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2012年8月19日 (日)

旧制高等学校の復活構想

専門教育を受ける前に、日本が誇る歴史教養や徹底した語学教育を受けておく有用性は誰も否定できないでしょう。いままでつらつら戦前戦後の歴史をかえりみますと、頭のいい集団のトップクラス層はどうしても日本嫌いの権力大好き人間が集まってしまうみたいですね。こういう人間がある程度の割合で混じってしまうのは避けようがない。コンプレックスが強いせいなのか、天下を背負う人間が天下国家を批判・否定するのがかっこいい生き方だと思ってしまうせいかわかりませんが、教授の質と教え方が悪いせいだという気がします。長い年月をかけて劣悪化するのでしょう。日露戦争に勝って、第一高等学校が「嗚呼玉杯に花受けて」を発表するころには、一高はすでに終わっていたんですね。一高出の社会主義者たちが国を大きく傾けていきました。

かといって入学試験の選抜方法を変えてみたところで、入学生の学力は下がるだけ。小論文や短時間の面接で人間評価などできるわけがない。だいたい面接官自体が変人です。入学試験はやさしくして、卒業をむずかしくすればよいというのでは、教授をヨイショするただの暗記マシーン太鼓持ちを作るだけ。教授たちが醸し出す既成概念を否定昇華する新しい発想が生まれるわけがない。まずは、一回受験勉強から解放してあげて、コンプレックスだのなんだの洗い流してもらい、惜しみなく時代時代最先端の講義ができる最高レベルの教授を並べた学校を復興し、少数精鋭の学生相手に授業させてみてはどうでしょう。これがほんとうの「ゆとり教育」なんです。いきなりブレーキを踏むのではなく、まずはアクセル全開で知識を効率よく詰め込んでから、ブレーキをかけて熟成自省期間を設けるというわけです。

あとは出口の問題。エリート教育の目的はなにか?国家の指導者を養成するのであれば、当然、その学校は国家が経営するのが筋でしょう。だから国立にして、税金を惜しみなく投入し授業料を軽減免除すべき。学部によって目的は異なりますね。たとえば法学部なら官僚・国家公務員・裁判官・弁護士・政治家養成が一番の目的でしょうが、ひとつの大学に権力を集中させてろくなことはありません。いくつかの大学にエリートコースを設けてあげるのがいいかもしれません。医学部や工学部のようなところでは、権力をもたせると金銭癒着などろくなことはありません。いまのように多くの大学に科研費を分散するのではなく、少数の選ばれし大学に、ただただふんだんに科研費を使わせてあげてください。基礎系研究はすぐには役立ちませんが、100年後の子孫のための投資と考えて、応用系研究並みの待遇にしてください。最先端のテクノロジーを純粋に研究できるような体制作りが一番大切でしょう。

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