« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月13日 (月)

十二夜

実は開業当初から奈良市医師会のレクリエーション会員になっています。毎年、阪神タイガースの応援に参加していたのですが、今年はもうあきまへん。巨人さん、また優勝でっか。原監督、そないに毎年優勝しておもろおまっか。というわけで、もうひとつの歌舞伎観劇に昨日、生れてはじめて参加してきました。一昨日深夜まで、住吉と三宮でS先生とはしご酒を飲んで、二日酔いに苦しみながら、徒歩と電車でトボトボと、嫁とふたりで難波道頓堀の松竹座に出かけました。お爺さん、お婆さん、韓流ファンふうのおばちゃんに混じって、1階席に座り、開演を待ちました。

蜷川幸雄演出のシェークスピア喜劇を歌舞伎ふうに翻訳した劇でした。中村錦之助の左大臣、それに仕える尾上菊之助の一人二役の琵琶姫と獅子丸、いまどきこんな大和撫子はおらんでといわんばかりのしぐさ艶やかな織笛姫役の中村時蔵を中心に、男と男、男と女、女と女と入り乱れた片思い、勘違いの恋愛ごたごたの連続。面白くてなかなか観客を飽きさせないストーリー展開にはびっくり。桜、百合、鏡・・・そのときどきの舞台装置の豪快さにもさらにびっくり。制作費にいったいなんぼかけてるの?記憶に深く刻み込まれました。冷めた目で世間をみるピエロ役(捨助)と、おだてに弱くて空威張りの丸尾坊太夫という一人二役の尾上菊五郎が、思慮浅くも憎めない安藤英竹役の中村翫雀、典型的おばタリアン・麻阿役の市川亀次郎、格下の坊太夫にやっかむ洞院役の市川左團次ら酒飲み仲間にだまされるというストーリーがまたおかしくて笑いました。最後はハッピーエンド。歌舞伎、なかなかおもしろいですよ。

|

2009年7月10日 (金)

教育勅語を読む

日本の教育を語るうえで、どうしても避けては通れないのが、この「教育勅語」だろう。なにやら難解な文字が並んでおり、ど素人なもんで、ネットでいろんな方々のご意見を調べてみたら、国民道徳協会とやらの意訳曲解に非難轟々のもよう。

「父母に孝、兄弟(けいてい)に友(ゆう)、夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹(きょうけん)己れを持し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業(ぎょう)を習ひ、・・・・・。」 儒教の教えそのもの、さすが、この辺はすばらしいと思う。生活習慣や素行の乱れ、いじめ、学級崩壊、離婚、青少年犯罪、無差別犯罪なんかも、これでビシッと減るかな。ところが、「一旦緩急あれば義勇公に奉し、以て天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運を扶翼すべし・・・・・。」 風雲急を告げ、いざことあらば、天皇にこの身を差し出せということらしい。おやおや、いきなり大きな話になりましたね。「斯(こ)の道は実に我が皇祖皇宗(こうそこうそう)の遺訓にして、子孫臣民の倶(とも)に遵守すべき所、之(これ)を古今に通じて謬(あやま)らず、之(これ)を中外に施して、・・・・・。」 国内のみならず国外にまで及ぼすのですか。植民地の日本人化政策もこれが源泉だろう。明治天皇は天皇家に伝わる「戒め」をお示しになられた。天皇陛下のご先祖の記録はたしかに日本書紀に記されていますが、下々たる私の先祖の記録は残っていません。それでもやっぱりこの勅語を遵守すべきなのでしょうかねぇ。昔なら不敬罪になりそうだから、これはこの辺で。

日頃ふだんから愛読している日本史の名著が二つあります。そのひとつが中学時代の教科書、和歌森太郎先生の「よくわかる日本史」です。1882年(明治15)、熊本藩時習館出身、元田永孚(もとだえいふ)の書いた「幼学綱要」が、全国の学校にばらまかれて修身書とされ、1890年(明治23)の教育勅語の起草・発布へとつながった。この教育勅語はまさに儒教倫理+国体思想+立憲思想を盛り込んでねりあげた国民道徳の教えであり、忠君愛国の強調であったと書かれています。国民は大日本帝国憲法発布の日まで内容をまったく知らされておらず、1889年(明治22)2月11日に発布の日は、政府が「絹布のハッピ」かなにかよいものをくれるそうだと、提灯行列をして祝ったとも書いてあります。まさに天から憲法やら勅語やらが降ってきたのですね。

もうひとつが予備校が縁で知った超人気講師、安藤達朗先生の「大学への日本史」です。故人ゆえいまは絶版となっております。奇跡にも1992年発行80版(改訂最新版?)を購入していました。教育勅語・・・1890年発布。、元田永孚(もとだながざね)らが起草。儒教主義にもとずく徳育を教育の根本方針にすえた。教育勅語発布は、思想的にも天皇制が確立されたことを意味し、1891年、教育勅語不敬事件が発生。教育勅語に敬礼しなかった内村鑑三が第一高等学校の教壇を追われた。これを契機に井上哲次郎らが、キリスト教は日本の国体に合致しないとして攻撃を加えた。キリスト教側も鋭く反論したが、海老名弾正らはしだいに妥協し、日本的キリスト教といわれるものになっていった。内村は無教会主義を唱えてきびしい態度を貫き、日露戦争のときは非戦論の立場をとった。また、初期社会主義者もキリスト教の影響を受けたものが多かったと書かれてあります。

|

2009年7月 1日 (水)

5周年記念日

今日、7月1日は奈良学園前に小児科を開業して、まる5年になります。なんだかあっという間の5年でした。メタボなもんで、ふだん家ではお酒は飲みませんが、いざ飲むときは決して発泡酒ではなく、小麦とホップだけの本物のビールを飲みます。最近アサヒからドイツ式発酵法を取り入れたいいのが出ましたね。古豪キリンもがんばれ。ここは忌野清志郎さんふうに、「愛してマース!」 黙祷・・・

ホップの効いたアサヒビールと小さなケーキで、ひとり静かにお祝いしようかな。せめて景気づけに、メッチェン(Mädchen)合唱による、大好きなドイツ民謡「プファルツ候国の狩人」を聞きながら。農耕民族のアジア人にはこんなすばらしいリズム、メロディー、ハーモニーは奏でられない。さすが狩猟民族の血じゃ。でもこれを聞くと、自分の本能のどこかに潜んでいる狩猟本能が呼び起こされますね。ワオー!都会の喧騒を忘れて、森や草原で、狼や熊に用心しながらウサギちゃんや小鹿ちゃんを追っかけてみたい。オッと、その前にメタボ治してからじゃ。

うーん、この美女、ホフマン姉妹は楽器もうまいし、歌もうまい。脳裏からはなれません。なんという肺活量か!インド映画「踊るマハラジャ」出演のラジニ・カーントとミーナちゃん以来の衝撃が得られました。

http://www.youtube.com/watch?v=hd6lMfWH0aQ

http://www.youtube.com/watch?v=eC-OL2bD9Ig

http://www.youtube.com/watch?v=C7LkbHvm0O4&feature=related

1  Ein Jäger aus Kurpfalz,
Der reitet durch den grünen Wald,
Er schießt das Wild daher,
Grad wie es ihm gefällt.
Halli, hallo, gar lustig ist die Jägerei
Allhier auf grüner Heid',
Allhier auf grüner Heid'

プファルツ候国出身の狩人が、緑の森を馬でかけていく。やつは好きなように正確に野獣を射止めるんだ。ハリー、ハロー!この緑の草原での狩りは、実に楽しい!*grad=gerade, Heid'=Heiden

2  Auf! Sattelt mir mein Pferd
Und legt darauf den Mantelsack,
So reit' ich hin und her
Als Jäger aus Kurpfalz.

さあ!ぼくの馬に鞍を置け。鞍のうえに皮袋を置け。そうしたらプファルツ候国出身の狩人である、このぼくがあっちこっち馬で駆けまわるぞ。ハリー、ハロー!この緑の草原での狩りは、実に楽しい!*reit'=reite

3  Jetzt reit' ich nimmer heim,
Bis daß der Kuckuck, kuckuck schreit,
Er schreit die ganze Nacht
Allhier auf grüner Heid'!

カッコウがかっこう、かっこうと啼くかぎり、ぼくは馬に乗りっぱなしで、ぜったい家に帰らないぞ。この緑の草原じゃ、カッコウはひと晩じゅう啼いているんだ。ハリー、ハロー!この緑の草原での狩りは、実に楽しい!*die ganze Nacht 4格副詞的用法だから時間の継続を表す。

|

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »