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2011年4月27日 (水)

国宰と国司、公心と私心

国宰(くにのみこともち)=国、つまり古代日本では天皇の詔勅(=命令)をあずかって、地方に派遣された官職のこと。地方には一時滞在しかしない。詔勅を地方高官(=豪族の長)に伝えて終わり。大宰府とは国宰の中枢機関のことです

国司(くにのつかさ)=国、つまり古代日本では天皇が派遣し、天皇に代わって地方政治を行う官職のこと。地方に長期間滞在する。既得権益をめぐって地方高官(=豪族の長)と内戦に陥るか、地方高官と癒着して悪事を行うか、どれかひとつを選択。

701年、大宝律令で文武天皇は、国宰を廃止し、国司を制定しました。若く死んだ帝のあとを継ぎ、元明天皇は国道、駅伝、貨幣交換、貨幣貯蓄の奨励といった平城京の経済基盤を整備しました。一方では、藤原京や大官大寺を焼くといった反対勢力(=九州王朝の残党)の排除にも努めました。元明天皇は、唐を滅ぼして周を興した則天武后(そくてんぶこう)を手本にしましたですから、粟田真人は遣唐使ではなく遣周使です

評制から郡制への移行に伴い、

国宰 (くにのみこともち) → 国司(こくし=くにのつかさ)

評督(こおりのかみ) → 郡司(ぐんし=こおりのつかさ)

助督(こおりのすけ) → 里長(りちょう=さとのおさ)

帝(みかど)は私心(わたくしごころ)がなく、公心(おおやけごころ)があるとされています。小さい頃から、そういう帝王学を学んでいたからです。しかし、万能の神ではなく人間ですから、できの悪い帝もいても当然です。怒られるかもしれませんが、あえて言わせてもらえば、フリードリヒ大王や中皇命(なかつすめらみこと)や天武天皇に比べ、一億総玉砕の体制下に置かれた昭和天皇はそうではなかったと思います。しかし少なくとも公心は常にお持ちであったはず。公心の中から出た命令は、地方に幸せをもたらします。私心から出た命令は、地方に災いをもたらします。

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