« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月31日 (火)

「列島強靭化論」を読んで

列島強靭化論

列島強靭化論
著者:藤井聡
価格:798円(税込、送料込)
楽天ブックスで詳細を見る

中野剛志先生の所属する研究室長、藤井聡先生の本です。さきの「TPP亡国論」でも論じられている繰り返しで、被災地中心に国家的な内需拡大策(ニューディール政策)を説かれています。ご専門の都市工学的立場から、被災地を政策実験場にすることに反対するインフラ強靭化論を展開されています。続編として、愛国心(福澤諭吉流なら報国心)をベースとし、徳育、智育を図るスピリット強靭化論を展開されることを待ち望んでいます。

官僚やマスコミのように、左の風が吹けば左に流され、右の風が吹けば右に流されるという日本人の癖からなかなか抜け切れませんね。

|

2011年5月29日 (日)

歌川国芳展をみて

台風が吹きすさぶ雨の中、天王寺駅の大阪市美術館へ行ってきました。3時半に到着したのに、館内はまだ行列ができていました。NHK番組放映の影響でしょう。途中からは、警備係員に急かされましたが、なんとか5時閉館までに全部をみることができました。

私の感想ですが、1830~1840年ころの武士は町人のおもちゃになっていたんじゃないかなと思います。国芳自身も、水野忠邦の政策を辛辣に批判していましたし、町人の前を歩くおさむらいさんは、四天王の渡辺綱や弁慶のような無骨な武士とは似ても似つかぬ、みすぼらしい役人侍でした。国芳の描いた刺青が江戸町人に大受けして、イレズミが大流行したそうです。

蛙、鮫、鯉、それに猫が絵の題材に選ばれており、猫の百態、美人と猫の組み合わせの絵は見入ってしまいました。布袋さんの4コマ漫画は面白かったです。布袋さんが歩いていると子供たちがからかい半分寄ってきて、挙句の果てには、大きなひょうたん頭で畳のほこり取りに使われてしまい、さすがの布袋さんも、和服姿の人形の被り物をして、街を歩きましたとさ。チャンチャン。

美人画はさすがにきれいでした。「子供遊八行」では、仁、孝といった徳目のテーマを絵で表現していました。青色の濃淡で、水上と水中の断面の描き方はすごいと思いました。「きん魚づくし、ぼんぼん」では金魚を美女に見立てて描いていました。女性をつかまえようとしても、金魚のようにスルスルっと、かわされてしまいますよね。最後は尾っぽでパチンとぶっ叩き、男のもとからツンツン去っていきます。

カエル、ガマ・・・・・・とくれば、

旺文社の和歌森太郎著「よくわかる日本史」のコラム欄には必ずカエルが登場していましたし、なつかしのテレビ番組「仮面の忍者・赤影」にもガマの怪獣がたくさん登場していました。われわれは昭和の時代に、浮世絵を見せられていたんですね。

|

2011年5月27日 (金)

選抜総選挙に投票

今年のAKB48選抜総選挙は、中間発表で1位と2位が700票差と僅差ということで、投票権を獲得すべく、DVD+CD「everyday カチューシャ」を買いました。今回、初参加ですが、夏らしい国民的イベントということで。

携帯orスマホからアクセスして、シリアルナンバーと候補者名をチョイスし送信して終わりのようです。前田敦子さんに入れたのですが、結果が楽しみです。

ただヤフオクで10枚1組の投票券が売られていたり、新曲CDがアマゾン中古でもう売られていたり。興ざめしました。

|

2011年5月24日 (火)

吉野作造著「憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず」を読む

雑誌「中央公論」に大正5年、投稿された長文の著作です。憲政とは、「憲法を以てする政治」、「憲法に遵拠(じゅんきょ)して行う所の政治」という意味です。まずさっそく序言にこう書かれてあります。憲政を行う前提として、国民の智徳の問題がある。国民の智徳が未発達のときは、少数の賢者すなわち英雄に政治上の世話を頼むという、いわゆる貴族政治に甘んずるしかない。立憲政治でいくのか、貴族政治でいくのかは、国民の智識道徳の程度いかんによって定まる問題である。と・・・・・耳が痛い。

「憲政とは何ぞや」の要旨

まず憲法とは、次の2条件をもつ国家の根本法則のことである。

(1)普通の法律に比べ、一段高い効力を与えられていること。

闘争によってせっかく獲得した民権を保護するために、そうしている。

(2)人民権利の保障、三権分立主義、民選議院制度の3つの規定を含むこと。

居住移転の自由、信仰の自由、言論、著作、印刷、集会、結社の自由、所有権、プライバシー権といった、基本的な国民の自由は他者から干渉を受けない。ただし代議士が法律の形で、国民の重大な権利自由の議定に容嘴(ようし)することができる。

|

2011年5月22日 (日)

劇団四季アイーダを観て

昨日は大阪梅田駅前にある四季劇場で「アイーダ」を観ました。チケットは医師会で購入しました。私が東京に住んでいたころから劇団四季のチケットは人気で、なかなか入手できないと聞いていたもので、生まれてはじめて観ることができました。

劇団員のよく鍛えられた肉体美と歌唱力はすばらしく、なかなか楽しませていただきました。エジプト将軍の息子と、植民地ヌディア王女・アイーダが禁じられた恋に走る物語です。現実に帰って考えれば、女スパイにまんまとやられたトホホな国王後継者の物語ということになりますかな。

せっかく生捕りしたアイーダの父・ヌディア王を逃がした罪に問われて、アイーダと次期国王候補者は生き埋めの刑に処せられます。二人一緒に。その二人が生まれ変わって、ニューヨークのメトロポリタン美術館で再開するシーンで終わります。アンコールが3回以上あって、最後も盛り上げてくれました。

そろそろAKB48総選挙の季節になってきましたね。今年こそは、50前のおっさんも前田敦子さんに1票入れるべく、新曲「カチューシャ」の予約を済ませました。

|

2011年5月20日 (金)

内需拡大の具体策

赤字国債の額が増えるから少しでも国家経費を削減すべく、政府は構造改革を推進しています。中野先生の論によれば、

貿易輸出を増やしても国内雇用とデフレはさらに悪化する。大企業の儲けは日本国の利益と一致しなくなっている。貿易収支が黒字なのは、大企業が投資する先が見当たらず、貯蓄しているため。法人税引き下げはもってのほか。一般国民の不景気感は増すばかり。

ギリシャと違い、国債は外貨立てではなく円立てだからすぐに破産することはない。

船に乗り遅れるからTPPに参加せねばならないという論法は、過去、戦前の日独伊三国同盟のときも言っていたセリフ。全体主義思想である。

インフレに留意しつつ、デフレ解消すべき。ハイパーインフレは非常事態でもない限り起きないので当面心配は杞憂。

デフレを早急に解決すべき。内需依存率の高い日本では、内需拡大しかない。日本がデフレを脱却すれば、国際景気も好転する。日銀による国債買い付けだけでは、もはやデフレを脱却できない。政府が多額の投資を行わずして、民間企業がそこまでの投資はできない。

かんぽの宿のようなハコものばかり作っても、公務員の天下り先しかならないようなので、国内雇用拡大を大いに期待できるような内需拡大策が必要なようです。博士浪人を多数雇用して、リーディング大学院のような、国政に貢献するような施設づくりも一案です。漁業だけじゃなく、農業の国営化はいかがでしょうか。アメリカが穀物増産政策の影響で、地下水が枯渇しているようですから、飲料水と電力確保目的でダム建設もGoでしょう。八ッ場ダム阻止は政府が国際経済情勢についていっていない証拠のようです。時代遅れの新自由主義経済理論を妄信せず、「第三の開国」宣言によって日本がまだ鎖国しているという誤った悪印象のメッセージを世界に発信するようなヘマは決して起こさず(洋学・蘭学・鎖国・開国のお勉強はきちんとしましょう)、アメリカや中国の顔色ばかり伺う必要はまったくない。

|

2011年5月18日 (水)

「TPP亡国論」を読んで

TPP亡国論

TPP亡国論
著者:中野剛志
価格:798円(税込、送料込)
楽天ブックスで詳細を見る

中野剛志先生の本です。原発メルトダウンの犯人と目される菅直人首相は、東電倒産&被災者賠償問題を早々と片付けて、昨年からオバマに残された宿題であるTPP関連法案可決に移りたいのでしょう。これはアメリカ黒船が日本に向けて放った最終号砲になるはずです。TPP法案が通過したら、日本はもう終わりでしょう。彼はアメリカからは功労者、日本からは売国奴と呼ばれるでしょう。

FTAではなく、なぜTPPなのか?アメリカが議長さんで、工業輸出の見込めない開発途上国とグループを組まされて、おまけにアメリカ主導でデフレが維持~増強することになります。FRBと日本銀行が手を組んで、ドル安円高の為替で貿易収入をさらにアップしたいアメリカ。黒船来航による開国以来、不平等条約つまり関税自主権を獲得するためにがんばってきた明治日本の血と汗があっという間に水の泡に帰することになります。アメリカから一方的に農産物や工業製品が無関税で日本に雪崩打てば、はい、それま~で~よ!

農業・漁業は即死です。経団連は、自国の工業製品が売れると言っているが、まったくウソ。日本製品を買う気などさらさらないアメリカと、輸入するカネももたない国相手に、まして放射能をもってるのじゃないかとウワサされているのに、輸出品が売れるわけがない。

|

2011年5月16日 (月)

「誰が殺した?日本国憲法!」 vs 「青い山脈」

倉山満氏が、「誰が殺した?日本国憲法!」という著書を、今月末、講談社から出版される予定です。まったくセンセーショナルな題名です。

日本国憲法に賛美されている「民主主義」の宣伝普及のための映画こそ、昭和24年封切りの「青い山脈」でした。銀幕大女優・原節子さんのセリフにこういう一節があります。

「家のため国家のためということで、個々の人格を束縛して、無理やりにひとつの型にはめ込もうとする。日本人の今までの暮らしかたの中で、一番間違っていたことなんです。」

福澤諭吉先生曰く、「国なく人なければ、これをわが日本の文明と言うべからず。」「一身独立すれば一国独立す。」国家の価値>国民の価値なのです。現憲法のように国家の価値<<国民の価値では決してありませんでした。日本国憲法こそ少子化の遠因であると私は以前から思っています。国民は国家という形で、恩恵を子々孫々にもたらすことができます。国家がなくなれば、一代限りで「はい、それまで~よ!」でしょう。

吉野作造氏「大正デモクラシー」の流れを汲み、「真の保守」の旗を振る倉山満氏の憲法論は必ず読むつもりです。国の有様を嘆いておられる皆様もぜひ一読をおすすめしたいと思います。

青い山脈♪

http://www.youtube.com/watch?v=xJDCm64_OnA

|

2011年5月15日 (日)

神戸ジャズヴォーカルクイーンコンテスト

今日は、ジャズの祭典KJVQCに行きます。三宮にある神戸朝日ホールで15時開演です。

19時半に閉会し、友人と西宮北口駅の居酒屋で感想を述べ合い、いま帰宅しました。研伸館英語アイドル講師、井芹友香さんは落選しました。愛称イセリン。かわいい曲なら似合うのではとの審査員のコメントでした。セミプロのシンガーばかりで、グランプリは夢のまた夢。

シアトルは神戸市の姉妹都市で、シアトルから招待されたシンガーもよかったですね。KJVQCは11年前からB面神戸・新開地で開催されていたのが、今回初めて三宮で開催されることになったそうです。

|

2011年5月 8日 (日)

福沢諭吉著「文明論之概略」を読んで

「学問のすすめ」の続編といわれる本著です。教養のバイブルとされている名著を、混濁の世に読む意義は深いと思いました。

混濁よ其れ人の世か 紛乱よ其れ世の様か

されど悲歌せじ徒らに 我らの使命重ければ

街の叫びをよそにして 永久の理想に進まなむ

文明論之概略

文明論之概略
著者:福沢諭吉
価格:1,470円(税込、送料込)
楽天ブックスで詳細を見る

前著「学問のすすめ」の中での基礎知識

権理通義=理(自然法則)を権(はか)り、義を通す。朱子学で言う性即理とは性(人間の心の本性)を研究すれば、理(世の中の仕組み)がわかるということ。東洋では理の習得めざして心の研鑽に努めるだけであったが、西洋での理の研究は、仮説を立てて証明を一つ一つ重ねていくという帰納・演繹法をとった。

権↔礼  権とは君子が手心を加えてさばくこと。小人がやると世が乱れるのでやってはいけない。礼とは一切の例外を認めず、決めた規則を厳守すること。融通が利かないのが難点。

第一巻の要旨

文明とは、その国民の精神的成熟度が具現化したもの。外国文明を取り入れるときは、難を先に、易を後にせよ。何千年とかけて培われた精神spiritは一朝一夕に変わることがなく、文明を易きところから輸入すると、自らの精神spiritに適合するかどうか、わからない。輸入相手の精神spiritをよくよく吟味してから、輸入しなさい。

*私の意見:spiritを具体的に考えてみるとこうなるかな。

日本 → 大倭・筑紫・大和(ヤマト)精神=和 (古くはヲシテ?)

アメリカ合衆国 → ピルグリム精神

ヨーロッパ諸国 → フランク精神

インド → ウパニシャッド哲学 (古くはマヌ法典)

中国 → 中華精神

イスラム諸国 → イスラム精神 (古くはゾロアスター精神)

第二巻の要旨

文明すなわち智徳の深さは、智者一人だけをみて論じてはいけない。全体をみて論じるべきだ。国家の文明はときに深くもなりときに浅くもなるものだ。しかし、統計学確率論的観点からみれば、文明の深浅を論じることができる。やぶ医者は目につきやすい近因だけを治そうとし遠因を治そうとしない。名医は見えにくい遠因も見通して治療するものだ。だから文明を論ずる場合も、近因(物質文明)だけを見るのではなく、遠因(精神文明)まで見通して論じなさい。その時代時代の時勢(社会における文明の平均的高さ)に応じて、せっかくの智者を生かしもするし、殺しもする。智者も智者で時勢を悟らず、無駄に嘆いているだけだ。悪い政治家が出るのは、その政治家の責任じゃないよ。衆論(社会の智的レベル)が悪い政治家を生むんだよ。いったん権力を握った政治家は衆論に媚びて政権を保とうとするものだ。衆論の強弱は、人数の多い方が勝つのではなく、智力の合計が多い方が勝つのだ。また、せっかく智徳が備わったすばらしい衆論があっても、組織だった徒党を組まなければ、なんの効力も持たない。本居宣長も中井竹山も平田篤胤も滝沢馬琴も大田南畝も一度は徳川御三家の「御威光」に逆うような批判をしたのに、いったん政府側の官僚に抜擢されるや否や、幕府の犬となり、せっかくの智力を生かせなかった史実を見てもわかる。衆論の力は、智者ひとりの力ではなく、名もない賛同者みんなの力なのだ。沈黙は金という日本人の習慣を捨て去り、いまこそ議論を戦わせるべき時なのだ。

第三巻の要旨

智intellectと徳moralには次の4つがある。

私徳=潔白・謙遜・律儀など一身上だけにとどまる徳目

公徳=廉恥・公平・中正など社会における徳目

私智=ものの道理を究めようとする働き

公智=社会的事案の軽重大小をわきまえ、重大を先に、軽小を後にし、タイミングを計ることができる働き

智力に劣る民、無知無学の小児にはまず、私徳を教えることが重要です。徳は不要だと教えると、智が大事なんだと勘違いして、しかも自分勝手な私智に走ってしまう。究極の教育目標としては、私徳よりも公徳、私智よりも公智を教えることが大切です。有徳の士が社会と交わらず智を追求しない態度は、悪人ではないものの、無用の愚者と言ってもいい。本来、「徳義の風化」といって、徳は言葉で教えるものではなく、師自ら態度で示すものである。徳は無形ゆえ試験することはできない。自称・有徳の士の心の中なんて何を考えているかわかりゃしない。対して「有形の智教」といって、智は形で教え、大いに社会に発表すべきものだ。徳は古今東西変わることはないが、智は日進月歩する。智は有形ゆえ、試験することができる。世にいう実学がそうで、算数は計算させてみる、航海術は船を操縦させてみる、商いは商売をさせてみる、医学は患者の治療をさせてみる、経済学は貯蓄額の多さをみるといった具合に。自称・経済学者が破産したり、自称・航海術師が船を操縦できなかったり、自称・大学外科教授が患者を死なせてしまうという事態は言語道断だ。徳無くんば智無し。智無くんば徳無し。智も徳も文明の両輪として大切なものだ。

第四巻の要旨

ものごとには時と場所を間違えると失策するように、智徳も実践すべき時代と場所をわきまえなさい。太古の昔、民は天災天幸がなぜ起きるかわからなかったので、恐怖したり喜悦したりを繰り返すしかできなかった。同様に強大な力をもつ酋長が民を苦しめても楽にさせても、どうして酋長がそうするのか理由が民にはわからなかったので、「君長の恩威」といって、民は酋長を天子(天の子ども)と崇めることしかできなかった。君長の気持ちひとつで民の苦しみは重くもなり軽くもなり、天災天幸と同様、褒罰に喜悦し恐怖するしか手立てがなかった。こんな時代に民に向かって智恵を身につけよと言う事はかえって社会の害になるやもしれぬ。「野蛮の太平」といって、君長のみが徳を身につけていれば、たとえ智恵が浅くとも世は治まったものだ。こんな時代には、徳義のみが重要で、智恵の入り込む隙間はない。

人文が開花し智力が進歩すると、民の心に疑いが生じ、ものごとの真の原因を探ろうとし、たとえ原因がわからなくても工夫を加えるようになり、天災や鬼神をやたら恐れるような幼稚性を失う。いまや民は精神の自由を受けたのだから、どうして身体の束縛に甘んじてよかろうか?民は国君が何者かを察して、その恩威とはなにかを詳細に調べ、賄賂など私恩は断り、暴力に対して恐れず、天の道理のおもむくままに生きなさい。たまたま君長として生まれたに過ぎない者を媚びへつらったり恐怖喜悦することなく、智力を備えもった者は自らの道徳に従って生きなさい。

国君(天皇)、代議士といえど、我々と同類の人間なんだから、徳を私に説く筋合いはない。そんな太古の昔では今やないのだ。私自身が身につけようと思って身につけた徳を、「無形の徳化」といって、態度で他者に示すことは社会に役に立つだろうが。一国の君主を「聖明」と仰いで拝むなんてナンセンスだ。君主がなにを考えているかなんてわからないよ。

*私の意見:福澤諭吉は不敬罪スレスレですね。

文明の太平」といって、文明が進むにつれて、智徳の量も増し、公智公徳の行われる土地が拡大し、土地を争ったり、刑法も不要となり、借金に追われることもなく、盗難など犯罪もなく、戦争もなくなるだろう。家庭の中も、国家の中もこうして太平となる。

*私の意見:そんな馬鹿な!世界には想像もできない極悪人が共棲している以上、天下泰平は実現しない。悪人の罠を見抜く智力の養成こそ肝要なりと私は思う。

そもそも徳義は情愛のある場所で行われるべきだ。それは家族しかない。従兄弟にいたっては他人の始まりである。君主のために忠臣が切腹したり、自分の親子を殺したりするのは、本当は自分のためである。富者が貧民のために病院を建てるのも、自己満足のためなのである。いずれも従兄弟以上血筋が離れる場所で、これら徳義を行っていると勘違いし続ける者は、徳義に苦しめられる奴隷といってよい。公の場では徳義ではなく、規則によって裁かれるべきだ。規則は悪人による悪をとどめるためのものであり、善人を保護するためのものである。何千年後かに訪れるであろう文明の太平がくるまでは、今の世には規則が必要である。人智が進むにつれ、世の事務は繁多になり、規則は増加する。規則を破る術も巧みになるので、規則も密にならざるを得ない。規則は無情で徳義に反するという印象が強いかもしれないが、恩恵をこうむることも多いものである。

*このあと世界史概説がつづく。明治初期よりはるかに詳細に判明した、平成の世界史を学ぶほうがいいかも。西洋の歴史を美化しすぎている。実在人物の評価は歌舞伎役者のようには白黒はつけられない。

第五巻の要旨

日本は西洋に比べ貧しいのはなぜか?財が乏しいからではなく、財を蓄える智力に欠けるからだといえよう。智力は持っている。ただ開闢以来、財を生む階級と財を費やす階級を二分する社会構造のせいなのだ。財を生むだけではダメ、財を費やすだけではダメ。各個人が財を生んで費やさなければ、経済は発展しないのだ。習慣というものは恐ろしいもので、日本人は他人にペコペコすることを恥とも思わないなんて、性(人間の本質)にまで影響が及んでいる。まあ仕方ないと思うけど、西洋じゃありえないね。西洋にも日本にもいろんな階層が存在することは同じだ。しかし、西洋では均等にばらまかれて各階層が自由であり、お互いに相手を生かすような社会構造だ。対する日本は、「権力の偏重」といって、上層が絶対権力を持って下層を殺し上層に這い上がってこられない社会構造になっている。しかも江戸時代には、徳川将軍家の既得権益を長く独占する目的で何千と細分化された階層に閉じ込められ、各階層がお互いに交流が持てず、才能があるのに生まれた家柄によってその才能が生かせなかった。まったく最悪の事態である。たしかに自由は不自由な環境に置かれて初めて生まれるものだ。西洋のように不自由なれど各階層が平均的にばらつきがある社会構造なら、まだ自由が生まれる余地がある。しかし日本のように、(ほんの一握り少数の)勝者が、(大多数の)敗者を絶対権力で抑圧し奴隷化する場合は、自由が生まれる余地など残っていない。下層は上層の奴隷にすぎない。

財を成せる者は、財に見合った智力を身につけなさい。智力が伴わない上流の人は、つまらないものに浪費する癖が付く。美徳たる活発敢為とは程遠い。智力が伴わない下流の人は、なににカネを使っていいかわからず、貪欲ケチになる。美徳たる節倹勉強とは程遠い。

学問もまた然り。上層の武士は戦乱のため落ち着いて学問を修めることができず、後鳥羽上皇の宣旨が読めず、領内の農民わずか一人だけが字が読めたという、由々しき事態も起こった。下層は家業に追われて学問どころではなかったことは周知の事実であろう。平安時代は上流貴族だけしか学問に触れられず、鎌倉時代になってようやく民間に儒学者が出現したが、彼らは政府に登用され、人民の中に学者は生まれなかった。戦国の世には、仏寺に儒学者が身を寄せたのだが、もともと仏寺は官の建立物であり、仏僧は官吏であって、結局儒学者も江戸幕府に登用されてしまい、(林羅山は身分が低く幕府と距離を置いて付き合っており、ちったぁ見込みのある人物と思われるが)、学問は独立の地位を築くことができなかった。僧侶は政府の奴隷であり、信者が拝んでいたのは仏教の光明などではなく、政権の威光である。僧侶が戒律を破ったという咎めで、政府に逮捕されて市中引き回しの上、流罪になったことがあった。また政府が僧侶に妻帯肉食を許可するおふれを出したこともあった。戒律を破りたくないからではなく、政府の許しがないから妻帯肉食はやめてましたなんて、日本に宗教なんかないと言ってもいいんじゃないの。本来学問を修めるべき立場の武士たちが戦乱に明け暮れ学問を修めず、専らこんな僧侶に学問をゆだねてしまったことは、学問に対する恥辱と言わざるを得ないね。

西洋にも戦乱があり日本と事情は同じだったが、そのあとがちがう。西洋では人民の間に学問が起こり、学問は官私の別なく学者の手にゆだねられたのだ。日本の場合は、政府の中に学問が起こり、学問は政治の一部となってしまい、独立の地位を築けなかった。

*私の意見 かくして慶応義塾は明治政府の要請に応じず、私立学校として学の独立を図りました。しかし、人材が官に流れず官吏が悪質になれば元も子もない。横井小楠が唱えたように、学は官から独立を保ち、かつ学が官を教授するシステム構築を望みます。現行の官・民・学共同はとかく学が官民の下僕と化し独立を保てないことに変わりないので、最悪のシステムだと思います。小楠曰く、「官がつくった学校が、これはという人材を輩出したことはない。」 独立した学はカッコイイんですが、官の目が行き届かない分、とかく反日思想家の逃げ場・温床・たまり場となります。幕末・明治の人たちが現状の日本を見てどう思うだろうか?

第六巻の要旨

ここまで考えてみると、日本の文明は何から何まで西洋文明に及ばないという結論に達せざるを得ない。いまの日本人は先祖代々から受け継いできた重荷を下ろし、文明開化を急速に進めることで、ほっと安息を取っている状態だ。西洋の学芸をいろいろ輸入してみてはいるが、いっこうに人民の品行は悪くなっていく一方だ。

皇学を奉じる識者は、昔に戻れと宣伝しているが、誤りである。もともと人民は天皇を直接仰ぎ見て生きてきたことがあるだろうか?天皇に謁見を許された少数の封建君主を見てきたにすきないではないか。封建君主を天皇に入れ替えて、人民を再び未開の状態に戻そうとする動きは断じて許してはならない。

また神仏敬拝を失い人心荒廃した日本人の道徳観をキリスト教に入信させることで再構築すればいいという識者がいる。しかし、世界を見てみなさい。もし彼らのいうとおり、神の前の平等を説くなら、なぜクリスチャンが国に分かれて戦争を繰り返し、植民活動を続けているのだ?自国の権理通義を伸ばし、自国の民を富まし、自国の智徳を修め、自国の名誉を輝かそうと努力する者を報国心と呼ぶ。報国心は一国に身を捧げ、一国を独立させることだ。政治を宗教色一色に染めて治めようとするクリスチャンは間違っている。元来、宗教は一身の私徳に口をはさむべきものであって、国のことに口出しをすべきではないのだ。

漢学者が、昔の孔孟を持ち出して人民を治めようとしているが、時代遅れもはなはだしい。同じことをいまここで繰り返しいうつもりはない。

いま人民は休息を取っている場合ではない火急の事態に陥っていることに目覚めよ。それは不平等条約をはじめとする外国交際(外交)の問題だ。国家が貧しくなる原因は、天然資源が少ないからではない。資源を加工する工業が劣っているからだ。

(1)資源の豊富な国から原料を輸入して、自国で生産した加工品を輸出しなさい。

(2)自国の人民を他国に入植させなさい。

(3)外国に余った資本を貸し付けて、利息を取りなさい。

日本はすでに外国(とくにイギリス)に金を借りてしまっていることが私は気になっている。

*実際、英国から借りた外債を完済するために、日本は日清・日露戦争を英国の肩代わりさせられたにすぎない。初めから近代日本は米英に完敗であった。

以上は外国交際の経済面の話だ。では品行面の話をしよう。人民同権の説を唱える識者(中江兆民や植木枝盛のことか)がいる。しかし、彼らは人民を支配していた武士階級なのだ。彼らの説には核心が欠けている感は否めない。虐げられてきた階級の人たちも党に加えなさい。

外人が来日して日が浅いにもかかわらず、日本に与えた経済的ダメージが大きいことに大部分の日本人は未だ気づかず、外国に対して権力を争おうとすらしない。彼らがなしている植民地活動をみるにつけて、日本の危機を感じざるを得ない。無法者の外国相手に、天地の公道なるもの(万国公法)で対応しようとするのはなんと言う勘違いか。ひとりひとりの人間同士の付き合いと、国同士の付き合いを混同している勘違いも見ていられない。臥薪嘗胆で今の不利な外国交際と立ち向かえ。

徳川時代の何百倍もの重荷が自らに覆い被さっている大変な時代であることに、人民は早く気づきなさい。人民の品行を高くするということは、修身の徳義を敬し、休まず働くということに他ならない。日本人を文明に進めるのは、日本を独立させるためなのだ。国の独立が目的であって、国民の文明は手段なのだ。国なく人なければ、これをわが日本の文明と言うべからず。

|

2011年5月 6日 (金)

アウトローたちの賛歌

野坂昭如氏は戦後の学制改革で、旧制新潟高等学校を強制中退させられて、社会の辛酸をなめてこられた作家です。大島渚氏は新制京大を出て、左翼運動から映画ヌーベルバーグ運動を推進してこられた映画監督です。飾り気がない生き方に男のロマンを感じています。ともに大衆の立場から親の七光り政治家やキャリア官僚に物申す貴重な方々です。ともに脳梗塞と戦っておられるとのこと。がんばっていただきたいと陰ながら気にかけております。

http://www.youtube.com/watch?v=n1CNy0eIzuY

黒の舟歌

http://www.youtube.com/watch?v=DXhdgOI_tXk&feature=related

|

2011年5月 5日 (木)

明石市立文化博物館の親鸞展をみて

GW最終日は、JRで明石に行ってきました。明石城横にある明石市立博物館で親鸞展をやっていました。

110505_121331

京都市美術館の催しは原本が多く、こちら明石は複製が多かったように思います。親鸞の生涯がよくわかる展示になっていました。越後、関東の寺からの展示物は、貴重な原物がありました。

親鸞は藤原氏の流れをくむ、京都・日野氏の生まれでした。

後鳥羽上皇の娘を、親鸞の弟子が出家させたことに、後鳥羽上皇が激怒し、専修念仏を禁止し、法然は土佐へ、親鸞は越後へ流罪となりました。その流刑先の新潟県浄興寺から、実際に親鸞が背負った笈が実物展示されていました。茨城県光明寺からは、二股の杖が、茨城県専照寺からは、有髪の親鸞像が展示されていました。いずれも貴重な品です。

法然も親鸞も、最初は関東・北陸地方中心に信者を増やしました。農民・漁民は言うまでもなく、鎌倉幕府の武士たちからも信者がたくさん出たことが、後世の浄土宗・浄土真宗発展の原動力になりました。さらに東日本から、四国や南九州へ平家の落人がたくさん亡命しましたが、彼らの阿弥陀仏信仰も後々影響が大きかったと思います。

妻・恵信尼は越後・三善氏の出身で、京都で親鸞と知り合ったようです。法然と親鸞が初対面で出会ってまもなくのことだったようです。恵信尼は流罪が解けて、京都に親鸞が戻る際、一緒に付いていきませんでした。京の人から好奇の目で見られるのがイヤだったのか?悲哀を感じました。

貴族以外のほとんどの民衆は極度に貧しく、無学文盲の民衆を救うため、難行と難解な経の多読によってあみ出された、易行の浄土真宗でした。息子・善鸞の邪教入信事件や、本願寺の東西分裂など、教義の自由さゆえのトラブルが絶えませんでした。

|

2011年5月 4日 (水)

映画「阪急電車」を西宮ガーデンズでみて

連休2日目の今日は、本場・西宮北口駅にある西宮ガーデンズで、映画「阪急電車」を見てきました。感想を一言で言えば、

現代版 女大学!

女子大学ではありません。「おんなだいがく」と読みます。この言葉の意味を知ることは大事な教養です。宮本信子出演の代表作といえば、夫・伊丹十三監督の「マルサの女」ですよね。現代風刺の映画によく出演されていますので、今回もそんな感じの映画でした。小学生孫の女の子に向かって言う彼女のセリフに

「気のすむまで泣くのはいい。でも、涙を止められる女になりなさい。」

というのがあります。女性が泣いて気を晴らすのは女の性で仕方ないにせよ、いつまでも泣いてメソメソするような昔の弱い女性にはなるなという教えでしょう。掠奪愛に遭う中谷美紀、DVに耐える戸田恵梨香、家計が苦しいのにPTAザマス族・おばさんに高いランチを付き合わされる南果歩、田舎なまりで関西学院大学の学生生活に溶け込めない勝地涼、テンポが遅くて好奇心旺盛な谷村美月。彼らが織りなす、あらゆる年齢層の女性ライフ像がみていて面白かったです。

阪急電車は神戸山手を走るエレガントな路線です。エレガントの裏には、マグマのような見えない悩みや葛藤が渦巻いているという設定が新鮮でおもしろかったですね。

|

2011年5月 3日 (火)

兵庫県立歴史博物館を訪ねて

ゴールデンウィークの大渋滞は恐るべきものでした。いつもはガラ空きの有馬温泉への裏道が神戸ナンバーの大行列。1時間以上かけてようやく中国自動車道に乗れたかと思ったら、山陽自動車道の姫路から先30kmと、渋滞情報表示あり。岡山の吉備津神社を目指していたのですが、急遽予定変更して、姫路で降りることにしました。姫路城は現在改築中。県立歴史博物館に2時間半かけて到着。

ああ白陵の春の宵 惜春の譜の流れきて

寮の灯おののけば さびれを慕う男の子らが

若き命の燃ゆるかな

http://www.hakuryokai.jp/kouka/kouka_2.html

110503_132521

偶然、宝塚歌劇の特別展をやっていて、見てきました。

「宝塚歌劇~咲きつづけて一世紀~」

http://www.youtube.com/watch?v=fFhKx0iT-A0&NR=1

宝塚はやっぱり、ベルサイユのばらしかないっしょ。鳳蘭、汀夏子、初風諄・・・うーん、なつかしい。マリーアントワネット役は初風諄がベストだなぁ。黒木瞳、遥くらら・・・みんな美人で好きだったなぁ。

2階のカフェレストランでランチしたのですが、ひれカツカレーを頼んだのに、さんざん待たされた挙句に来たのが、ただのカレー。値段を下げてもらって食べましたが。

常設展はショボイ!入場無料だし、姫路城や近世史の解説ばかりで、古代史コーナーがない。常設展の図録は見当たらず。見どころは白鳳時代の仏像くらいです。

鶴林寺 聖観音立像

110503_144500

平安時代の仏像も見ごたえがありました。

文常寺 聖観音立像 

110503_144516

|

2011年5月 1日 (日)

法然展と親鸞展を観て

京都で同時開催されている法然展と親鸞展を観に行きました。ともに鎌倉時代の代表的な日本人精神文化です。阪急河原町烏丸を下車し、地下鉄で御池乗り換え。東山を降りて、都メッセや平安神宮と隣接する、京都市美術館の親鸞展に行きました。

親鸞は1173年に生まれ、比叡山の天台宗を学び、29歳で法然に入門。待ったなしで恵信尼と結婚。35歳で、専修念仏が異端視されて、越後に流罪となります。そのころ、「教行信証」を著しました。平安時代以来、修行にはげむ天台宗と対立を招きました。念仏で救われるなら苦労はいらないからでしょう。

中国の宋では仏教が弾圧されたり、異民族の度重なる侵略を受けたりで、三蔵法師のころの大乗仏教が変質衰退をきたしていました。釈迦本来の行いと言葉をまねようとするのが、禅宗です。少林寺拳法もそのひとつです。ですから、禅宗は薬師如来だの菩薩だのは一切拝まず、ただただ釈迦如来のみを拝みます。キリスト教で言う宗教改革=新教プロテスタントブームみたいなものか。禅宗がベースになって、恵心僧都(源信)が「往生要集」のなかで、専修念仏を説きました。

親鸞の浄土真宗は専修念仏をベースに、長野・善光寺信仰と聖徳太子信仰が加わって成立しました。

恵信尼の貴重な肖像画をみましたが、正統派尼僧という感じの人でした。東山から地下鉄一駅もどって三条で京阪三条に乗り換え。京阪七条を降りて坂をのぼり、京都国立博物館に行きました。二つ行けば300円割安になります。

法然は1133年、岡山県美作に生まれ、13歳で比叡山にのぼりました。かなり優秀で将来を見込まれての比叡山入りでした。徐々にいろんな疑問が生じ、18歳のとき比叡山を逃亡して念仏を唱える隠遁生活に入りました。善導の「観経疏(かんぎょうしょ)」にものすごく感動し、1175年、専修念仏を悟り、浄土宗を開きました。その後、東大寺から来てくれという誘いを断り、重源を推挙しました。重源はのちに臨済宗を開いた栄西とともに宋に留学しています。

法然はいろんな文化人や実力者と交流がありました。しかし、「選択本願念仏集」の中で、専修念仏を高らかに宣言し、他の宗派と一線を画しました。須磨一の谷の戦いで幼い平敦盛を斬った熊谷直実が法然に帰依。後鳥羽上皇の剃髪をおこない、罪に悩める親鸞に教えを説きました。

天台宗の反撃にあって、土佐に流罪とされましたが、行く先々で信者が増えるばかり。浄土宗は弾圧すればするほど、訪問先で信者が激増しました。

天台宗はもともと法華一乗といわれるだけあって、阿弥陀仏信仰がさかんでした。難解な密教をも併せ持つ宗派でしたが、法然は天台宗から変化して、文盲の民衆にわかりやすい救いの道を開きました。念仏1万回唱えた平民信者たちの名前が書かれた書が、阿弥陀仏の体内から発見されたことは大きなニュースになりました。

|

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »