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2012年1月29日 (日)

通商ファイブ

1858年(安政5年)という年は、激動の年でした。1855年、阿部正弘が老中を退き、代わって堀田正睦が就任していました。その堀田正睦が孝明天皇の勅許なしに日米修好通商条約を勝手に結んだとして、責任を取って辞職し、代わって井伊直弼が大老に就任。将軍徳川家定が逝去し、徳川家茂が将軍職に就任。

そんな政情不安定ななか、昌平坂学問所出身にして、海防掛(のちの外国奉行)だった通商ファイブが、米国領事館ハリスに立ち向かっていました。

1858年7月 日米修好通商条約

岩瀬忠震(ただなり)

井上清直(きよなお)

永井尚志(なおゆき)

水野忠徳(ただのり)

堀利煕(としひろ)

通訳は、英語べらべらになっていた蘭通詞・森山栄之助。トリビアネタですが、福沢諭吉は森山栄之助に弟子入り志願しましたが断られています。

通商ファイブは阿部正弘が抜擢した人材であって、阿部自身は1857年逝去。阿部正弘は、昌平坂学問所を出ていないノンキャリア・大久保一翁をも抜擢しており、大久保は、林復斎の外孫でもあった岩瀬忠震をサポートしました。大久保は、貧乏御家人だった勝海舟に学問の援助をした恩師です。これらブレインのスカウトを阿部正弘に提案したのは、旗本・戸川安鎮でした。

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