福澤諭吉先生の展示を見に、天王寺公園内の大阪市立美術館に、トボトボと行ってきました。十代の福澤先生が蘭方医・緒方洪庵先生の適塾に通っていた頃、麻酔手術の開祖・華岡青洲先生の末弟が開いた、中之島の華岡塾(合水堂)の漢方医塾生としばしば喧嘩したそうです。貧乏だった福澤先生にとって、リッチな華岡塾塾生は腹立たしかったようです。酒をやめる代わりに、タバコをはじめたのに、結局酒もタバコもたしなんでしまった諭吉先生。着火点が低くて喧嘩っ早く、心は金ピカだけれども、みすぼらしい身なりのバンカラ(蛮カラ)であった福澤先生には親しみを感じています。「男児、笈(きゅう)を負いて集う至誠の寮=日本男児が寝泊りすべく、ふとんの竹籠を背負って集う、最高の徳である誠を主義とする寮」 福澤先生は、健康への心がけこそ、「一身独立して一国独立す」の実践であるとして、健康に気をつけておられたにもかかわらず、高血圧性脳出血を患われたことをみても、いかに短気かがわかります。適塾は大阪大学医学部、のちの東京大学医学部の前身であり、バンカラな塾生が、「ヅーフハルマ」と呼ばれたご禁制のオランダ語辞書に群がって猛烈に勉強し、くさいアンモニア実験をしたり、豚肉を食うついでに豚の解剖をしたりで、地元の大阪商人から嫌われていました。明治7年頃、東京の慶応義塾のほかに、大阪・京都にもそれぞれ、大阪慶応義塾、京都慶応義塾を設立していたことをはじめて知りました。どちらも塾生が集まらず、東京三田の慶応義塾だけが残ったそうです。ところが、東京三田に集まったのは「慶応ボーイ」と呼ばれる、リッチでハイカラな男子ばかりでした。あたりのいい秀才よりは、ごつごつした角の立つ鈍才のほうが私は好きです。福澤先生も本音はきっとハイカラ学生嫌いではなかったのかな。福澤塾長が慶応義塾塾生に訓示された「修身要領」はすばらしいのですが、ご自分の若い頃を棚に上げておられるようで、なんだかなぁと思いますね。でも教育勅語よりはずっといい。憲兵にあとを付け狙われていたのも、うなづけますね。ジェンダーフリーの先駆けとして紹介されていましたので、なんのことかと思ったら、夫の姓が原田、妻の姓が山田だとして、おのおの一文字ずつとって、いっそのこと「原山」にしたらどうだとのご提言。妻が一方的に夫の姓に変えるのは男女平等に反するとも。やっぱり、これはちがうんじゃないですかね。浄土真宗の大谷派とも親交が深かったとのこと、これもはじめて知りました。こちらがエーっと身をひくことも多い福澤先生ですが、漢文の造詣も非常に深いバンカラな先生のことがやっぱり好きです。
修身要領29箇条 福澤諭吉
1.人は人たるの品位を進め、智徳をみがき、ますますその光輝を発揚するをもって本分となさざるべからず。わが党の男女は独立自尊の主義をもって修身処世の要領となし、これを服膺(ふくよう)して人たるの本分を全うすべきものなり。
2.心身の独立を全うし、みずからその身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、これを独立自尊の人という。
3.みずから労してみずから食うは人生独立の本源なり。独立自尊の人は自労自活の人たらざるべからず。
4.身体を大切にし、健康を保つは、人間生々の道に欠くべからざるの要務なり。常に心身を快活にして、かりそめにも健康を害するの不養生を戒むべし。
5.天寿を全うするは人の本分をつくすものなり。原因事情のいかんを問わず、自ら生命を害するは、独立自尊の旨に反する背理卑怯の行為にして、最も賤(いや)しむべきところなり。
6.敢為(かんい)、活発、堅忍、不屈の精神をもってするにあらざれば、独立自尊の主義を実にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠くべからず。
7.独立自尊の人は一身の進退、方向を他に依頼せずして自ら思慮判断するの智力を備えざるべからず。
8.男尊女卑は野蛮の陋習(ろうしゅう)なり。文明の男女は同等、同位、互いに相敬愛してそれぞれその独立自尊を全たからしむべし。
9.結婚は人生の重大事なれば配偶の選択は慎重ならざるべからず。一夫一婦終身同室相敬愛して互いに独立自尊を犯さざるは人倫のはじめなり。
10.一夫一婦の間に生まれる子女はその父母のほかに父母なく、その子女のほかに子女なし。親子の愛は真純の親愛にしてこれを傷つけざるは一家幸福の基(もとい)なり。
11.子女もまた独立自尊の人なれども、その幼時においては父母これが教養の責に任せざるべからず。子女たるものは父母の訓戒に従いて、孜々勉励(ししべんれい)、成長の後、独立自尊の男女として世に立つの素養をなすべきものなり。
12.独立自尊の人たるを期するには男女ともに成人の後にも自ら学問を勉め、智識を開発し、徳性を修養するの心がけを怠るべからず。
13.一家より数家次第にあい集まりて社会の組織をなす。健全なる社会の基(もとい)は一人一家の独立自尊にありとも知るべし。
14.社会共存の道は人々自ら権利を護り、幸福を求むると同時に、他人の権利幸福を尊重していやしくもこれを犯すことなく、もって自他の独立自尊を傷つけざるにあり。
15.恨みを構え仇を報ずるは野蛮の陋習(ろうしゅう)にして、卑劣の行為なり。恥辱をそそぎ名誉を全うするには、すべからく公明の手段を択(えら)ぶべし。
16.人は自ら従事するところの業務に忠実ならざるべからず。その大小、軽重に論なく、いやしくも責任を怠るものは独立自尊の人にあらざるなり。
17.人に交わるには信をもってすべし。己、人を信じて、人また己を信ず。人々相信じてはじめて自己の独立自尊を実にするを得べし。
18.礼儀作法は敬愛の意を表する人間交際上の要具なれば、かりそめにもこれを疎かにすべからず。ただその過不及(かふきゅう)なきを要するのみ。
19.己を愛するの情を広めて他人に及ぼし、その疾苦(しっく)を軽減し、その福利を増進するに勉むるは、博愛の行為にして人間の美徳なり。
20.博愛の情は同類の人間に対するに止まるべからず。禽獣(きんじゅう)を虐待しまたは無益の殺生をなすがごとき、人のいましむべきところなり。
21.文芸の嗜(たしな)みは、人の品性を高くし、精神を楽しましめ、これを大にすれば社会の平和を助け、人生の幸福を増すものなれば、またこれ人間要務のひとつなりと知るべし。
22.国あらば必ず政府あり。政府は政令を行い、軍備を設け、一国の男女を保護して、その身体、生命、財産、名誉、自由を侵害せしめざるを任務となす。これをもって国費を負担するの義務あり。
23.軍事に服し、国費を負担すれば、国の立法に参与し、国費の用途を監督するは、国民の権利にしてまたその義務なり。
24.日本国民は男女を問わず国の独立自尊を維持するがためには、生命財産を賭(と)して敵国と戦うの義務あるを忘るるべからず。
25.国法を遵奉(じゅんぽう)するは国民たるものの義務なり。単にこれを遵奉するにとどまらず、すすんでその執行を幇助(ほうじょ)し、社会の秩序、安寧(あんねい)を維持するの義務あるものとす。
26.地球上、立国の数少なからずして、それぞれその宗教、言語、習俗を異にすといえども、その国人は等しくこれ同類の人間なれば、これと交わるにも、いやしくも軽重、厚薄の別あるべからず。ひとりみずから尊大にして他国人を蔑視(べっし)するは、独立自尊の旨に反するものなり。
27.我々現代の人民は先代前人より継承したる文明、福利を増進して、これを子孫、後生に伝えるの義務を果たさざるべからず。
28.人の世に生まるる智愚、強弱の差なきを得ず。智強の数を増し、愚弱の数を減ずるは教育の力なり。教育はすなわち人に独立自尊の道を教えて、これを躬行(きゅうこう)、実践するの工夫を啓(ひら)くものなり。
29.わが党の男女はみずからこの要領を服膺(ふくよう)するのみならず、広くこれを社会一般に及ぼし、天下万衆(てんかばんしゅう)とともに相率いて、最大幸福の域に進むを期するものなり。
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