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2009年8月22日 (土)

ルーブル美術館展をみて

行きたいと思っていた京都市美術館にやっと行けました。ルネッサンス人間主義の影響を多分に受け、目に見えたままを忠実に描写する手法は、現代絵画には見かけなくなっただけに200908221728000 新鮮さを感じました。写真がない時代でしたが、ハイビジョンカメラ並みの繊細さは、とても真似できないすばらしさです。阪急、地下鉄を乗り継いで平日の金曜12時過ぎに到着。聞いていた大混雑はさほど無く、ゆっくりと観ることができました。大きな絵画は後ろから順番を待たずに観て、小さな絵画は列に並んでかぶりつきでじっくり観るのが、鑑賞のコツでしょう。肖像画では、フランスハルスの「リュートを持つ道化師」がよかったですね。何気ない表情の描写が、自然体で好感が持てます。表紙にもなったヨハネスフェルメールの「レースを編む女」は髪の毛や垂れた糸が1本1本描かれていて驚きました。写真ではわかりません。ピエールデュピュイの静物画「葡萄の籠」はみずみずしい葡萄の描写もいいのですが、こぼれた水滴が実物そっくりで、まさに芸術は永遠なりです。モデルとなった葡萄はすぐ腐っても、一瞬の美がキャンパスの中で半永久的に生きつづけるのは、なんとすばらしいことでしょうか。宗教画ですと、「法悦の聖フランシスコ」は信仰の世界へ吸い込まれる迫力を感じます。清貧のかがみ、聖フランシスコの伝記は、カトリック出版物でもっともすばらしいと思います。鳥や狼が彼の諭しに耳を傾ける逸話には感動をおぼえたものです。マザーテレサの法話にも、しばしば聖フランシスコが理想的な師として登場します。ジュンジュ・ド・ラ・トゥールの「大工ヨセフ」の、父ヨセフと、若きイエスの目は必見です。その潤いの瞳はなんでしょう。数枚の聖母の絵はいつみても美人ぞろいです。その当時で、一番の美少女がモデルに選ばれたのでしょうね。ヘンドリック・ファン・ステーンウェイクの「聖堂の内部」に当時の教会の様子がうかがえます。何人かの小人が描かれていますが、教会の仕事にたずさわっていたのでしょうか。デカルトの肖像画は、世界史や倫理の教科書でよく見かけましたね。ルドルフ・バクハイセンの「アムステルダム港」は、かつて世界の中心だったオランダ・アムステルダムの風景が描かれていました。なにせ灯台くらいしか高層建造物がありません。無数に並ぶ帆掛け舟の柱、柱、柱。細かく1本1本丁寧に描かれています。何年か先、ルーブルがやってくれば必ずまた観に行こうと思います。

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