少良心に攻められながら、強いて茶目を発揮しなければならぬ。

かくしてすっかり雷同性を身につける。いわゆる秀才で小ざかしい者が雷同性を見につけたほど始末に悪いものはない。わざと入浴を怠り石鹸も使わず歯も磨かぬ学生が卒業すると、急におしゃれになって香水など用いるようになる。官吏となっても会社員となっても、いわゆる世渡り術の巧者となり、軽薄人となって、節操を疑われるようになる。

自主性と創造性を失って雷同性と迎合性を養ったのである。学校当局はそうでもなかったのに、卒業生と在校生とがみずから自治と称して校風を作って軍隊教育流にしたのである。

私は大学に入ってから各高校の気風を承知して、自分の三高生活はありがたいものだったと知った。社会に出てからも自分は気の弱い者、精神力のあまり勝れぬ人間と知っていたのに、なお自主的にものを考え、事を行う質をもっていた。然るに天下の俊秀諸君があんまり世渡り上手で不甲斐なくなっているのを見て不思議だったが、あの高校時代の雷同僻がたたって、軍国主義にも拝金主義にも迎合するような便宜主義者・機会主義者にしたらしいと考えた。そして自分が三年間自由主義の空気の中で勉強したことが40年後になお影響していると感じたことである。

あの強い弾圧の下でも人の言わぬことを言い、正しいと信ずる所を行って、今日甚だしい自家撞着に苦しまないのを、そのお蔭と考えている。もちろん他にも原因があるだろう。自分が代々大名のいない土地の者で、主君をもたず、独立自営の家に生まれたことなども関係するかも知れないが、若い頃の三年間の学校生活の影響を尊いものと思っている。

終戦後、戦争責任論が盛んであったころ、ある雑誌に、一高、東大の卒業者が日本官僚の主流を作っているから、侵略的軍閥を跋扈させた点で、一高、東大の責任を糾明すべきだという論があったが、戦争責任追及はともかくとして、非自由主義校風を作って、青年の自律性、独創性を傷つけ、雷同主義者、便宜主義者を輩出したことは遺憾である。現在の高校生諸君にもこの話は参考してもらいたいのである。

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2015年7月 6日 (月)

安保法制賛成

安保法制では手ぬるいくらいです。憲法改正などしているヒマはないので、現憲法下でやれるギリギリまで詰めておく必要があります。

今後の基本方針として、再軍備し、米軍は沖縄から徐々に撤退いただき、日本軍が沖縄を守らなければなりません。

安保法制を早く可決しなければ、南シナ海滑走路建設の中国侵略は加速します。首都東京は空爆圏内に入るでしょう。

【番組スケジュール】 (第1夜) 日 時:7月6日(月)21:00~ テーマ:「平和安全法制はなぜ必要なの?なぜ急ぐの?」 出 演:安倍晋三 総裁 司 会:大沼みずほ 参議院議員 ニコ生:http://live.nicovideo.jp/watch/lv226830105

(第2夜) 日 時:7月7日(火)21:30~ テーマ:「集団的自衛権って何?アメリカの言いなりに戦争するの?」 出 演:安倍晋三 総裁 司 会:牧島かれん 衆議院議員 ニコ生:http://live.nicovideo.jp/watch/lv226831038

(第3夜) 日 時:7月8日(水)20:30~ テーマ:「自衛隊員は危険にさらされる?」 出 演:安倍晋三 総裁 司 会:大沼みずほ 参議院議員 ニコ生:http://live.nicovideo.jp/watch/lv226831165

(第4夜) 日 時:7月10日(金)20:00~ テーマ:「平和安全法制は憲法違反なの?」 出 演:安倍晋三 総裁 司 会:牧島かれん 衆議院議員 ニコ生:http://live.nicovideo.jp/watch/lv226831281

(第5夜) 日 時:7月13日(月)21:00~ テーマ:「やっぱり心配。徴兵制。」 出 演:安倍晋三 総裁 司 会:丸川珠代参議院議員 ニコ生:http://live.nicovideo.jp/watch/lv226831368

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2015年7月 5日 (日)

旧制高校変遷史

さらば我友叫ばずや

さらば我友叫ばずや
著者:小山紘
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大著が出ました。アメリカ極秘文書「ヴェノナ文書」が公開され、フランクリン・ルーズベルト大統領側近がすべてソ連スパイ(コミンテルン)であったことを、アメリカ政府が公認しています。

GHQのメンバーもソ連スパイ(コミンテルン)であって、近衛文麿総理大臣とその側近たちもソ連スパイ(コミンテルン)であったことがわかっています。米内光政海軍大臣、木戸幸一内大臣もソ連スパイ(コミンテルン)であったことが徐々に明らかになってきました。

要するに、GHQが大蔵省ビル屋上から銃を突きつけ威嚇を続けるという異常な状況の中で、宮沢俊義の裏切りもあって大日本帝国憲法が勝手に廃止され、ベアテ・シロタ・ゴードンという法のド素人・新興宗教家をはじめ、ソ連スパイ(コミンテルン)の思惑通りに書かれた日本国憲法が公布されました。

GHQがおこなった改革はすべてソ連スパイ(コミンテルン)の都合のいいことばかりでした。そのひとつが学制改革であって、藩校を母体とした旧制高等学校がGHQの爆破ターゲットになりました。

この本は藩校「時習館」を母体とする旧制第五高等学校(熊本)に目線を定め、明治23年創立から昭和25年廃校まで、思想や代表的教授・学生を紹介することで、変遷史を詳しく述べてくれています。

森有礼文部大臣が、九州に高等中学校を設置するための視察を行いました。国家主義をモットーとする濟々黌の佐々友房が、森有礼の西洋かぶれぶりをとても警戒し、意見を交わした結果、熊本は例外として質実剛健の風習を重んじることを許されました。

国家に忠実であることを求められたのか、帝国大学から木下広次、旧制第一高等中学校から、古庄嘉門が就任し、学生に向かって「籠城演説」「自治寮演説」「自炊自治」をぶちまけ、「護国旗」を制定し、国家を支える人材養成を教育目的とすえ、西南戦争の色濃き当初から体育教練を重視していました。

明治24年には、講道館の嘉納治五郎が校長として就任。スポーツが奨励されましたが、ボート部だけは学校から練習場まで遠く、勉学に支障があるという理由で設立を許可しなかったそうです。嘉納治五郎は、東京帝大に次ぐ2番目の帝大を熊本に誘致することを望んでいましたが、結局、京都吉田山に取られてしまいました。

英語教師としてラフカディオハーンが招請されました。当初、英会話を教えていたそうですが、あまりに学生の上達が悪いため、スピーキングではなくライディング(英作文)に切り替えて、3年間教え続けたそうです。日本人のくったくのない笑いが、学生から消えていくことをものすごく悲しんでいました。

国漢・倫理教師として、薩摩藩士・高崎正風と会薩密約を結び、8.18事件・禁門の変を起こし、戊辰戦争で会津藩士として戦った秋月胤永(かずひさ)を起用抜擢。

明治27年「高等学校令」発令。井上毅は、育てるのに手間ヒマのかかる高等中学校を廃止して、即席栽培をめざす高等専門学校を増設しました。日清戦争の影響で、武勇賛美、学問軽視の風潮が蔓延しました。

しかし、高学歴への世間の関心が高まったため、井上毅の「低級大学設置計画」は頓挫し、廃止された大学予科が復活しました。

そんな折、明治29年、英語教師として夏目金之助が就任。できない生徒には遠慮なく落第させ、自宅で無料で俳句や英語の個人レッスンを敢行したため、妻・鏡子のうつ病が発症しました。夏目が英国留学して、「アジア人を空気のごとく無視する」大英帝国人に大ショックを受け、大日本帝国が滅亡することを予見したため、今度は夏目自身がうつ病を発症しました。

明治39年、日露戦争のころになると、大内兵衛、大川周明、高田保馬といったマルクス主義者が学生として入校してきました。ここから先は、アカ(共産主義者)の巣窟と化したようです。

日露戦争を境にして、旧制五高は質がまったく別物になりました。

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2015年7月 1日 (水)

なかむら小児科開院11周年

本日は、おかげさまをもちまして、なかむら小児科開院11周年記念日を迎えることができました。

食物アレルギー、アトピー性皮膚炎、気管支喘息専門の診療所として、地域の皆様に可愛がっていただき、誠にありがとうございます。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

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