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2010年5月 4日 (火)

阿波踊り

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「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、よいよいよいよい。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。」「やっとさぁ。(=やっとるか?)」「やっと、やっと。(=やっとる、やっとる)」徳島市にある眉山ロープウェイの駅ビル、阿波おどり会館に生まれて初めて行ってきました。阿波踊りは、一向宗の念仏踊りが起源だとも、盆踊りが起源だとも言われています。幕末に流行した「ええじゃないか」踊りも徳島が日本一激しかったようです。盆踊りの型は単純に右手右足、左手左足を同時に前に出す「風」が基本で、のちにパッパッと手さばきよい「花」、体をくねらせて手足を繰り出す「鳥」、腰をかがめて盆休みに帰ってくる先祖の魂を慰めるべくゆっくり踊る「月」が生まれました。

盗賊の蜂須賀小六が豊臣秀吉に仕えて出世し、その子、家政が阿波藩の大名を務めました。江戸時代早々、歌舞伎ブームも手伝って、異形(いぎょう)の衆が町を踊りながら練り歩きました。あまりの加熱ぶりに、殿様も捨て置けず、7/14~7/16の3日間だけに許可限定したり、踊りを城外ですることを禁じられていた武士が頬かむりして町人と一緒に踊らないよう、頬かむり禁止令を出したりしましたが、阿波踊りブームは加熱の一途をたどりました。

阿波踊りのグループは「連(れん)」と呼ばれ、組長は「連長」と呼ばれます。のんき連、阿呆連、殿様連、天水連、阿波連、水玉連、ゑびす連、娯茶連、蜂須賀連、酔狂連、平和連、うきよ連などなど、極めつけは、ふりこまれん(=振り込まれん、振込詐欺防止)といったユニークな名前がついています。私が連を新たに作るとしたら、「山川世界史連」を結成して全国からファンを募りましょうかね。

フリードリヒ大王の身なりで、笛とプロイセンの小旗を振って踊ってみたい。しかし私は戦争賛美者ではない。18~19世紀は大砲と銃剣歩兵主力の戦争であった。歩兵はいつもアルコールを常飲して酔っ払っていたという。まともな神経では敵の弾丸の標的にはなりえまい。

歴史書懇話会の唄 「神保町は本の町♪」 

神保町にはよく行きましたね。大手ビルでは三省堂、書泉グランデ。小さな古本屋が表通りや裏通りにびっしりあって、東邦書籍、冨山房、○○書店もファンでよく通いました。御茶ノ水駅前には丸善があり、駿台予備校生であふれていました。まさか自分が今、歴史書ファンになるとは、爺さんになったもんだ。

http://www.hozokan.co.jp/cgi-bin/rekikon_blog/sfs6_diary.cgi?action=article&year=2008&month=11&day=08&mynum=182

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