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2014年6月27日 (金)

奈良オクトーバーフェスト2014 三度の出撃

昨日はあいにくの雨。午前診を終え、大阪から来た友人を連れて、15時15分奈良公園に到着。開場は16時だそうで、奈良公園のベンチで雨宿りしました。

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ところが16時前に、奇跡的に雨がやみ、ビール運びになんの支障もなくなりました。ベックスの女主人が客足を心配していましたが、まあまあ2/3くらいの人出だったかな。今日は金曜日やから、サラリーマンやOLでにぎわいまっしゃろな。

ヴァルシュタイナーで乾杯。

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おつまみは三度目のダブルステーキ!

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お口直しにヴァイスビア・ドゥンケル。

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おかわりはヘル。
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コンサート前にガツンとエルディンガー・ヴァイスビア1000mlをぐびぐび。
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メッチェンに今日も再会を果たしました。

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我々のテーブル担当「はづき」ちゃんが、オンケルの足元にかしづいていました。おとといも「はづき」ちゃんが担当で、狙い通りの再会を果たしました。
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最後はベックスでしめて、20時過ぎ、散会といたしました。
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2014年6月25日 (水)

奈良オクトーバーフェスト2014 出撃再び

昨晩も午後診察を終えて、奈良公園に行ってきました。お酒好きの春日大社のおかげか、なんとか晴天を保ってくれました。

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まずは、狙っていたケーニッヒ・ルードヴィッヒ・ヘルからスタート。

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次は、基本のヴァイツェンビア。

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お口直しにヴァイツェン・ドゥンケル。

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トレインで床がゆれるので、そっと客のビールに手を添えるメッチェンが、とてもいじらしい!

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ラストは軽く、フリューでしめました。

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司会のメッチェンがかわいかったので、シャッターを切りました。

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2014年6月23日 (月)

Rosamunde ローザムンデ「バラ色の唇」

Ich bin schon seit Tagen verliebt in Rosamunde.

Ich denke jede Stunde sie muß es erfahren.

Seh' ich ihre Lippen mit dem frohen Lachen.

Möchte ich alles wagen um sie mal zu küssen.

Aber heut' bestimmt geh' ich zu ihr

Gründe hab' ich ja genug dafür.

Ich trete einfach vor sie hin.

Und sag' ich wie verliebt ich bin.

Sagt sie dann noch nein ist's mir egal.

Denn ich wart' nicht auf einander Mal.

Ich nehm' sie einfach in den Arm.

Und sage ihr mit meinem Charm.

Rosamunde schenk mir dein Herz und sag ja

Rosamunde frag doch nicht erst die Mama.

Rosamunde glaub mir auch ich bin dir treu.

Denn zur Stunde, Rosamunde, ist mein Herz grade noch frei.

http://www.youtube.com/watch?v=WrqeBvruwAQ

ずっと前から、ぼくはローザムンデにすっかり恋しているんだ。

彼女は僕の恋に気づいているはずだと、ぼくはいつも思うんだ。

彼女の唇がうれしそうに微笑んでいるのがみえる。

彼女にチュッとキスするためなら、敢えてなんでもしたいんだ。

でも今日こそ必ず、彼女のところへ行って

そのための準備も万端なんだ。

ぼくは彼女の前にためらいなく進み出て、

ぼくがどれほど恋しているのかを告白するんだ。

でも彼女はまだイヤとしか言わないんだ、これって不公平だよね。

なぜって、次の機会を待たないからさ。

彼女をぼくの腕の中でギュッとだきしめ

魅力たっぷりの語りを彼女に聞かせるんだ。

ローザムンデ、ぼくに好意をおくれ、そしてハイと言って。

ローザムンデ、なんでも最初からママにイチイチ聞かないで。

ローザムンデ、ぼくが君に誠実であることを信じて。

なぜってローザムンデ、やっと思いでこうして僕の気持ちを打ち明けているんだから。

Sie läßt mich noch warten und lächelt nur von ferne.

Ich wüßte nur zu gerne wie andere es machen.

Verborgen als Veilchen läge ich in ihrer Nähe.

Doch wenn ich sie sehe wart' ich noch ein Weilchen.

彼女はぼくをまだ待たせて、遠くから微笑んでいるだけ。

ぼくは彼女がどうするのか知りたいだけなんだ。

スミレになって身をひそめるなら、彼女のそばでぼくは横たわるだろう。

たとえ彼女を見ても、ぼくはもうちょっとだけ待つんだ。

*Rosamunde, schenk mir dein Herz は命令法。

*Sie läßt mich noch warten は直説法。

*Ich wüßte nur zu gerne は接続法第二式、外交的接続法。断定口調を避けた控えめな言い方だ。彼女が主語の表現は直説法なのに、ぼくの控えめさが対照的。

*läge ich in ihrer Näheは接続法第二式、約束話法。Verborgen als Veilchenの分詞が仮定的前提部。

*Doch wenn ich sie sehe は接続法第一式、認容法と理解した。実際わたしは彼女を見ているので、接続法第二式をとらない。一人称が主語なので同じ語尾変化だが、単に直説法ととると味気ない。

直説法から非現実話法へ、ドイツ語表現はdoch, mal, nochなど不定詞、einfachなど副詞の調味料を加えながら、単なる語幹変化のみで短時間に夢の世界へいざなってくれている。日本語にはできない芸当だ。

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2014年6月22日 (日)

「日本人の心棒を折る」

すばらしい談話も、大団円を迎えました。

http://www.youtube.com/watch?v=cijvzAK7ESc

宮脇淳子先生が言われているように、古事記・日本書紀にもどって、記紀を日本人の心棒とする考え方は、合理性を身に着けた現代日本人には無理のようですね。

そもそも日本人の心棒を折ってしまったのは、古代の大王だったのかもしれません。

526年 継体大王が神武以来の大和王朝を滅ぼす。大和王朝から4人の娘を貰い受けて、統一を図る。大伴金村が手引きした。

531年 継体大王が倭薈率いる九州王朝を滅ぼす。物部荒鹿火が手引きした。

533年 九州王朝の延喜帝が継体大王、安閑大王親子を滅ぼして、九州王朝を再興。負けた継体王朝は奈良扶桑国限定で、欽明大王が即位。

600年 九州王朝の上宮王が「日出づる天子」と称して遣隋使派遣。

618年 盛大な観世音寺落成式(紅葉賀)

622年 上宮王死去。奇しくも飛鳥でも蘇我氏の血統を継ぐ聖徳太子(厩戸皇子)が死去。

663年 九州王朝は白村江の戦いに参戦したが、新羅・唐と通じた継体王朝は積極的に参戦せず。

664年 大宰府が唐の進駐軍に占領され、倭京が荒廃した。継体王朝の扶桑国は唐からお咎めなし。記紀にも記載なし。

665年 扶桑国が遣唐使派遣。敗戦国となったoccupied 九州王朝は沈黙。

668年 継体王朝の血統の中大兄皇子が天智大王に即位。

672年 天武天皇が継体王朝を滅ぼして、飛鳥の地に九州王朝を復興する。継体王朝の中大兄皇子(天智大王)から4人の娘を貰い受けて、統一を図る。

695年 大化改新で鵜野讃良が持統天皇(高市皇子)を暗殺する。

701年 鵜野讃良(皇太后)の孫、文武天皇が九州王朝の玉(レガリア)を奪う。日本人の心棒を折った張本人はもちろん藤原不比等だ。「大宝律令」を制定し、盛大に宴会を開き、全国一斉に評制から郡制に強制変更させる。倭国の主要メンバーであった海の民たちは土地を持たざるゆえ、律令制の恩恵にあずかることができず、のちの水軍・海賊・倭寇を形成した。

702年、粟田真人が遣唐使として派遣され、唐の則天武后に国号を倭から日本に変えたことを正式に承認してもらう。

770年 称徳天皇自身は子供のいない道鏡を一代限りの後継者とし、姉・井上(いがみ)内親王を母に持つ他戸(ふさど)親王を、ワンポイントリリーフ道教の次の天皇と考えていた。吉備真備は道鏡を追放し、継体王朝の生き残りにして百済王家の妻を持つ白壁皇子(のちの光仁天皇)で妥協。吉備真備が死去して、藤原百川が山部皇子(のちの桓武天皇)をかつぎ、呪詛の嫌疑を他戸親王にかけ幽閉毒殺する。

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奈良オクトーバーフェスト2014 突撃

昨日は、学園前での午前診察を終え、そそくさと奈良公園までドイツビールを飲みに行ってきました。

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まずは、ヴァルシュタイナー500ml。うまい!これが基本だね。

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次はエルディンガー・ヴァイスビア 1000ml。うまい!!!

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Ein Prosit, Ein Prosit, der Gemütlichkeit!

http://www.youtube.com/watch?v=CLcHYYugJJ4

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お口直しにケーニッヒ・ルードヴィッヒ・ドゥンケル500ml。

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トップギアはベックス500ml。
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ラストはヘフェヴァイスビア500ml。

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締めはホテル日航で杏林製薬提供の学会に参加し、タクシーで帰還いたしました。ホテルの水はとてもおいしかったです。ウィップ!

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今週は平日晴れた日の夜に再び突撃して、ケーニッヒ・ルードヴィッヒ・ヘルを飲みます。

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2014年6月19日 (木)

なつかしのアニメ

キングコング http://www.youtube.com/watch?v=g6j6Lou6vgk

どろろと百鬼丸

狼少年ケン

サスケ

サイボーグ009

スーパースリー

黄金バット

宇宙エース

怪物くん

オバケのQ太郎

パーマン http://www.youtube.com/watch?v=u-KCHOw3jhU

どれもなつかしい。

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2014年6月18日 (水)

孫子評註(13)

用間第十三

これ十三篇の結局、遙かに始計に応ず。けだし孫子の本意は彼を知り己を知るに在り。己を知るは篇篇これを詳(つまびら)かにす。彼を知るの秘訣は用間に在り、一間用いられて萬情見(あらわ)れ、七計立つ。古より明君賢相みなこれを用う。いかんせん、今人漠然としてこれを省みず。

孫子曰く、およそ師を興すこと十萬、出征千里、百姓の費(ついえ)、公家の奉、日に千金を費やし、内外騒動し、道路に怠りて事を操るを得ざる者七十萬家、相守ること数年にして以て、一日の勝を争う。而も爵禄百金を愛(お)しみて敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり、人の将にあらざるなり、主の佐にあらざるなり、勝の主にあらざるなり。

これに拠れば則ち井田の法は、八家を隣となし、七を以て一に奉ぜしこと疑いなし。これ間を用いざるを言う。まず不知の字を下して、下の先知の字を伏す。四つの也、三つの也を連下して、反説して態を作(な)し、下段の議論を留む。

ゆえに明君賢相、動いて人に勝ち、功を成して衆に出づるゆえんのものは、まず知ればなり。遂に先知の字を下す。

まず知るとは、鬼神に取るべからず、事に象(かたど)るべからず、度に険すべからず。必ず人に取りて敵の情を知るものなり。禍福災祥はなおあるいは以て鬼神に祈りてこれを取るべし。象るとはなお比擬するがごとし。隠僻奇異はなおあるいは以て往事に比擬してこれを察すべし。天の高き、星辰の遠き、なおあるいは以て躔度(てんど)を験してこれを測るべし。ただ敵情は人に取るにあらずんば、以てこれを知るなし。三つの不可を連下して、まさに乃ち人に取りて敵情を知るを説き、以て間を用うることを逼出(ふくしゅつ)す。引きて発(はな)たず、躍如たり。

ゆえに間を用うるに五あり。郷間あり、内間あり、反間あり、死間あり、生間あり。地形・九地には、開口輙ち地形九地を称し、火攻の開口には輙ち五火を称す。この篇は漸説してここに至り、忽ち五間を点出す。ただに文に変化あるのみならず、また以て兵家の秘術を悟るべし。郷は原と因に作れり。張預、下文を以てこれを証して曰く、「まさに郷となすべし」と。余これに従う。

五間ともに起こりてその道を知るものなし。これを神紀となす。人君の實なり。郷間は、その郷人に因りてこれを用う。内間は、その官人に因りてこれを用う。反間は、その敵間に因りてこれを用う。死間は、誑事(きょうじ)を外になし、吾が間をしてこれを知りて敵に伝えしむるなり。生間は反りて報ずるなり。

まずこの数句を安(お)きて五間の大意を揚げ、下文徐々に弁拆(べんさく)す。ともに起こるとは、その起こること一ならざるを言う。知るものなしとは、人の能く測るものなきを言う。紀綱は条理にして原(も)とこれ明晰(めいせき)なり。今紀にして神なり、ともに起こりて知るものなきもまた宣(むべ)ならずや。一の也の字、上文の三つの非也を反照す。誑事は、間たる者あるいは知りあるいは知らず、みなこれなり。かつ酈食其(れきいき)・唐倹のごとき、事偶然に出づといえども、また死間なり。生間はこれ間の常なり。たいてい間の近くしてかつ易きものは郷間にしくものなし。ゆえに五間の首(はじめ)に居り。内間と反間と相対す。ただし内間は吾れより往き、反間は彼より来る。ゆえに内間は二に居り、反間は三に居り。死と生と対す。ただし死は変にして生は常なり。常を以て前の四者を結ぶ。ゆえに死間四に居り、生間末に居り。而して孫子の最も意を注ぎしものは反間に在り。ゆえに反間、中に在り。文を作るの結構一々推すべし、けだし偶然にあらず。

ゆえに三軍の事、間より親しきはなく、賞は間より厚きはなく、事は間より密なるはなし。事は十家註本には親に作る、従うべきに似たり。親しきはなく、厚きはなく、密なるはなし。すべての間、みなかくのごときにはあらず。間の中にもまた時には親疏(しんそ)厚薄あり。

聖智にあらずんば間を用うるあたわず、仁義にあらずんば間を使うあたわず、微妙にあらずんば間の實を得るあたわず。微なるかな微なるかな。間を用いざる所なし。

人の情は反復淵深、測度すべきこと難し。ただ主将通明敏智にして以て人を知りて謬(あやま)らざるに足り、仁義にして以て人を感ぜしめて背き去るに忍びざらしむるに足りて、然る後、間を得て使うべきなり。然れども敵情の変詐さらに測りがたしとなす。間といえどもあるいは及ばざる所あり。これ微妙にして然る後能く間の実を得るゆえんなり。ただに我れ間をなすのみならず、敵にも間あり。ただに敵間をなすのみならず、間にもまた間あり。ゆえに曰く、「間を用いざる所なし」と。○三つの莫の字、三つの非の字を連下し、一の也の字を以て勒(ろく)し住め、用間の精蘊(せいうん)具(そな)わる。ゆえに三軍の事、間を用いざる所なきに至る。間の事を総言せるも、しかも意を注ぐは則ち謂う所の「上智を以て間者となし云々」に在り。然らざれば間を言うこと過重なるに似たり。

間事いまだ発せずしてまず聞こゆるものは、間と告ぐる所の者と皆死(ころ)す。告ぐる所の者とは即ち聞くものなり。これ漏泄を禁ずるに厳峻を以てするなり。兵家の権略正視すべからざるものなり。

およそ軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所、必ずまずその守将の左右・謁者・門者・舎人の姓名を知る。吾が間をして必ず索めてこれを知らしむ。二節みなもっぱら生間について言う。先知の二字、前の文に応ず。間の前にさらに間あるを知るべく、また間を用いざる所なきの実を見るべし。今世、間を用うるを知らず、その弊、彼理(ペリー)・布若(プチャーチン)を以て世界三傑の二となすに至る。これ吾れの慨するゆえんなり。而して孫武まずこれが説をなせり。

まず敵人の間、来たりて我れを関する者を索め、因ってこれを利し、導きてこれを舎す。ゆえに反間、得て用うべきなり。これ反間を言うなり。昔、東照宮、安子・冶容子を用う、その意けだしまたかくのごとし。今、墨(アメリカ)・露(ロシア)・暗(イギリス)・拂(フランス)、来たりて我れを間する者、利舎してこれを用うる、いずくんぞ難しとなさん。然れども鎖国者の知る所にあらず。

これに因りてこれ知る、ゆえに郷間・内間、得て使うべきなり。これに因りてこれを知る、ゆえに死間誑事をなして敵に告げしむべし。これに因りてこれを知る、ゆえに生間期のごとくならしむべし。三つの「これに因りて」は皆反間に由りてなるを言う。

五間の事、主必ずこれを知る。これを知るは必ず反間に在り。ゆえに反間には厚くせざるべからず。これもっぱら重きを反間に帰す。両つの必の字、文法極めて緊なり。而して必知の二字は、暗に「先知」に応ず。厚の字は篇首を収繳(しゅうきょう)し、「三軍の事」の一段に及ぶ、何等の簡尽ぞ。

二十一回猛士

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孫子評註(1)

孫子篇巻の異同、及び孫武能く言いて行う能わざりしは、古人これを論じて尽くせり。しかも孫子を読むの先にするところにあらず。ただこの十三篇の書、これを読みて意を得、これを取りて原に逢わば、それ可なるのみ。

先師(山鹿素行)いわく、「始計と用間とは、おのれを知り彼を知り、地を知り天を知るの綱領なり。軍旅のこと、件々これにほかならず。作戦と謀攻とは通読すべく。形勢と虚実とは一串し、争変と行軍とは一串し、地形と九地とは一意、火攻は一意、始計と用間とは首尾卒然の勢いあり。」と。

寅(吉田松陰)案ずるに、古人書を著すには自ら部法あり。ゆえに易に序卦あり、説文に部敍あり。近く語孟を観るもまたみなかくのごとし。

始計第一

始計はいまだ戦わずして廟算するなり。「これを校するに計をもってす」とは即ちそのことなり。前人多く謂う、「古書の篇目は率ね後人の定るところに係る」と。今その信(まこと)に然るを覚ゆ。而してその名づくるゆえんは、あるいはただ篇首の数字を摘み、あるいは明らかに篇中の要言を取り、あるいは暗に篇中の意を含む。この篇本とただ計篇にして、これ明らかに取れるものなり。また始の字を加えたるは、これ暗にいまだ戦わざるの意を含む、語孟の篇目と異なり。

孫子曰く、兵は国の大事、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず。

開口の一語、十三篇を冒(おお)いて、余りあり。先師かつて「千載不易の格言」をもってこれを評せり、うまいかな。兵はこれ軍旅のこと。死生存亡は乃ち大事たるゆえんの故なり。諸説多くは然り、異説を須(もち)うることなかれ。地はこれ在る所、道はこれ由る所、察の字は虚に下に経・校・佐の三字を揚げたり。全篇の骨子、この字に在り。

ゆえにこれを経するに五事をもってし、これ計の本なり、計にはあらず。これを校するに計をもってし、而してその情を索(もと)む。便に随いてまずこの句をはさみて下段の張本となす。計に七と言わずして而策其情の四字を加う。文もまた変化あり。

一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。

始計の文、かりに経伝となして看れば、これその経なり。

道とは、民をして上(かみ)と意を同じくして、これとともに死すべく、これとともに生くべくして、危うきを畏れざらしむるなり。伝文、大いなるもの三虚、文法変ず。道の字、甚だしくは説破せず、却って行軍・地形・九地の諸篇においてこれを講ず。文乃ち浅からず雑ならず。これこの老の老成の虚なり。令の字、貫いて也の字に到る、まさに作用あり。

天とは陰陽・寒暑・時制なり。天の字、火攻篇にその一斑を見る。陰陽はその虚なるもの、寒暑はその実なるもの、時制とは、時中・時措・時習の字の例のごとし。時に随いてよろしきを制するなり。先師いわく、「制の一字は天を用うるの極法なり。」と。

地とは、遠近・険易・広狭・死生なり。地の重んずるところは死生の二字に在り。○経はこれ平素のことなり。天地の経たるは、粗心の者あるいは察せざらん。

将とは、智・信・仁・勇・厳なり。太公(司馬遷)の将を論ずるや勇を先にす。而して孫子は智を先にす。呉子いわく、「勇の将におけるや、乃ち数分の一のみ。」と。また太公は忠を言い、而して孫子は厳を言う。厳とはこれ荘重にして犯すべからざるなり。孫子の持論全くここに在り。ゆえに篇々この意を見る。而して史遷の孫武を伝ずるや、独り姫を斬るの一事を論じて、殊にその他に及ばず。洞識と謂うべし。

法とは、曲制・官道・主用なり。張実いわく、「部曲、制あり。分官、道あり。各々その用を主とせしむ。」と。按ずるに、主用とは実用を主とするなり。曲制や官道や、いずれの国かあることなからん。ただその空文たるを患うるのみ。○地の字は、明らかに地形・九地の二篇において詳(つまびら)かにこれを説き、法は即ち軍形・兵勢に具し、道と将とその中に在り。

およそこの五つの者は、将、聞かざるものなし。これを知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。莫とは者なきなり。知とは即ち王守仁のいわゆる、知州知縣の知なり。ゆえにこれを校するに計をもってして、その情を索(もと)む。これいわゆる計なり。而してこの一段はこれ一篇の主意なり。○計と五事とはただこれ同意にして、しかもまたいまだかつて相犯さず。ただし、五事は道と法と最も重く、計は則ち主と将と最も重し。「将、わが計を聴く」以下に到りては、もっぱら将をもって重しとなして看よ。他の言各々当たるなり。

曰く、主いずれか道ある。将いずれか能ある。五事には主の字を露(あらわ)さず、ここに至って点出し、将と対す。智信の五字を約して一の能の字となす。将とは大将なり。ほかみなこれに倣え。

天地いずれか得たる。法令いずれか行わるる。天地を合して一となし、法に陪(くわ)うるに令をもってして、もって相対す。

兵衆いずれか強き。士卒いずれか練れたる。賞罰いずれか明かなる。われこれをもって勝負を知る。兵衆・士卒・賞罰は、これ主将に陪説せるなり。われこれをもってとは、結束の語なり。将、わが計を聴いてこれを用うれば必ず勝つ。これを留めん。将、わが計を聴かずしてこれを用うれば必ず敗る。これを去らん。これ自ら一段、将をもって重しとなす。もろもろの「吾(われ)」と称するは、孫子自ら吾れとするなり。その立言を観るに、たとえば斉威、田忌をもって将となし、孫臏(ひん)これが師となれるがごとし。これを用うとは兵を用うるなり。留去は用捨を言うなり。この時に当たり、田忌の用捨、孫師の言下に在り。噫、畏るべきかな。これにあらずんば、何をもって孫武となさんや。

計利にしてもって聴かるれば、乃ちこれが勢をなして、もってそのほかを佐(たす)く。勢とは利に因(よ)り て権を制するなり。計利以聴の四字は順に上の両項を承(う)く。利とは即ち勝負を知るなり。聴とは即ちわが計を聴くなり。廟算は内なり。ゆえに戦地はこれを外と謂う。○孫子の兵を論ずるや活発発地、たれかよくここに及ばんや。これ伝聞の小なるものにして、便を逐いて、上を括(くく)りて下を起こす。而の字の斡旋、妙妙。袁了凡曰く、「経権の二字、一篇の眼骨なり。」と。おもえらく、計の字、経に根ざして権に入り、利に因りて権を制す。これ勢にあらず、勢をなすゆえんの故のみ。兵勢篇を合せ考えて見るべし。下文の詭道十有四目は即ちこのものなり。

兵は詭道なり。これ計の用なり。また計にあらず。この句はこれ経、十四目はこれ伝。

ゆえに能くすればこれに能くせざるを示し、用うればこれに用いざるを示し、近ければこれに遠きを示し、遠ければこれに近きを示し、利してこれを誘い、乱してこれを取り、実なればこれに備え、強ければこれを避け、怒りてこれを撓(いた)め、卑しくしてこれを驕(おご)らしめ、佚すればこれを勞(つか)らし、親しければこれを離す。

能は、即ち「将いずれか能ある」の能なり。まず将の能より説き下ろす。十四事みなこれ将の事、並びに「計利にしてもって聴かる」の上に就きて言を立つ。能而、用而、近而、遠而、実而、強而、佚而、親而の而はみな「則ち」なり。利而、乱而、怒而、卑而の而はみな「以て」なり。この字は皆敵を斥(さ)す。怒りてとは、我れ怒を示すなり。卑しくしてとは我れ卑しきを示すなり。○実なれば備え、強ければ避くるは、孫子の慣手段なり。深くこの理を知るものは楠河内(楠木正成)及び吾が洞春公(毛利元就)のごとし。世に多くはあらず。

その備えなきを攻め、その不意に出づ。対仗にして結びとなす。人をして覚らざらしむ。上文の之の字、ここには代うるに、其の字を以てす。

これ兵家の勝、まず伝うべからず。之勝とはなお勝つゆえんと言うがごとし。語勢少しく頓(とどま)る。伝うとは、曹操曰く、「なお洩らすがごとし」と。杜牧曰く、「言うなり」と。みなこれを得たり。深くこの字を味わいて、然る後ますます「勢をなして外を佐(たす)くる」の活発発地たるゆえんを知る。而して文の閉開は夷(つね)の思う所にあらず。

それいまだ戦わずして廟算するに、勝つものは算を得ること多し。いまだ戦わずして廟算するに、勝たざるものは算を得ること少なし。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るをいわんや算なきにおいてをや。吾れこれをもってこれを観れば勝負見(あらわ)る。

いまだ戦わずとは即ち篇目の「始」の字なり。計を換えて算と為し、悠然として本意に帰入す。勝負見るは「勝負を知る」と照応す。読みて篇末に至りて然る後、五事を回顧すれば、まさに始めて著実なり。けだし算の多からんことを欲せば、経するに五事を以てするにしくはなし。○五事以てこれを内に経し、計以てこれを外に校し、詭道以てこれを外に佐(たす)く。この篇ひとり十三篇の総括たるのみならず、乃ち天下古今の事、いずれかその範囲を出づるものぞ。大学の一書のごとき、またただ道の字の註解のみ。孫武の立言、いまだ必ずしも然らずといえども、読書はすべからくかくのごとく観るべきなり。

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コミンテルン研究

すばらしい番組を紹介したい。コミンテルン研究が学問ではないとして、歴史学会がタブー視していることは知らなかった。日本、東洋、西洋をまたにかけて暗躍するコミンテルンの歴史は、大学講座・教室の壁を取っ払わないと見えてこない。

https://www.youtube.com/watch?v=kCJFjwh2s8w&list=UUDrXxofz1CIOo9vqwHqfIyg

ペキンテルンは孫子の兵法を使ってくるだけに、無形で見えてこないという。ペキンテルンが直接関与しなくても、意図することを勝手に言ってくれる人物を使ってくるという。

孫子の兵法を勉強する必要があるし、平間洋一先生と宮脇淳子先生の今後の談話の展開がとても楽しみである。

まずは、吉田松陰先生の「孫子評註」から読んでみたい。

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2014年6月12日 (木)

消費税増税

木下康司財務次官が辞め、香川俊介財務次官に交替した模様。

これで来年10%増税は決定した。この流れは、大東亜戦争直前にもあった同じ流れであり、シビリアンコントロールを担うべき政治家が愚鈍ゆえに、悪意ある官僚(学歴貴族)の支配下にはいり、マネタリーベース削減(日銀によるデフレ化コントロール)、軍事費・社会福祉費をみせかけの名目とした増税スパイラル、日中開戦、日米開戦へと国民を導いた。愚かな権力者にスパイを送り込み、経済を弱らせ、軍隊を弱らせ、ふにゃふにゃになった敵を一気に総攻撃でつぶすのが、共産党と社会党の伝統芸である。ノモンハン事変は、関東軍を食べごろと見くびって、ソ連が大やけどした事変(=宣戦布告のない戦争)である。奴らも失敗はする。

集団的自衛権の行使はすでに実質的におこなわれており、なにをいまさら議論しているのか不可解だ。自衛隊がしてもよいことを決めるのではなく、自衛隊がしてはならないことを決めるべきだろう。中国の犬であることを隠さない石破茂と公明党は、日中開戦前に自衛隊を弱体化させることに必死だ。憲法解釈上、アメリカの犬である日本がアメリカ様に逆らうという選択肢はない。アメリカ様が尖閣という他人の土地で戦争をお決めになられたら、従うしかないだろう。くだらないことを政争の具にして、サッカーワールドカップで民衆の目をそらしたところで、良からぬ重要法案を通過させていこうとする、毎度おなじみの作戦だ。

公共事業に予算を大量に投資して、みかけの景気をあげておいて、おいしい消費税増税を進めていく。財務省にへりくだる減税措置団体に天下りできるからね。公共事業の人手不足を、外国人で補おうとするバカさ加減にはあきれるばかりだ。日本人の若者の失業は相変わらず続くであろう。

安倍晋三氏が東条英機にならないことを切に願っている。

*歴史がわからない人に解説すると、東条英機を開戦のレールに乗せたのは近衛文麿であって、近衛文麿はソ連に次ぐ社会主義革命を夢見て、スターリンの思うがままに動いていた。財務官僚の中に、中国の思うがままに動いている奴がいないと誰が言えるだろうか。

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2014年6月10日 (火)

国歌「君が代」に敬礼

雅楽 君が代

https://www.youtube.com/watch?v=Hz-uS_CC11g

高千穂、吉野ヶ里、大宰府、出雲、飛鳥、伊勢、藤原京、平城京、平安京と思いは果てしなく及んでいきます。

五ヶ瀬川、初瀬川、那珂川、素鵞川、五十鈴川、竜田川、宇治川、木津川、鴨川が滔々と流れていくさまが目に浮かぶ。

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2014年6月 9日 (月)

おもしろい免疫劇場のご紹介

ワクチン免疫のドラマ

https://www.youtube.com/watch?v=rraUPjJfXpc

なつかしく拝見しました。基礎医学部棟の階段教室ですね。

B細胞は拳銃ではなく手裏剣(抗体)でいいのでは。

ワクチンウィルスが侵入して、笛ではなくメガホン(=サイトカインストーム)で応援を求める体質の人がまれにいて、応援部隊が多すぎて、敵も味方もやっつけてしまうというシナリオも欲しかったですね。

あとメモリー細胞の中に、記憶が狂った細胞がいて、敵味方の区別がつかなくなり、味方を攻撃してしまう自己免疫疾患のドラマとかも。

樹状細胞に遺伝子治療を施して、T細胞が拳銃を捨てて、ランボーのようなマッチョに変身し火焔放射器を手にして敵を焼き尽くすとか。

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2014年6月 8日 (日)

憲法改正後の旧制小児科医

戦術と戦略のちがいについて学びました。戦術はまねをされやすく、ライバルに奪われれば、その場を去らねばなりません。戦略とは、高度の戦術を持つ人たちをどうとりまとめ、マネージメントしていくかという学問であり、戦略を制する者が、戦術を制します。

ソニーのウォークマンがなぜアップルのiPodに負けたのか?

この書で詳しく解説してくれています。

世界観のない事業はことごとく敗北します。

世界観とは、たとえば、

ひさかたの 光のどけき春の日に しづ心なく 花の散るらむ

と歌われた「しづ心」であって、

短歌にコンパクトに世界観が表現されています。

日本国憲法下での小児科医の使命と、「アメリカの犬」を脱した憲法改正後の日本で求められる小児科医の使命は異なります。

私は、旧制小児科医でも目指すこととしますかな。

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2014年6月 3日 (火)

皇太弟の詠める歌;凌雲集より

納涼儲貳南池裏

盡洗煩襟碧水灣

岸影見知楊柳處

潭香聞得芰荷間

風来前浦収煙遠

鳥散後林欲暮閑

天下共言貞萬國

何勞羽翼訪商山

*兄弟帝の制度を採っていた倭国の日本漢詩

*天武は今上帝(倭帝)=中皇命の弟(皇太弟)

*中大兄皇子の4人の娘、鵜野讃良、大田皇女、大江皇女、新田部皇女を娶る。

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